第3話 新入社員はロリ少女

「て、わけでさぁ~。やんなっちゃうわよ! オヤジ! 熱燗もう一本!」

「美紀ちゃん、飲み過ぎると明日に響くよ?」

 魔獣との戦いの後、私は裕二と落ち合って場末ばすえのおでん屋台に来ていた。

「ねぇ、誕生日だよ。何が悲しくて後輩に先こされなきゃなんないんだぁ、おらぁ!」

「痛い痛い、顔だけは止めて! せめてボディーに。明日はオーディションなんだから」

 裕二は手を顔の前に広げて縮こまり、私の攻撃を避けた。

「オーディションがなんだよ。万年エキストラが!!」

「それはテレビの話だろ! 俺は舞台がメインだから!」

「舞台だぁ? 下北の友だちしか来ない弱小劇団がなんだって? チケットノルマで毎回私に土下座して割り当て何枚も裁かせてるのは誰だっけぇ?」

「こら、やめっ! 頭をグリグリしながら言葉責めで精神攻撃すんなぁ!」

 ――ゴト。

『はい熱燗一丁』

 屋台のオヤジが、ダル絡みをヒートアップさせる私と裕二の間に熱燗を置いてきて、本気の喧嘩になる前に中断させた。こういう如才なさが気に入って贔屓にしているが、何ともやりきれなさが残る。

「俺が甲斐性がないばかりに、うぅ……」

 泣き真似をする裕二を尻目に、熱燗の徳利をお猪口じゃなくコップに傾け、日本酒を並々と注ぐ。

「ぷはぁー! もう、ダメね私たち……」

「え?」

「別れましょう」

 一気に飲み干したコップをカウンターに置いて、彼の顔も見ずに呟いた。

「ちょっ! 待てよ!! いきなりなんだよ」

「あれ? めずらしく反論するんだ?」

「美紀子。結婚して欲しいのは分かってる。でも、今の半人前の俺じゃダメなんだ。男として何か成し遂げてからでないと、お前にふさわしい男になってからでないと、俺のプライドが許さねぇ! だから……」

「だから?」

「どうか、部屋から追い出さないでください!!」

 裕二は道端に土下座して懇願してきたのだった。



「それで、そのまま部屋に置いてるんですか?」

 翌朝オフィスで、あきれ顔のたまきが聞いて来た。

「別れたのは別れたのよ? でも、あいつ借金400万あるし、今日はオーディションだし、ホームレスになったら合格通知も受け取れないでしょ?」

 もちろんそれだけじゃなくて、劇団仲間の女の家に転がり込んだりされたらたまったもんじゃないし。

「先輩、そういうのダメ男好きって言うんですよ! いい加減、きっぱり捨てちゃいましょうよ! 今の時代、男無しでも生きていけます。先輩は、みんなのあこがれるエリートキャリアウーマンなんですから!!」

 確かに、この平成不況の時代に軽く一千万を超える年収を誇る女性は少ない。しかも、住宅手当も近隣に住まないといけないということで15万する家賃の8割も補助が出てるし。

「環、いくら金を稼いでいても、魔法少女はエリートキャリアウーマンなんかじゃないわ。あんたはまだ若いからチヤホヤされてっけど、25過ぎたら、ババア、いつ引退すんだ? とか、ババア、あそこに蜘蛛の巣張ってんぞ! なんて陰で言われてんのよ」

「そ、それは、一部のパソコンオタクがネット掲示板やホームページで言ってることで、あんなキモい童貞たちの言うことなんか聞く耳持たないで良いですよ」

「何言ってんの? そういう奴らがあんたのファン層じゃない? 環たんハァハァとか、環たんのセクシー画像希望とか、あの長い御身脚で踏まれたいとか、セ〇BBSに書いてあるわよ」

「先輩! わ、私は女性にも人気ありますから! そう言う人気があるのは、新宿管区とか千代田管区のマホショですよ。ていうか、パソコン持って無いのに何で詳しいんですか? ああ、オフィスのパソコンでネットサーフィンしてるんですね! 署長にまた怒られますよ」


「私に怒られるって何かしら?」

「げ! たちばな署長!」

 部屋の戸口に現れたのは、魔法庁魔法生物対策課渋谷分署署長橘充希(42歳)。ウェーブがかったゴージャスなロングヘア―の美魔女――といっても、本当の魔女という意味ではない。お色気ムンムンでイタリア製ハイブランドスーツを着こなす、私まだまだ現役よとアピールが凄い2児の母である。

 そんな魔女に気を取られていると、後ろからひょっこり女子中学生みたいなのが顔を出した。恥ずかしそうに署長の後ろでキョロキョロしているハイツインテール、デニム地のワンピースに所々ぬいぐるみが縫い付けれれていて……。

「署長! おはようございます。そちらは?」

 環がさっきの話題で問い詰めれれないようにと、署長に話しかけた。

「紹介するわね。成瀬琴葉なるせことはちゃん……」

「あの、橘署長。ちゃん付けは……」

「あー! ゴメンなさねー! 可愛らしいものだからついつい。以後気をつけるわ。仕切り直してもう一度。今日より渋谷分署の魔法少女として着任した成瀬琴葉さんよ」

「ちょちょちょっと待ってください署長! 朋子はどうなるんですか?」

「須藤は昨日のうちに辞表を置いていったわ。もう、何か月も前から準備してたし、あの子が職場に迷惑かけて辞めて行く訳がないでしょ? という訳で、教育係としてお願いね椿」

「なんで私なんですか! 序列的には環が!」

「そうですよ。下働きは後輩の私が引き受けるのが筋ってもんじゃないですか!」

「金河環! あなたは何者?」

「何者って、渋谷分署の魔法少女……」

「否! あなたは、渋谷に留まらず東京ひいては日本の魔法少女のトッププレイヤー!! エースなのよ!!!」

 ――ババン! ギャー!!

「なんだ?! 今の効果音は?」

「そんなこと言われても、メディアが勝手に喧伝してることで私は別に……」

「何のために職務規程を改正してまでモデルの仕事やらせてると思うの? あなたにはメディア対応という重要な仕事が有るでしょうが!!!」

 署長はデスクに両手を叩きつけ威圧するかのように顔を近づけてきた。見かねた私は、間に入って助け舟を出す。

「でもあれやり過ぎだと思うっすよ。環もテレビのインタヴューで毎回同じこと聞かれて、やんなっちゃうって言ってたし」

「黙れ! 行き遅れ!!」

「ヒドイ……、女上司のくせに、訴えてヤル!」

「訴えるだと?!」橘署長は私の襟首を掴んで顔を近づけてきた。「上等じゃねぇか! てめぇが、東京タワーにゴーレムぶつけて折り曲げたり、百軒店を火の海にしたり、109に並ぶギャルにワザとクラーケン落としたり、児童会館前でコカトリスを八つ裂きにして児童にトラウマを植え付けたり、午前零時直前に円山町のラブホテル街に魔獣を誘導したりしなけりゃ、こんな風にメディアにおべっか使わなくても良かったんだよ!!!」

「あわあわ、そこまで細かく覚えてるなんて……」

「あ、あの……」

 ヒートアップする署長の背中を新人がツンツン突いた。

「なに?」

 鬼の形相で振り返った署長は、先に片付けなくてはならない仕事を思い出し、平静を取り戻した。

「ああ、そうだったわね。ごめんなさいね琴葉ちゃん、いえ、琴葉さん! ついつい椿の事で頭に血が上ってしまって。じゃあ、あなたから自己紹介してくれるかしら?」

「はい!」新人はニコッと微笑んだ後、私と環の方に向き直る。「成瀬琴葉18歳です。本日より、魔法少女候補生から正式に渋谷分署所属の魔法少女に転任しました。不束者ですがよろしくお願いします」


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