第33話 継承

「大丈夫か美紀ちゃん?」

「なになに、どういうこと? キャッ!」

「痛っ!」

 突然お腹を触れられてビックリした私は、膝を立てた。どうやら、裕二のイチモツにクリーンヒットしてしまったらしい。泣き声交じりのうめきが暗闇に響いた。

「裕二、大丈夫?」

「勘弁してよぉ。折れたかと思ったじゃん!」

「見えないのに触るからいけないんだよ。ちょっと待ってて、今明かり点けるから」

 私は、魔法を唱えてロウソク位の火を熾した。小さな赤い炎にぼんやりと二人の顔が浮かび上がった。

「そっか、魔法特性あると便利だなぁ」

「ともかく停電みたいだから、服を着て外に出ましょ」

「え、なんで? このまま続きをしようよ」

「すぐに復旧しないなら、誰か来るかもしれないじゃない! 見られたらマズいでしょ? 停学になっても良いの?」

「クソッ。また、夏休み中に来ようね美紀ちゃん!」

 私たちはそそくさと着替えを済ませて部屋を後にした。幸い廊下の非常灯は点灯していたので、目立つ火の玉を使わないで済んだ。途中、ライターの火を片手に外の様子を覗き込んでいる他の客の扉わきを目線を反らして通り過ぎ、階段を伝って外に脱出した。駐車場に出ると、町内放送のサイレンが鳴り響いていた。

「町でなんかあったのかな?」

「ともかく戻りましょう。車出して!」


 来た道を引き返し、下り坂の先に視界が開けると、港に火の手が上がり、巨大なタンカー位の大きさが有りそうな紫色のタコのような怪物――クラーケン――が、上陸しようとしていた。クラーケンからは、上空を飛ぶ魔法少女たちに向けて、無数の触手が蠅叩きのように振り回されていた。

「逃げようよ美紀ちゃん」

「何言ってんのよ。車なくちゃ、あんた家のばーちゃんとか逃げ遅れてたらどうするの? 助けに行かなきゃ!」

「ああ、なんでこんな日に限って!」

 猛スピードで逃げて行く対向車と反対に町の中心部へ向けて車を飛ばした。浜辺に到達したところで、いきなり漁船が空から降ってきた。道の真ん中を塞ぐ船を間一髪避けた。

 ――キキー!! ガガガガッ!!

「やっべぇ! 擦った! 親父にバレたらどうしよう?!」

「緊急事態なんだから、大丈夫! 私も一緒に謝ってあげるから」

 私たちが海岸線から内陸への道に入った頃には、クラーケンはすでに上陸を果たし、町の中心部へと歩みを進めようとしていた。応戦する魔法少女たちは、魔獣の腕を何本か切り落としてはいたが、致命傷を与えるには至ってなかった。側面が高い塀になった道を進んでいると、気付かないうちに車とクラーケンの距離が縮まっていたらしく、いきなり奴の触手に取り付かれ、空中に持ち上げられた。

「キャー、お助けぇー!」

「クソッタレが! えーっと、そうだ!」

 私は、助手席のパワーウインドウを全開にして、あらん限りの魔力を込めて、野球ボールサイズの火の玉を巻きついた触手にぶち込んだ。

 ――フゴー!!

 多少はクラーケンにダメージを与えることは出来た。しかし逆に怒らせてしまったのか、私たちの乗る車に巻きつけた触手を本体に引き寄せたのだ。

「何やってるの美紀ちゃん! 逆効果じゃないかぁ!」

「ええい、こうなったらヤケだ!」

 私は、窓から身を乗り出して、直接に炎を巻きつく触手に当てて焼き切ろうとしたのだ。

「燃えろー!」

 触手がクラーケンの口に放り込まれる寸前、なんとか焼き切る事に成功。5メートル位の高さを落下したものの、巻きついた触手がクッション代わりになり――車はベコベコになったが――、なんとか無事に地上に降り立つことが出来た。


「あー! 親父のベンツがぁ!」

「泣き叫んで無いで、早く逃げるわよ!」

 グシャグシャになったフロントガラスを裕二と一緒に足で蹴破った。ボンネットを伝って外に出ようとした所で、目の前に何かが落ちてきた。

 ――ドサッ!

 よく見ると、それはボロボロになった魔法少女だった。私は急いで駆け寄って抱き寄せた。真紅のレオダートにひらひらのスカートと肩飾り、胸元のふんわりとした白いリボンの真ん中には金に縁どられた大きなブリリアンカットのルビー。燃えるように真っ赤なポニーテールの少女の顔は、わたしたちと大して変わらない年齢に見えた。

「大丈夫? しっかりして」

「私は、もうダメ……。戦えない」

「そうね。安静にしなきゃね」

「あなた……、凄いわね。はぁはぁ、……見てたわ」

「何の事?」

「ステッキも無いのに、凄い魔力……。この子もずっと、あなたを見ていた。ねぇ、この子をお願い」

「ちょっと、しっかり!」

 魔法少女は、右手に持ったステッキを私に手渡そうとして、力尽き、ポロリと地面に落としてしまった。すると、彼女は見る見るうちに髪の色が抜け落ち黒くなり、縛り上げられていたポニーテールの金具も消えて髪が解かれた。服もいつの間にか、オフショルダーの可愛らしい白のワンピースに変わっていた。

「美紀ちゃん。この子、死んじゃったの?」

「大丈夫、息はある。でも、安全な場所に避難しないと」

「手を貸すよ」

 二人して抱えて行こうとした矢先、彼女が落としたステッキが目に入った。

「どうしたの美紀ちゃん?」

「いや……」

「美紀ちゃん?」

 私の中でドンドンとステッキの存在が大きくなり、気が付いた時には、右手を伸ばしていた。

「美紀ちゃん?!」

 

 気が付いた時にはステッキを右手にしっかりと握っていた。何かこの間が、とても長くてとても一瞬の事のように感じた。

「私どうしてた?」

「どうって、彼女のステッキ拾ってあげたんでしょ?」

「どの位、時間たった?」 

「美紀ちゃん大丈夫、どっか頭打った?」

「だから、どの位、時間たったか教えなさいよ!」

「時間なんか経ってないよ。ただステッキを拾って僕に質問して来たんだろ?」

「行かなきゃ」

「さっきから変だよ! いったいどうしちゃったんだよ?!」

「ごめん裕二。この子を頼む!」

 私はステッキを空高く掲げ、クラーケンに向って走り出した。大きく飛躍した私は眩い光に包まれ、白と赤を基調としたドレスに身を纏い、髪はポニーテールに束ねられ燃えるような赤へと変化していた。私は詠唱を開始した。

「燃え尽くしてやる! 闇夜も燃え尽くす業火よ! 紅蓮の炎ですべてを焼き尽くせ! アポカリプスヘルバースト!!!」

 炎の奔流がステッキから放たれ、巨大なクラーケンを炎で包みこんだ。

 その後は、まぁ、紆余曲折は有るが、実力を認められた私はスカウトされて養成所に入り現在に至る。


 そして、今。

 裕二の運転する軽自動車は、ヒイヒイ言いながら坂道を上りきり、崖の頂上にあるラブホの入口へと吸い込まれていった。11年経って、多少古びてはいたが、変わらないその姿に懐かしさを覚える。フロントも相変わらずボタン選択式のパネルなど無く、直接前払いをする方式だった。

「浴室広い部屋って、開いてる?」

「301が開いるよ。ショート? サービスタイム?」

「サービスタイムで」

 裕二はおばちゃんにお金を払い、鍵を受けとった。エレベーターに乗り3階で降りる。部屋に入ると、やけにガランと広い。手前はトイレだけで、窓辺がガラス張りになっていて海の見える大きな浴槽がその先に丸見えになっていた。

「ひゃー! 露天風呂みたいじゃん! 良かったね美紀ちゃん」

「大丈夫なの? 外から見えない?」

「立ち上がらなきゃ大丈夫っしょ? ささ、一緒に入ろうよ!」

 何処から手に入れたのやら、いまだ国内未承認のバイアグラを手に入れ、自信が付いたのか、やけにテンションの高い裕二に促されベッドに服を脱ぎすてた後、一緒の風呂に入った。

「こうして一緒に入るのも何年ぶりだろうね」

「うーん。覚えて無いわ」

「これから初体験しようってのに、全然ムード無いじゃん!」

「いい歳して何言ってんの裕二? あんたにとっちゃ特別かもしんないけど、私はただ穴に突っ込まれるだけだと思ってるよ」

「強がり言っちゃって! ほら、イタズラしちゃうぞ!」

「どうしたの裕二? さっきからテンションおかしい、あんっ! はうっ! こらっ」

「薬の所為かな?」

「こらっ、ばかっ! 風呂場で入れてこようとするな!」

 本当に薬の所為かは定かでは無いが、なんとか裕二を宥めすかして風呂場から出た。すると、マナーモードにして気がつかなかった携帯の振動音が聞こえてきた。

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