第7話 血沸き肉躍る
「ちょっと待ってくださいよー!」
先に飛び立った私たちに向って、慌てて追いかけてきた琴葉が叫んだ。
「え?! あんたも来るの?」
「お披露目だけど署長が、行ってきなさいって」
「琴葉ちゃん、精神攻撃以外に何ができるんですか?」
「遠距離近距離一通りの魔法は使えますよ。格闘は苦手ですけど」
「だそうです先輩」
「うんまぁ、防壁でもやってもらうか。街への被害は抑えたいしね」
「了解しました。任せて下さい!」
「ほんで、今日の敵さんはどこよ?」
環があきれ顔で私に話しかけて来る。
「先輩! ちゃんと情報確認してくださいよ。キャットストリート南側でワーウルフの群れが暴れ回ってます。数は確認できたのが20個体」
「割と近所じゃん。表参道に追い立てて、叩くか! 琴葉! 出口に半円形の防壁作れるか?」
「はい!」
「よし、じゃあ先回りしてて! 私らが追いこむから。環! いつもの作戦行くわよ」
「了解です!」
「それでは、散開!」
渋谷から原宿に向かう明治通り。その中程から分岐した裏道がキャットストリートと呼ばれる小径だ。表参道までのこの一帯には、セレクトショップやおしゃれな店が密集し、週末ともなればカッペどもが気合を入れたファッションで練り歩き、ファッション誌のスナップに撮られようと必死こいてる姿が名物の通り、それがキャットストリートだ。
明治通りから分岐してすぐにある遊具の置いてある公園付近から入って行ったが辺りには何もいない。
「もっと、原宿よりかな?」
「とりあえず、進みましょう」
三叉路を過ぎて、どんどん奥へと進んでいくと八百屋や昔ながらの商店が有るキティランド裏の脇道一帯に、体長2メートルはあろうかというワーウルフ――その名の通りデカイ狼型魔獣――の群れが散らばっていた。
「参ったなこりゃ」
「作戦変えますか先輩?」
「いや、環はキャットストリート側で追い立ててちょうだい。私は、なるべく逃がさないようにぶっ倒していく」
「先輩、複数に襲われたら……」
「心配すんなって、野良犬の4,5匹なんて屁でもないよ」
十字路に環を立たせ、私は表参道までビルを跳び越えて行った。
「あ! 椿先輩」
「ちゃんと網張っとけよ!」
おもちゃ屋を挟んだ次の通り前では、琴葉が高さ約5メートルのピンク色に光る魔法の網で道を塞いでいた。彼女は緊張の面持ちで肯く。
「よっしゃ、行くわよ!」
地面に降り立ち、通りへ突入する。すぐ目の前に3匹が現れた。向うが気づかないうちに魔法の詠唱を開始する。
「燃え盛る炎を包む、熱き球の連なりよ! 地獄の業火のように全てを焼き尽くせ。ファイアーボール!!」
解き放たれた火の玉の連射がワーウルフたちに襲い掛かる。
――キャウッ! キャウン!
「チッ! 一匹逃したか」
焼尽し灰となる2匹跳び越え、逃げた犬を追う。動きが早く遠距離魔法で追い打ちをかけるのは難しい。途中の脇道に差し掛かったところで、横から2匹が飛び掛かってくる。横っ飛びで避けた後に、建物の壁を使って三角飛びで一匹の頭上に狙いを付けてステッキの柄を突き刺した。
――ギャッウゥ……。
驚いて脚の止まったもう一匹には、脇腹にサッカーボールキックをお見舞いする。
――バリバリガッシャーン!!
吹っ飛んで行った犬コロは、向かいにあるブティックのショウウインドウを突き破って息絶えた。
通りの先を見ると、10匹くらいのワーウルフがこちらの様子を離れた所からジッと見ている。
「ブルルルァアアア!!」
私の雄叫びに恐怖して、ワーウルフたちは一目散に逃げだした。十字路まで追いかけて行くと、環が上手く魔法の壁を使い誘導し、琴葉の張ったネットへ追い詰めようとしていた。
「先輩、私も3匹倒しましたが、残りまだ15匹です」
「私が追い詰めるから、セイクリッドサンダーボルトの準備!」
「了解!」
「天空に集いし、神々の……」
「おらぁ! さっさと行かんかい!!」
環が詠唱している間に、私が代わってワーウルフ達を追い立てる。網に追い詰めた敵を上空からの雷で倒す作戦だ。このまま戦いが終わるかに見えたその時!
――オーホッホッホッホ!!!
ピンクの網の内側に黒い人影が躍った。
「……セイクリッドサンダーボルト!!!」
一拍遅れて環の雷が落ちるも、黒々とした巨大な傘の骨組みが上空に展開し、雷撃を脇へと追いやった。
「退避しろ! 琴葉!!」
「え? え?」
「クッソ!」
私は、飛び上がって琴葉の元へ急行する。しかし、黒い人影の方が一歩早かった。巨大な傘と一緒に、ふわりとピンクの網を跳び越えると、傘が折りたたまれ、急降下で琴葉目掛けて落ちて行く。
「キャー!!」
なんとかステッキで防御した琴葉だったが、そのまま道の真ん中まで弾き飛ばされてしまった。もちろん魔法の網も消え去り、表参道にワーウルフが雪崩れ込む。
「待てや! このクソ魔女!!」
「せいぜいワンコと戯れるが良いわ! オーホッホッホッホ!!」
幽霊みたいな白い顔をした黒のゴスロリ少女が、高笑いを上げてマンホールの隙間に吸い込まれていった。
道端にへたり込んでいた琴葉の腕を引っ張って起こし、声を掛ける。
「大丈夫か? あとは上で見学してな」
「わ、わたしまだ戦えます!」
「脇道を背にして戦いなさい。追い込まれたらすぐ逃げる!」
「分かりました」
「先輩!」環が飛んできた。「魔女は?」
「さっさと退散したよ。それよりどうすっか?」
「ラフォーレ前で食い止めますんで、各個撃破をお願いします!」
そう言い残すと、環はさっさと持ち場へ飛び去った。
「私はどのあたりで戦えば?」
「まったく! 環がセイクリッドフラッシュで弱らせるから、敵の裏から潰せ!」
「分かりました! 椿先輩は?」
「私は、青山方面に逃げた奴から倒してくるよ。戻って来るまで持ちこたえろよ!」
「はい!」
飛び立った私は、同潤会アパート周辺を走る先頭集団の前へと回り込む。
「行かせはしないよ! 燃え立つ火柱よ、剣となりて我に従え。フレイムソード!」
――グルルルァアアア!!!
「オラァー!!!」
逆V陣形の5匹が道を突進してくる。燃え盛る炎の剣に変わったステッキを飛び込んで来た真ん中のワーウルフにぶち込む。大きく開かれたワンコの口の中から脳天を突き抜ける炎。ステッキを手離し、すぐ右から迫るワーウルフにラリアットをお見舞いする。喉元に腕の直撃を受けたワーウルフは、クルクル回転しながら地面に倒れ込んだ。追い打ちをかけるように、飛び上がって膝で頭部にストンピング。息の根を止める。
息つく暇もなく、残りの三匹が周りを囲み、一斉に飛び掛かってきた。
――ガルルルァアアア!!!
一匹に狙いを定めてスライディング、胴体の下に滑り込んだところで両手を突いて腹に両足を叩き込む。すでに消滅した最初の一匹が居た場所からステッキを拾い上げると、空中に蹴り上げたワーウルフに向け天高く突き上げた。真っ二つになり地面に転がるワーウルフ。
「ウォー!!!」
私の雄叫びに恐怖する残り二匹。私は戦っている瞬間、不意に感じる――生きている!――という充足感に酔いしれる。死と恐怖を手玉に取って無敵の私がここにある。この時感じるのだ、世界は私の手の中にあると。
――キャウゥゥ……。
「逃がしはしないよ! 闇夜も燃え尽くす業火よ! 紅蓮の炎ですべてを焼き尽くせ! アポカリプスヘルバースト!!!」
炎の奔流がステッキから放たれ、眼前にあるモノを焼き尽くした。
「やっべ、やり過ぎちった……」
ワーウルフのみならず、向こう50メートルの街路樹まで灰に帰していた。
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