29歳の魔法少女

めがねびより

第一章 29歳崖っぷちの魔法少女

第1話 恋人たちの風景

「もうやだ。限界……」

 吐き捨てるように、口からこぼれた言葉。

「聞き飽きたよその言葉。もうやだなんて」

 同情するのも半ば飽きたように裕二は返してくる。


 1998年12月のある夜。イタリアンだとかフレンチレストランというにはちょっとおこがましく聞こえてしまうような軽薄だけれど、こ洒落た店内には、私たち以外にも週末のディナーを楽しむカップルであふれていた。

「そのとおりじゃない。なにが悲しくてもう29にもなるっていうのに……」

「なに弱気になってんの、ミキちゃん」

「ぜったい今度こそ辞めてやるから! もう、足を洗うの!!」

 どうせ裕二は、こうやって励ますのは何度目だろうと内心、思っているのだろう。いや絶対そうだ。

 そんな疑心暗鬼に陥ってる時に、閃光とそれに遅れをとった爆発音が辺りに響きわたる。爆風と飛散した何かによって、通りに面したレストランの窓ガラスが粉々に砕け散った。


『キャー!!!』


 騒然となる店内。客や店員たちは慌てて席を離れ避難を始めていた。私たちを除いては……。

「足を洗うか……。なんかさ、卒業っていうんじゃなかったっけ正式には?」

「正式じゃないわよ! 契約満了! 依願退職! 卒業なんつうのは、三流マスコミが勝手にアイドル扱いして、おもしろおかしく書き散らしてるゴシップ記事に使われてるクソッたれワードよ!」

 数秒前まで窓とよばれていた砕け散った枠の外側では、でこぼこになった道路とつぶされひっくり返った車やトラックが、さながら戦場のように飛び散った瓦礫のなかで煙を上げていた。

「ねぇ、ポケベル鳴ってるよ?」

 私はイスの背に吊るしたハンドバッグに手を突っ込み、電源ボタンの無い特注品のポケベルを掴み取り、すかさず床に叩きつけた。しかし、ポケベルは鳴りやまない。

「クッソ頑丈ね!」

「おいおい落ち着けよ」

「たぶん、引き際ってのを私は間違えたのよ。それは自覚してる。だからってこのままずるずる続けていいわけないの」

「でも、やめてなにすんの? ミキちゃんは、なんか他の仕事してるの想像付かないな。11年間ずっと……」

「べつに、仕事に生き甲斐をもとめるのが女の生き方ってわけじゃないし」

「えっ……」

 私はうつむき加減に、しかし上目遣いで裕二を見つめた。

 目を見開いたまま裕二は固まった。まるで、私がメデューサの目でも持ってるみたいに。


 沈黙の中、散発的に遠くの爆発音が聞こえてくる。

 裕二は、ぐっと唾を飲み込み、「まあたしかにそうなんだけどさ。だからってそういそがなくたって。あ、それにほら、なんだかみんな逃げてるじゃん緊急事態なんじゃない? 爆発すげえし」と何時ものようにはぐらかした。

「そんなこと、どうだっていいじゃない!」

 興奮を抑えきれずに立ち上がった私は、そのままテーブルに両手を叩きつけ叫んだ。爆発音がまた近づいてくる。

「街が壊れされようが、世界が終わろうがそんなことどうでもいい。

いま大事なのは、わたしたちのこれから、それしか」

 閃光と爆発がほぼ同時に起きる。爆風でテーブルやイスが飛ばされるが

私たちのテーブルを囲む周囲2メートルほどはバリアを張ってあるかのように何も影響を受けない。

「ほら、ビルが倒壊する前に外に出ようぜ」

「どいつもこいつも、大事なときに邪魔しやがって!」

 私は悪態をつきつつ席を離れ、外に向けて歩きながら、ハンドバッグから15センチほどのパステルピンクの棒を取り出す。

 この棒、上に直径7~8センチはある金色のハート型のオーナメントとリボンの飾りつけがなされていて、中央には大きくてキラキラした赤い宝石が輝いている。

 外に出たときには、いつものように棒は1メートルほどに伸びてステッキ状になっていた。

「ともかく、あいつらぶっ殺してくるから。あとでじっくり続きを話し合いましょ?」

 そう言い残して、私はステッキを前に突きだし眩い光に包まれながら上空へと飛びたったのだ。

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