第22話 また新人
ある日の戦いの後。
「完全勝利だったわね」
「先輩、最近調子が良いですね。チョット怖いけど」
「本当に凄いですよね。ノールックで後ろから襲ってきたワイバーンを八つ裂きにしてたし! その後、血みどろで怖かったですけど」
最近はおもいっきり戦えているの実感してる。やっぱ、確かな恋が私に勇気を与えてくれているのかしら。新宿御苑での戦いからの帰り道、空の上でそんなことを考える。
「取材班も、私じゃなくて先輩に集中してくれて大助かりです! どうも、ああいうテレビのインタビューって慣れないんですよね。その点、スラスラと答えられてる先輩は流石だなと感心しました」
「そうかしら? あいつらは魔獣の事なんかどうでもよくて、アランとのことを聞きたいだけなんだし、適当にはぐらかしていれば良いだけなんだからラクチンよ」
「ワイドショーなんか、椿先輩とアランさんの事で持ちきりですもんね。世紀末のビッグカップルって」
「その所為で、なんちゃら賞とか試写会とか開店パーティーとか、PR会社が仕事持ち込みまくってやんなっちゃうわよ」
私が鼻高々で話している所に、横を静かについて来ていた緑色の魔法少女が口を開く。
「都会の魔法少女はすんげぇな。おら、戦うことしか知らねぇから、話についてけねぇぞ」
向井青葉20歳・身長165センチメートル。黒々とした長めのおかっぱ頭にガリガリの針金みたいな体をした、自然の幻影を操る緑の魔法少女だ。なんで、彼女が居るかと言えば、退職が近い私の代わりを橘署長が奔走して東北のどこからか引っ張ってきたのである。
「青葉ちゃんだって、渋谷初めてなのによくやってましたよ。鳥や動物、植物を具現化したような幻影魔法は今まで一緒に働いたことが無いタイプなので感心しました」
「なんか、癒される感じですよね青葉さん」
「あんま卑屈になるな青葉。3か月もすれば都会色にあんたも染まるよきっと」
「おらも、先輩方みてねな綺麗なキャリアウーマンになれるかの?」
今どき、地方だって都会の物は手に入るし、そんなに変わらないはずだと思うけど、この青葉はどこの山奥から見つけ出してきたのか? というほどに素朴だった。何より、司令部に初めて現れたとき、高校時代から着ているという上下緑のジャージ姿でやって来たのだ。彼女の弁によると、東北の山奥にある司令部では昔からの伝統でジャージが仕事着ということになっていたそうで、杉並区に出向している同郷の魔法少女に確認したら「ジャージでダイジョブっしょ!」と言われたのでジャージで出勤してきたと言うのだ。てか、それぞれの街の色に染まるとはいえ高円寺あたりのマホショってどうなってんだ?
しかし、署長の目は確かなようで、幻影魔術以外にも、この細い体つきながら体術の方もかなりのやり手だ。田舎では、魔獣狩りのみならず村に降りてきたクマ相手に素手で格闘に挑んだりもしていた。そんなわけで、接近戦でのタイマン勝負は私でも唸るほどの能力の持ち主なのだ。
「環、署長に許可取って明日の昼間に出も行きつけのサロンに連れて行ってやんなよ」
「そうですね。これからメディア対応なども有るだろうし、洋服なども揃えてあげないとですね」
「えー! 良いな。私も青葉さんに色々選んであげたいです!」
「琴葉の趣味で選んだら、青葉がメルヘンメンヘラ少女になっちまうよ」
「ヒドイですよ! 椿先輩! そんなことないですよね青葉さん?」
「琴葉ちゃんには悪いけんど。おら、ひらひらした服はこっぱずかしくて着れねぇ」
「プッ」
たまらず環も噴き出した。
「あー! 環さんまでヒドーイ!」
どうやら、私が居なくなっても、渋谷の安全は十分守られそうだ。彼女たちの和やかな雰囲気を見つめながら、私は少し寂しさを嚙み締めながら帰路についた。
「あら、居たの」
マンションに帰り着くと、テレビを点けっぱなしでソファーに腰掛けてバイト雑誌を熱心に読みふけっている裕二の姿があった。
「あ、お帰り。おっといけね」
「いいわよ消さなくて」
私に気付いてテレビのスイッチを切ろうとリモコンに手を伸ばしかけた彼を制止した。テレビの中のニュース映像が今夜の新宿御苑上空におけるワイバーン――二本足のドラゴンみたいな魔獣――撃退を映し出していた。
「へぇ……」
「なによ?」
「前は、テレビで自分の姿なんか見たくないとか言ってたじゃん」
「知ってるでしょ。新しい人が全てを変えてくれたの。男勝りだろうが何だろうが、年増だろうが、何と言われようと今の私ほど勝ち組はいない。そう理解したら、堂々として何が悪いっていうの! ってね。考えが変わったの。つうか、まだアパート見つからないの?」
「今は荻窪の友達ん所に居候してるんだけどさ、地方の親が泊まりに来るとかで2、3日追い出されたんだよ。すっからかんでマン喫泊まる金も無かったからさ。バイト見つかったらもう来ないからさ。それまではどうかご勘弁を」
いつものように手を合わせて拝み倒してくる裕二。いつもなら「仕方ないわね」と呆れかえって許してしまうところだけれど……。
「はい、これ」
私はバッグから取り出した細い封筒をテーブルに落とした。
――ドサッ。
「なんだよ手紙にしては、重たい感じだけど。まるで現ナ……」
裕二は封筒を手にして中身を半分露出させた所で硬直した。
「百万円あるわ。手切れ金って訳じゃないけど、しばらくホテルに泊まったとしても大丈夫でしょ」
「なぁ、冗談キツイよ美紀ちゃん」
裕二の半笑いの声はどこか震えていた。
「裕二、今すぐ出て行きなさい。あんたのこと嫌いじゃないけど、私ももうすぐ30よ。あんたみたいに、いつまでもモラトリアムじゃ居られないの」
「要らねぇよ」
「一文無しでどうすんのよ? 軟弱なあんたにホームレスなんて無理でしょ」
「バカにすんな! こっちにだってプライドってもんがあるんだ。だいたい、あんな男のどこが良いんだ? イケメンで高学歴で高身長で大金持ちで……って、良い所ばっかじゃん!」
「どう? あんたに勝ち目無いでしょ」
「俺だって、角度によってはイケメンって言われるし、身長もそんな低くないし、大学だって一応入ったし、俺は貧乏だけど親は中流で持ち家の借金も無いしって、そういうことじゃないだろ! 一番大事なのは愛だろ? 本当にあんな奴を愛しているのか美紀子? スペックだけで判断してないか?」
「そ、そんなことあんたに関係ないでしょ? もちろん、愛しているわよ! 出会った瞬間にメロメロよ!」
「そんなの愛じゃない。性欲だ! 俺が雑誌のグラビアアイドルにムラムラするのと一緒じゃん!」
「屁理屈だけは一人前にコネやがって! ここはあたしの家よ! 文句が有るならさっさと出て行きなさい! 居座るようだったら、魔法でぶっ飛ばすわよ!」
「へっ。今日のところは引き下がってやらあ! どうせそのうち、吠えずら掻いて泣きついてくるさ! そんときは、どんな顔して来るか今から楽しみに待ってるぜ! あばよ!」
売り言葉に買い言葉、珍しく威勢の良い事をほざいた裕二は、ドスドスと足音を立てて深夜のマンションから飛び出して行った。テーブルとソファーの上にはアルバイト雑誌のみが残されていた。
「あ! あの野郎さんざん言っといて、金持っていきやがったな!」
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