第19話 早朝のブレックファースト
カラオケ店を後にした翌朝の6時、と言っても12月の午前6時はまだまだ暗い。まるでオールした大学生みたいに3人で24時間営業のドーナツ屋に入った。香りの無い薄いコーヒーを飲みながらオールドファッションを口に入れる。ここに居ないアランは、早朝から会議が有るとかで車が迎えに来て連れ去って行ったのだ。
「なんだか学生時代に戻ったみたいですね先輩」
向かいに座る環が呑気にオレンジジュースを飲みながら話しかけてきた。
「何言ってんのよ、あんただけでしょ。うちの田舎は朝に開いてる店なんて無くて、みんなコンビニに駆け込んでたわよ」
「私のところのコンビニは7時にならないと開いてませんでした」
「24時間営業じゃないコンビニなんて有るんですか?」
「そんなの普通ですよー! 環先輩、田舎の事何にもしらないんですね」
朝っぱらからくだらない事を話す私たち。
「いったい何やってんだろう私」
「なに黄昏ちゃってるんですか先輩? せっかく琴葉ちゃんが復活したのに、先輩がそんなんでどうするんですか!」
「そうですよ椿先輩! あのアランとかいうオジサン、全然モーション掛けてこないじゃないですか? 単なる先輩のファンってだけで、恋愛には発展しないんじゃないのかなと私は思います」
「いきなりなんてことを言うの! 確かにアランは、仕事の事ばかり聞いて来るけど、抱きしめてきたりボディータッチも多いし」
「アレは、アメリカ流のコミュニケーションってだけなんじゃないですかねぇ」
「そんなこと……、あるかも」
「椿先輩、そんな落ち込まなくても」
「ああ、やっぱし玉の輿は無理かぁ」
「そんな弱気な椿先輩みたくないですよ! そんな、うじうじしていないで、ここはドーンと! 当たって砕けろで告白すれば良いじゃないですか!」
「なんだよそれ、女子高生じゃあるまいし」
「何を言ってるんですか琴葉ちゃん。先輩は私と一緒に生涯魔法少女を続けるのが一番です!」
私は、腰の曲がったお婆さんになっても今の格好で戦い続けないといけないのか?! 一瞬想像しただけでも虫唾が走る。せめて一生若い姿のままとかの特典はないのか。私は立ち上がり二人に向って宣言する。
「良し決めた! アランが無理だったとしても、30歳になるまでに辞めるわ!」
「待ってください先輩!」
「いや待てぬ。つうか待ち過ぎたのよ私は。だから琴葉!」
向かい側に座る琴葉の肩をがっしりと両手で掴んだ。
「な、なんですか?」
「私が辞めても大丈夫なように、魔獣相手の格闘技をみっちり仕込んでやる!」
「ええー!」
こうして、今日は徹夜明けの体に鞭を撃ち、明治神宮の上空でみっちり琴葉を教育するのであった。
夕方、訓練を終えて司令部でシャワーを浴びる。
「うぇー、全身に筋肉痛が」
隣のシャワールームから琴葉の泣き言が聞こえてきた。
「ちゃんとタンパク質取っておきなさいよ! そんなひ弱なじゃ魔獣に跳ね飛ばされるわよ」
「そんなこと言ったって、私高校では茶道部だったんですからいきなり格闘なんて無理ですよ。はぁ、魔法少女ってもっと煌びやかな職業だと思ったんだけどなぁ」
「どんな仕事だって地味な努力や人目に付かない作業があるもんだよ。実力がついてくれば環みたいにメディア仕事だっていっぱい出て来るだろ」
「そうですよねぇ。新宿のマホショみたいにクイズ番組に出て男性アイドルとお近づきになったり出来ますかね? そうだったら、ヒロくんなんてどうでもいいです!」
「頑張れば男性アイドルだろうが、ハリウッドスターだろうが何でもござれだ!」
「いやさすがにハリウッドは関係ないんじゃ……。でも、環先輩って全然プライベートが見えませんよね。彼氏のことも話さないし」
環がガチロリのガチレズビアンだということは、本人がカミングアウトしてないのだからここで言うべきではないだろう。なので、ちょっと濁した感じで答えるしかない。
「ああ、あいつはプライベート大事にする奴だから。それに、彼氏は居ないと思うよ」
「えー?! 何でですか? あんなにスタイル抜群で美人かつ可愛さもある顔立ちなのに! いっそのこと私、環先輩と付き合おうかな」
「冗談でもそんなこと言っちゃダメだ!」
あまりの発言に、私は壁を乗り上げて隣のブースに身を乗り出して叫んだ。
「キャッ! 覗かないでください!」
幼い子は遠くから見て愛でるだけと言っていた環だが、まかり間違って社内恋愛なんてことになったらたまったもんじゃない。3年近く環と一緒に居て、彼女から出て来る昔話では、バレンタインに女子から毎年千個チョコレート貰ったとか、登下校時に女子に待ち伏せされて困ったとかそんな話ばかりだ。絶対何人か喰ってるに違いない。いや、女子同士でも行為をしてたらマホショになれないか?
着替えて携帯を確認すると、アランからメールが入っていた。
――今夜、昨日の埋め合わせを出来ませんか?
「なんだと!」
「どうしたんですか椿先輩?」
地獄の底に落ちたかに思えた私だったけど、なんとか一筋の蜘蛛の糸が目の前に垂れ下がって来たのだった。
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