第25話 後輩の結婚式
今日は12月23日。
朋子の結婚式の日だ。環と一緒にタクシーで麻布に向かう。到着した会場のレストランは朋子の旦那が勤めていたフレンチで、一階にある店のテラスからは明るい午前中の光がレースのカーテン越しに差し込んでいた。会場の広さは小学校の教室位で、大小6つあるテーブルに20人程の出席が参列していた。小ぢんまりした式なので、魔法庁からの出席者は私たち二人だけだ。
「温かみが有って良いですね」
着席し、辺りを見回しながら環が呟いた。壁には白木の腰板と上が僅かにピンクがかった白の珪藻土が塗られ、少し高めの天井には黒々とした柱の梁が通っていた。壁に貼られたロートレックなどフランス製のポスターが気楽なビストロ感を演出している。新郎新婦席の後ろはガラス張りになっていて、忙しく立ち回るキッチンの様子が垣間見えた。
「そうだね。朋子らしさが出ている感じがする」
大きいけど食べきれるサイズの質実剛健な感じのするウェディングケーキや、友人席に座るラフな格好の人たちを見ながら、私とアランの式はどうなるのだろうと思いを馳せる。恵利華みたいな絢爛豪華な結婚式はしないだろうけど、こういう地味婚もしないだろう。そういえばアランってキリスト教徒なのかしら? だったら、ちゃんとした教会での結婚式をするのかな。その後の披露宴は、人とは違ったことをやりそうな気がする。でも、フランスの金持ちみたいにエッフェル塔を借り切ってみたいに東京タワーを借りるなんて出来ないだろうし。敢えて日本文化を尊重して大阪城や金閣寺でやるとか? 清水の舞台じゃ別の意味が出てきそうだ。
そんな感じで、妄想に耽っていると、遅れてやって来た恵利華夫妻が慌ただしく着席し、すぐに開始のアナウンスがあった。
「用意は良いか?」
「はい、先輩」
私の耳打ちに、親指を上げて問題なしの合図を環は示した。
照明が落とされ、サーチライトが店の入り口を照らす。お決まりの音楽が流れ出し、たぶん出席者の友人代表が二人、両開きの扉に手を掛けて開け放った。
――オオー!!
入ってきた新郎新婦の神々しさに会場にどよめきが起きた。いくらウェディングドレス姿の朋子が素敵だからと言って、それだけじゃそんなことにはならない。ちょっとした演出として、環の魔法で彼女たちの周りを後光のような柔らかい光の波紋が広がるようにしたのだ。光のシルエットを纏った二人は、まるでおとぎの国の王子と妃みたいに見えたのだ。そして次は私の番。真ん中に開けられたバージンロードの両脇に蝋燭の火のように小さな火の玉で道を厳かな雰囲気に彩りを添える。
「先輩、燃え移らないように気をつけて」
「分かってるよ」
二人は無事バージンロードを渡り切り、照明が元に戻った。
初めて見る旦那は熊のような男だった。でも大熊というより子熊か? 私よりは背が高いが環よりは低い位、小太りで豊かな顎髭が生え、逆に髪の毛は短く刈り込まれている。
「ちょっと二丁目で人気になりそうなスタイルだね」
「もう! 先輩!」
私が冗談を小声で囁いてるうちに、偽神父による適当な誓いの言葉が終わっていた。
『それでは、誓いのキスを!』
――ヒュー!! おめでとう!!
熱烈なキスの瞬間と同時に、クラッカーが四方から飛び交った。キッチンの扉が開け放たれ、台に乗った豚の丸焼きが運び込まれる。
『それでは、焼き豚入刀!』
神父に刃渡り1メートルは有りそうなノコギリ状のナイフを受けとり、二人は豚の解体に乗り出す。
『さぁみなさん! お皿を持って配給所へ! この焼き豚は新郎が夜なべして、自ら準備したものですよ!』
新郎が油まみれになりながら、小さいナイフも駆使して豚を切り分ける。その前に並んだ参列者は、新婦から肉の切れ端を貰い、隣に運ばれてきたビュッフェで付け合わせをシェフに盛り付けてもらった。
「美紀子さんに環ちゃん。色々お気遣いありがとうございました」
食事も落ち着いてきたころ、新郎新婦が席を回って、最後の方で私たちの所へ来たのだ。
「こちらこそ、素敵な結婚式に出席させていただき、ありがとうございます。末永くお幸せに!」
「朋子、流石だな。全く如才ない、お前らしい結婚式だよ。旦那が泣かせるようなことあったら、私が飛んでいってシバいてやるから」
「ふふふ」
「その時は、お手柔らかにお願いします」
私の冗談に、初対面の旦那も臆することなく対応してきた。まったく、私の事まで事細かく旦那に説明してやがったな。
「この野郎、もう泣かせる気満々だな!」
「ふふふ、それでは」
私のダル絡みをあしらい、朋子は次のテーブルへと去っていった。
「色々あっても二人なら大丈夫そうですね先輩」
「ああ……」
「どうしたんですか。変な顔して」
「なんかさぁ、すげぇ信頼関係が築かれてる感じだよね」
「ああ! 先輩、自分の恋と比べて落ち込んでるんですね! 良かったぁ」
「何が、良いんだよ?」
私は環の
「あうっ。少し冷静にアランさんの事見ることが出来るようになったなって」
「先を急ぎたい気持ちは有るけど、やっぱ、朋子みたいな阿吽の呼吸をみせられちゃうとさ。あんな風になれるのかなって」
「それは土台無理ですよ。朋子さんみたいな察する能力に長けた人なんて早々いないんですから。先輩、同じところを目指しちゃダメですよ。先輩には先輩の良さが有ってアランさんと付き合えたんでしょ?」
「はぁ、どうなんだろうなぁ」
気分がグサグサしてきたので、環を残して化粧室へ行くことにした。一旦、顔を洗ってから化粧を直そうとハンカチで拭いている時に声を掛けられる。
「美紀子さん」
「どうした花嫁?」
声を掛けて来たのは、お色直しをして水色のシンプルなドレスに着替え終えた朋子だった。
「ちょっと、あの場じゃ伝えにくいことが有って……」
「何? 旦那に借金でも有るの?」
「違います! めでたい事なんですけど……、あの、恵利華さんが近くに居たので」
「恵利華に遠慮しなきゃならないことって何さ?」
「ああ、何も知らないんですね」
「あいつとはあいつが退職してから連絡取り合ってないからね」
「そうだったんですか。実は生理が遅れてて、まだはっきりはしないんですけど……」
朋子が顔赤らめてモジモジしだした。
「まさか、妊娠!? だって、まだ辞めて3週間しか経ってないじゃん!」
「そうなんですけど、ちょうど排卵日に合わせて辞めたので……。それに、これからあまりお会いする機会も無いかと思ったので早く伝えたかったんです。向うに行ったら準備に掛かりきりになっちゃうだろうし」
あんな控えめな朋子が、辞めたその夜に抱かれていたとは意外過ぎるわ。でも、早とちりの可能性もある。
「一週間遅れるなんてよくあることじゃん」
「私、高校時代からきっかり28日周期でほとんど遅れたこと有りません」
しっかり者の朋子は、生理周期までしっかりなのか。らしいっちゃらしいけど。
「まぁ、一応おめでとうと言っとくよ。それにしても、朋子らしくない感じもするなぁ。そんなに焦って作るなんて」
「二人とも早く子ども欲しかったし、春樹、彼もすごく我慢して待ってくれてたから。あ! 忘れるところでした。くれぐれも恵利華さんには内緒でお願いしますね」
「そうそう、なんで恵利華に知られちゃまずいの?」
「絶対に私から聞いたとは言わないと約束してくれますか?」
「ああ良いけど」
「彼女、不妊で悩んでて、よく愚痴を聞かされてたんです。姑からのプレッシャーとか協力的じゃない夫の悪口とか」
「あいつ、すぐには子供作らないとか言ってなかったっけ?」
「最初の一年目はそうだったんですけど、やっぱり周りの事も有るし、旦那も乳母に育てられたと聞いてから作る気になったらしいです。でも、一年経っても出来なくて、検査に行ったら母体に問題が有ると分かったらしくて。まったく可能性が無い訳じゃ無いらしいですけど」
「あいつも見えない所で苦労してんのね」
その後、朋子に何度も話を漏らさないよう釘を刺され化粧室の外へ出た時。
「あ! コンパクト忘れた」
化粧室に引き返すと、ちょうど個室トイレの扉が開いて、中から出てきた人物と鉢合わせになった。
「ゲ!」
「それは、こっちのセリフですわ!」
個室から出てきたのは恵利華だった。
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