第24話 新人の一人立ち
「青葉ちゃん、逃がさないように道を塞いで!」
「おう!」
環がリーダーシップを取り、青葉に指示を出す。今、私たちが戦っている場所は恵比寿駅近くの山手線沿い。今日の獲物は、ウォーキャットとかいう、体長2メートルの山猫っぽい魔獣たちだ。駅東側に散らばっていた奴らを人通りの少ない線路沿いに追い込み、弱らせた所で、琴葉が魔法の詠唱を開始する。
「行きますよ! 柔らかき光の抱擁よ! その慈悲ですべてを包みこめ! ピンキーラバーズソウル!」
ピンク色をした柔らかな光に包まれたウォーキャットたちの群れは、つり上がっていた目が穏やかなものへと変化し、戦意を完全に消失していった。
「はぁ、今回も私が始末するか……」
私が、炎に包まれたステッキで猫どもに近付こうとしたところ、琴葉から意外な言葉を掛けれた。
「待って椿先輩。今日はコントロール出来そうなので、任せて下さい」
「大丈夫か琴葉? やっぱ、かわいいから無理とか言い出すなよ」
「以前の私とは違いますから。よく見ててください」
能面のように無表情で言い放った琴葉は、両手の指を動かした。すると、ウォーキャットの半数が残りの半数に襲い掛かり即座に噛み殺した。その後も、どんどん数を減らしていき、30匹以上いたウォーキャットが最終的に1匹を残すのみとなった。
――ウニャ―?
つぶらな瞳で見つめて来るウォーキャットに琴葉は近づいて行き、首元に腕を廻すと、反対側の手を頭に沿え相手の首をひねった。
――ギニャー!
こうして、最後に残った魔獣は琴葉の手によって首の骨を折られて絶命したのだった。
帰還後、久しぶりに環を連れて深夜のオーセンティックバーを訪れた。私はマルガリータ、環はモスコミュールを注文した。
「今日は、ほとんど私の出番なかったなぁ」
「そうですね。琴葉ちゃんの独り舞台といった感じでしたもんね」
そう言った後、環は銅のカップに口を付けた。
「肝も据わってたし、もう私が居なくても平気そうだね渋谷は」
「何言ってるんですか先輩!」
「環、声大きいよ」
「すみません。でも、琴葉ちゃんの成長は目を見張るものは有りますけど、まだまだチームとしての動きは出来てませんよ」
「それも良いんじゃないの」
「え? どういうことですか?」
「琴葉がエースで、環と青葉がサポートで良いじゃない? それとも、トドメをさす主役の座は降りたくない?」
「確かに青葉ちゃんも経験あるから、地味なサポート役を文句も言わずにやってくれてますし、私も前に出なくて良いのは嬉しいです。でも、でも……うぅ」
環はカウンターに突っ伏して泣き始めた。
「泣くなよ。私がいなくなったら環がリーダーなんだから」
「嫌です。椿美紀子の居ない渋谷なんて、炭酸の抜けたソーダ―かレッドの居ない戦隊ヒーローみたいなもんです」
「良く分かんない例えだな。でもさ、私だって女の幸せが欲しいんだよ」
「何、昭和みたいなこと言ってるんですか。もうすぐ21世紀ですよ。そんなこと言ってたらすぐにオバサンになっちゃいますよ」
「あたしゃもうオバサンで良いよ」
「そんなこと言う先輩嫌いです。先輩はいつも勝気で、何にでも噛みついて、平気で悪口まき散らす、渋谷最強じゃなきゃダメなんです!」
「酔っぱらったか? 環」
「一杯目で酔うわけ無いじゃないですか! 私に説得されるまで返しませんからね先輩。マスター! ジョニ黒ロックで2つ!」
その後、4杯目にして酔いつぶれた環を背負って私は帰宅の途に就いた。
翌朝。
「うーん、んぁああ」
「起きたか?」
「あ! 先輩。ここは先輩のマンション? わたし……」
環は寝ていたソファーから起き上がった。私は床に座ってテレビを見ながらコーヒーを啜っていた。
「なんか随分汚いですね」
「ああ、裕二が出て行ったから掃除をしなくちゃなんないんだけどさ。最近忙しかったし、自分で掃除するのなんか何年ぶりだしさぁ」
テーブルの上には食器と弁当の空箱、床には脱ぎすてた服が散乱していた。ここのところ立て込んでたし、休日はアランとデートだしで、片付けがなおざりになっていたのだ。
「先輩、これじゃあお嫁に行く以前の問題だと思いますけど……」
「あぁ? 酔っぱらって人ん家に泊めてもらった分際で! 大体、酔いつぶれるだけじゃなくてお漏らしまでしたくせに」
「え? あ! 私が寝ている間に何したんですか先輩? 私の下着どうしたんですか!」
はだけたバスローブ一枚の下にはブラジャーしか着けていないことに気付いた環は、慌てて裾を重ねて閉じた。
「そのままじゃソファーが濡れるから洗濯機に突っ込んどいたよ。今、乾燥機回してるから、乾いたら着なさいよ」
「下着くらい貸してくれたって良いじゃないですか!」
「脱がすのだって大変だったんだから、着せるなんて! バスローブだけでも感謝しなさいよ。それに、身体のサイズが違い過ぎてパンティが伸び伸びになったら嫌だし」
「もう、わたしそんなにお尻大きくありません!」
「光の聖霊よ。我が身を包みこみ浄化せよ。セイクリッドヒーリング!」
まばゆい光が環の全身を包みこむ。光が消えると魔法少女姿の環はスッキリした顔に変化していた。
「魔法で二日酔い直すとは、便利な世の中だなぁ」
「使ったのは初めてですよ。普段は、あんなに飲みませんから」
服の乾燥にまだ時間が掛かると分かった環は、ほぼ裸のまま魔法少女に変身したのだった。服を着ないで変身する経験は私も無かったが、どうやら問題なく普段のコスチュームに変化していた。
「そのまま外に出るなよ。下手すりゃ露出狂として逮捕されるぞ」
「もう、からかわないでください。先輩、部屋が汚すぎるので掃除させてもらいますね」
「ちょっと、待った!」
「今度は、なんですか?」
「丁度、昨夜の戦いのニュースみたい」
環も私の座るソファーの横に立ちテレビを凝視した。
『続いては、恵比寿での魔獣発生についてです。昨晩午後9時頃、恵比寿駅東側の路上で猫型魔獣の群れが発生しました。幸いけが人は無く、駆け付けた渋谷管区の魔法少女4名によって駆除されました。インタビュー映像も併せてごらんください』
『こちら渋谷区東3丁目付近です。丁度
場面が切り替わり、シートの前で琴葉がインタビューを受ける映像になった。
『今回特徴的だと思ったんですが、魔獣の形がそのまま残されていました。どういった理由で残ったのですか?』
『それはナウシカ理論を応用した戦術を使用したからです。具体的に言うと、魔獣の精神に直接語り掛け支配し、魔獣をコントロールして同士討ちをさせたのです。そのお陰で30匹以上は居たウォーキャットを逃すことなく駆除することが出来、尚且つ、被害を最小限に食い止めることが出来たのです』
『なるほど、ところでそのナウシカ理論について詳しく聞かせて下さい』
『はい、ナウシカ理論は、ネガティブアンドアンチサイコロジカルアタックを略したもので……』
「環、あんたよりよっぽどしっかりメディアに受け答えしてるじゃない?」
「そうですね。なんだか天才子役みたいで凄い新人現れたなって話題になりそう」
環の視点はちょっとロリコン入り過ぎな気もしないでもないけど、思った以上にみんなしっかりしてきたと実感できた。これで、心おきなく花嫁修業に入ることも出来る。
「これなら、大丈夫だと思わない?」
「先輩、上から目線で語る前に、部屋の掃除くらいちゃんとしましょう」
こうして、出勤前にきれい好きの環の指示されながら一緒に部屋の掃除をしたのであった。
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