第15話 プレミアの夜

 日曜の夕方、山手通りの司令部からリムジンに乗り込み会場を目指す。レッドカーペットに横付けされて降り立つと、通り道の両側を多くの野次馬が取り囲み、その内側にはカメラマンの列。フラッシュが焚かれる閃光の中、サングラスを掛けたアランと私は、腕を組んで会場へと進んでいく。道の途中でインタビュアーがマイクを向けてきた。

「田村さん! 今宵の魔法少女ナイトはあなたの考案された企画だそうですが、どのような意図がおありで?」

「映画「渋谷の女」を盛り上げるのに、働く女性と渋谷というキーワードをリンクさせる存在として魔法少女に白羽の矢を立てたわけです。と、これは表向きの理由で、本当は美紀子さんとレッドカーペットを歩く機会を作りたかったからかな」

「お二人に交際の噂が出ているのですが本当ですか?」

 アランは返事の代わりにサングラスを外し、カメラに向かってニヤリと笑みを見せただけだった。その美貌に観衆からどよめきが起こる。その後、彼は私を引き寄せてカーペットを先へと進んでいった。

「すみませんね。メディアというのは先走り過ぎる」

「いえ、私と噂になったりしてご迷惑じゃございませんの?」

「とんでもない。噂が本当になるのを願ってます」

「え……」

「さ、先を急ぎましょう」

 急に真面目な顔で告白めいたことを言われて、心臓バクバクである。


 劇場のロビーには、着飾ったセレブ達がグラス片手に歓談していた。アランに連れられバーカウンターへ。

「何を飲まれますか?」

「これから出動が有るかもしれませんので、ジンジャーエールを」

「そうでしたね。では、私も同じものを」

 グラスにライムの入ったジンジャーエールが出された。受けとって、立ち去ろうとしたところでアランがポケットから携帯を取り出した。

「失礼、ちょっとお待ちいただけますか?」

「ええどうぞ」

 アランはなにやら込み入った仕事の話をしながら離れて行った。目で行方を追っていくと、先日あったケビンとかいうアメリカ人の重役と落ち合って話し込み始めた。所在なげに突っ立て居ると、「先輩!」と環が声を掛けてきた。

「あれ? ちょい悪オヤジがエスコートするんじゃなかったっけ?」

「なんかベタベタ触ってくるので逃げて来ちゃいましたよ。ああいう脂ぎった小清水みたいなチョイ禿げオヤジが一番苦手なんですよ」

「いつになく辛らつだね環……」

「それより、ショウタくん(11歳)見ませんでしたか? 結構メインで出てるから来てるはずなんですよね」

「渋谷の若い編集者の話だろ? なんでショウタくんが出演してんの?」

「ちゃんと資料読んでないんですか? 主人公の妄想に出て来る天使役で出てるんですよ!」

 その後も、ショウタくん演じる天使がどんなにストーリーに深くかかわっているかを熱く語られていると。


「これはこれは! センパーイじゃございませんの?!」

 ド派手なゴールドのカクテルドレスを着た恵利華がやって来た。隣には、ガリガリに痩せた青白い男を連れている。あれは旦那のハズだけど、3年前に結婚式で見た時はもっと恰幅が良かったような?

「ごぎげんよう恵利華」

 私はワザとクソ丁寧に挨拶した。

「初めまして、恵利華さん。金河環です」

「あら? あなたは私の後任ね。メディアでのご活躍拝見しているわ。雑誌モデルとしても人気になるなんて同じ光の魔法少女として鼻が高いわ。あ、そうそう旦那を紹介してなかったわね。こちら旦那の御厨隆史みくりやたかし、不動産を手広く扱ってるの」

「どうも……」

 身長180のガリガリ男が元気なく挨拶してきた。昔はもっと溌溂としていた記憶が有るのだけれど、3年の間になにが? 仕事だって、不動産業とは名ばかりで昔から持ってる土地に建つマンションや工場から家賃収入を得ている遊び人のボンボンだったはず。

「ずいぶん隆史さんお痩せになった感じだけど?」

「そうかしら? 仕事が忙しいから無駄な贅肉が落ちただけよ。待ちの経営じゃダメだって私が尻を叩いたから、最近は色んなコンビニやファミレス、ドラッグストアなんかのフランチャイズに積極的に取り組んでるの! そのお陰もあって、会社の規模もここ3年でかなり大きくなったわ」

「なるほど……」

 家賃収入だけで満足せず、馬車馬のように働かせているのね。

「僕ちょっとトイレ行ってくるよ」

 恵利華の旦那は何かを察したのかそそくさと去っていった。


「ところで……」恵利華がニヤリと笑った。「今日のエスコート役は環さんなの?」

「アランは、仕事の話をしてるわよあっちで」

 私は首をしゃくって、アランとケビンが話し込んでる先を指し示した。

「可哀そうな美紀子さん。みなまで言わないわ」

「いや、だからさっきまで一緒に居たって。こうやって同じジンジャーエール飲んでるし」

「なるほど、美紀子さんの中ではそう思われるのなら、そうなんでしょうね。あなたの中で」

 恵利華は憐れむような目で私を見た。このアバズレ、もうすぐ絶望の底に叩き落としてやる。

「待っててよ。仕事の話が終わったらアランを紹介するから」

 と私が言い放った、その時。

 ――ピピー! ピピー! ピピー!

 鞄の中のポケベルが鳴り響いた。

「先輩! 出動命令です!」

 おいおい! 待て待て。明日のワイドショー見れば分かることだけど。私は今この場で、この成金クソ女を絶望の底に叩き込みたいの!

「あら、残念ですわ。ご一緒に居るところをひと目見たかったわ。フフッ」

「先輩! 聞こえてますか!」

「聞こえてるわよ! ああもう! 行くぞ環」

 諦めて、会場を後にしようとした刹那。

「美紀子さん!」

「アラン!」

 彼が駆け寄ってきた。

「魔獣が出たんですね」

「ええ、行かないと」

「頑張ってきてください」

 そう言って、彼は私を抱きしめてきた。

「なな!?」

 隣にいた恵利華がおかしな声を上げた。勝ったな。私を離したアランは言葉を続ける。

「それと、アフターパーティーで待ってます!」

「はい!」

 私はとびっきりの笑顔で返事をし、そのまま環に引きずられるように会場を後にしたのだった。

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