第5話 新しい恋の予感
――魔法少女。
その存在自体は、古代より闇の歴史の中で脈々と存在続けてきた過去がある。古来、魔法少女というものは神聖な魔力を身につけた処女が、世間に漂う負の空気から生み出される魔男・魔女・魔獣を成仏・成敗する役割を担ってきた。そしてその存在は巫女という名で神社に所属する伝統があった。
現在のように表の世界で活躍するようになったのは、オイルショック以降の70年代からだ。高度経済成長期を経て西洋化の進んだ日本では、魔の存在も伝統的な
しかし、政教分離の原則に反する、資金の流れが不透明などの反対意見や欧米諸国からの外圧によって、結局は魔法庁を作って国が管理するということに落ち着いたのである。
そして90年代。
アイドル的人気を博していた魔法少女も、人気に陰りが見え始めた。何故なら、二十過ぎても処女なんてキモいとか、結婚するまでエッチしたことないなんてかわいそうとか、モテないからマホショになるんでしょ? などなど、本当のアイドル人気の陰りと歩みを共にするように魔法少女の人気も下降線を辿って行ったのだ。
危機感を抱いた魔法庁も対策に乗り出す。PR会社に協力を求め、二つの広報戦略を打ち立てた。アーティスト化とセレブ婚実績のアピールである。
「男の人と手を繋いだこともないんですぅ」みたいな80年代風のアイドル像を捨て、都会で働くエリートキャリアウーマンとしてインタヴューに答えたり、ファッション雑誌のモデルをしたり、売り出し中の若手俳優との密会を写真週刊誌に撮らせたりとPR会社を通した広報活動を通じて、自分らしく生きるトレンディーでラグジュアリーな若い女性像という訳の分からない横文字を書き連ねたブランディングを世間に植え付けた。
また、大体24歳までに結婚引退し、その相手も処女ブランドで良いとこの子息と結婚できるということをワイドショーで話題にしたり、女性週刊誌にそれとなく書かせることによって、計算高い婦女子にもアピールをしたのだ。――
今夜のお披露目パーティーもそんなPRの一環として準備を進めていたのだったが……。
「あー! かったるい。何が悲しくて、機材の搬入手伝わなくちゃいけないのさぁー!」
「先輩、マジカルステッキで背中掻くの止めて下さいよ! 写真週刊誌に撮られたらどうするんですか!」
明治通り沿いにあるレストランを貸切って行われる新人お披露目イベント。する必要ないのに義理堅い金河環も参加して三人で設営準備の手伝いをしていた。数十キロある重たい放送機材と照明を魔力を使って運び入れるために、二人とも魔法少女に変身していたのだ。
「うっせーなー、連中だってそんな暇じゃないって! ところで私らが重労働してんのに新人はどこで油売ってんのよ?」
「琴葉ちゃんには、プレス関係に配るネームプレートや資料のコピーお願いしてあります。さぁさぁ! もう一往復がんばりましょう!」
「はぁ、寄る年波にはかなわねぇ~」
などと言いながら機材を置いてフロアから出た所で、見知らぬ男性と談笑しながらやってきた橘署長と鉢合わせになった。
「なに、婆臭いこと言ってんのよ椿?」
「聞いてたんですか署長?!」
「あなた声がでかいのよ。っと、失礼しました田村さん」
「いえいえ、普段から仲良くされているようで何よりですね」
さわやかな笑顔で答えた男をよく見てみれば、あらやだイケメン!
「恐縮です。そうだ、ご存知かと思いますが紹介しますね。うちの魔法少女、椿美紀子と金河環です」
「どうも……」
「あなたは、確かラプラスの……」
「金河さんがご存知とは光栄です。ラプラスCEOの
私がイケメンに気後れしてるうちに、環はガッチリと握手を交わしていた。ウェーヴ掛かったロン毛のハーフ系長身イケメンとモデル系美女。まさに、お似合いのカップル! なんという事でしょう! まだ何もしないうちに勝負に負けた気分だよ。
「それに、こんなに早くお目に掛かれるとは!」
と、イケメンの嬉しそうな声。やれやれ、世の中の男はみんな環に夢中なのか。
「ちょっ、先輩!」
「何よ環? ……はう!」
ボーっとしていたところを、イケメン社長の田村さんがいきなり目の前に迫ってきて、私の右手を包みこむように両手で握ってきたのだ。
「美紀子さん。憧れの存在がこんな近くに! ああ、感動で胸が張り裂けそうだ!!」
「ちょちょ、落ち着きなさって田村さん」
いきなりの予想外な展開に、私は慌てふためいた。
「これは失礼! 憧れの美紀子さんに逢えて興奮してしまいました。それと……」
「それと?」
「アランと呼んでください」
アランは口元に白い歯を覗かせ、はにかんだ笑顔を振りまいてきた。やべーよ、ちょっと年上だと思うけど、なんでこんな少年のようなハニカミしてくんのよ。
――惚れてまうやろ!!
「アラ……」
私が夢見心地で、彼の名前を呼ぼうとした途端! 署長の邪魔が入る。
「田村さん。では、打ち合わせに行きましょう」
「そうですね。では、またパーティーでお会いしましょう」
そう言い残すと、二人は奥の控室に消えて行った。
「先輩、私たちも下のトラックに」
「環……」
「どうしたんですか、深刻な顔して?」
「アランの会社って、どんな会社なの?」
「そんなことより、搬入を先に」
「黙らっしゃい!」私は環に詰め寄った。「クソみたいな雑用より、今は新しい恋が大事じゃない? そう思わないか環!」
「せ、先輩! 圧が強いです。それに29歳にもなって一目惚れは無いかと思うっ!?」
「歳のことは言うな環……」
私は環の襟元を掴んで締め上げ、ステッキを腹にグリグリ押しつけた。
「あっ、ダメ! 先輩もっと! じゃなくって!! 誰かに見られちゃいますぅ~」
「さっさと質問に答えんかい」
環を離すと、彼女は顔を赤らめ内股でモジモジしながら口を開く。
「はう、はぁはぁ、分りましたよぅ。ラプラスはポータルサイトとかネットマーケティングとか幅広くやってる新興ネットベンチャーですよ。オタクの物だったインターネットを若い女性をターゲットにポップで可愛らしい要素を導入して急成長してる企業です。うちの雑誌とか、テレビのインタヴューなんかで見たこと有るので知ってました。ベンチャーキャピタルからシリーズAで百億投資されたって書いてありましたから、すでに大企業って言って良いかもしれませんけど」
「言葉の意味は良く分からないけど、なんだかクソ凄い人なのね!」
イケメン、セレブ、億万長者! しみったれた劇団員を振って舞い込んできた新しい恋の予感。
「ちょ、先輩? 大丈夫ですか?!」
「ぜってぇ、落として見せる!」
――ドドーン! ザザー!!
私の脳内では、恋の嵐が吹き荒れ、岸壁に荒波が打ち付けていた。
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