第9話 朋子の依頼

 翌日、司令部に出勤すると、ついこの間、結婚退職したばかりの須藤朋子が挨拶にきていた。

「いろいろバタバタしていて、ご挨拶が遅れてすみません」

 ヨックモックの詰め合わせを渡してきた朋子、チェックのネルシャツにフリースのベスト、ジーンズの下はティンバーランドか?

「ずいぶん変わったわね」

「すみません、こんな格好で。引っ越しの準備とか買い出しとかあって、合間に来たものですから」

「気にしなくて良いよ。ところで、相手は何やってる人なの?」

「最近まで麻布のフレンチでシェフをやっていたんですが、結婚を機に清里で一緒にペンションを始めようかと思ってるんです」

「へぇ、長野に引っ越すのか! ずいぶん思いきったね」

「ギリギリ山梨です。それに、前から温めてた計画なので」

 朋子は頬を染めてはにかんだ笑顔を見せた。まさに幸せの絶頂といった感じを見せつけられてるようだ。いつもならイライラするところだが、昨晩のメールが私の心に余裕を持たせているのだ。

「そっか。そりゃそうだよな。朋子が無計画無鉄砲になんかするわけ無いし。ともかく、お幸せにね」


 

「あ、あの」これでお開きかと思いきや、朋子は申し訳なさそうに話しかけて来きた。「美紀子さんにどうしてもお願いが有るのですが」

「なに?」

「形だけで良いので、結婚式の手伝いをお願いできないでしょか?」

「は? どゆこと?! そんなん一番私に向いて無い事じゃん!」

「実は、エリカ先輩が……」

 朋子が口ごもりながら出した名前、旧姓葉山恵利華26歳。現在の苗字は忘れたが、3年前に一回り以上歳の離れた青年実業家と結婚したOGだ。環が入る以前の光の魔法少女だったが、環とは性格から見た目まで全くの正反対で、歌舞伎町の方が似合いそうなゴージャスでゴールドなマホショとして名を馳せていた。

「しゃしゃってきたのか!」

「ええと、なんて言ったら良いのかしら?」

 そんなエリカは、何かと朋子の面倒を見て可愛がっていたのだ。しかし、バブルの残りカスみたいなエリカと地味で堅実な地方出身者の朋子では水と油だった。朋子も仕事の上では色々感謝していたものの、プライベートでクラブに連れていかれたり、高級ブランドの服を買わされたり、何も知らずに男性ストリップショーに連れていかれた時には、私に泣きの電話を入れてきたこともあった。


「どうせ、地味にレストランウエディングをやろうと思ったら、「魔法少女はそんなんじゃダメよド派手な披露宴よ!」とでも言われたんでしょ?」

「凄い! さすが美紀子さんは何でも分かるんですね!」

「まぁ、伊達にマホショを12年やってないからねー」

 自分で言ってて悲しくなるけど。

「それで、エリカ先輩に押し切られそうになったので、咄嗟とっさに美紀子さんが仕切ってるからって言っちゃいまして。ホントにすみません!」

 朋子は深々と頭を下げてきた。私ならきっぱり断れるけど、朋子の性格じゃ、お世話になった先輩の助言を無下に断ることが出来ないのだろう。

「良いってば、私も朋子には随分と助けられたし。それくらいの事ならやってあげるわよ」

「本当ですか!」朋子の表情がパッと明るくなった。「ありがとうございます。早速なんですが、今度、日曜の午前中にレンタルするウェディングドレスを選ぶんですが、エリカ先輩が一緒に選んであげると言ってるんです。どうか一緒に来てもらえないでしょうか? そうすれば、エリカ先輩も大人しくなると思うんです」

「勘違いバブル女に会うのはイヤだけど、仕方ないわね。良いよ行ってあげる」

「本当に、ありがとうございます」

 朋子が深々と私に向けてお辞儀するのを見て、恵利華が引退してからも苦労させられていたのかなと感じた。


「ああ、気安く引き受けちゃったけど、気が重いわ~」

 その夜、渋谷川でケルピー狩りをしながら愚痴を吐いた。

「先輩、集中! 集中!」

「綺麗なお馬さんだぁ!」

「琴葉ちゃんも感動してないで攻撃して!」

 コンクリートで固められた護岸に流れる浅い水の流れ。その上を優雅に歩き回る馬の群れ、ただし真っ青だけど。それがケルピー、人肉が大好物の凶悪な魔獣。しかし、飛ぶことも出来なければ、飛び上がっても深い護岸を上ることなど不可能なわけで、暇なときに、渋谷駅下の暗渠から時々現れるこいつらを定期的に駆除しているのだ。

「だって環さぁ。水相手に火だと効率悪いから私の出番ないじゃん」

「素手で戦って下さいよ!」

「だって、ヘドロまみれで汚いじゃんケルピー。それより恵利華だよ。やんなっちゃうよ」

「先輩! 私たちはその恵利華さんを知らないので何とも答えられません! 終わったら愚痴を聞きますから、さっさと片付けましょうよ」

「えー! 環先輩はエリカさん知らないんですか? 昔ワイドショーを一番賑わしていたマホショじゃないですか! 西麻布のゴールドライタンって異名を持つバブリー恵利華様はマホショ候補生の間でもいまだに語り継がれるほど超有名魔法少女ですよ」

「私テレビ見ないので」

 何かとんでもない間違いが有ったような気がしたが、訂正するのもバカらしいのでそのままスルーする。

「え?! 流行の最先端にいるモデル女子の環先輩はドラマとかチェックしなくて良いんですか?」

「いや、みんな夜は仕事か遊び行ってるかで、テレビを見る暇が無いから」

「魔法少女養成所でも東京出身の子はテレビ見ないって言ってたけど、本当だったのかぁ。私の地元じゃ考えられないや」

「環が言ってるのはウソだよ。こいつはビデオを何台も動かしてエアチェックしてる筋金入りだから」

「リアルタイムでは見て無いですし! 見るとしても教育テレビだけですし!」

「え? なんで? なんで3チャンネルなんて見るんですか?」

 環は変にカッコつけたがりな所がある。特に魔法少女の時はそうだ。こんな風に無駄話を展開している間に、いつの間にかケルピーたちは暗渠の方へ消え去っていた。

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