『誘蛾灯』

 深夜のコンビニの駐車場


 レジの清算をしている友人を待っている間


 誘蛾灯の下でウトウトしている女子高生に望んだ幻 (まぼろし)——。




 電線にとまっていた雀の親は横の子に語った


 あの蛾たちをごらん


 自分の目先の欲望のために


 死と引き換えになることも知らないで


 フラフラと愚かにも誘われているよ


 あんなのに成り下がっちゃいけないねぇ



 


 バカなあの人間どもをごらん


 愚かな女は自分の仮面だけの価値を武器にして


 数字と人の顔の入った紙切れのために


 それよりもはるかに大事な命を削っていることも知らないで


 汚い雄たちに嬲られているよ


 雌も心からしたくてしてないのだろうが


 頭の中にはただ肉の欲を満たす金のことしか考えてないよ


 なのに自分にも人にもいっぱいいい訳をして


 自分が何か立派な目的でもあるかのように嘘を吐き散らしているよ





 どうだい あの地獄の子たち


 かわいいのは顔だけ


 皮の下は貪欲と狡猾と虚栄心と競争心


 あとは鼻をつまみたくなる汚物で満ちている


 男を誘い


 相手を殺しそして自分をも死に追いやっている


 自分の中に毒をどんどん貯金しているね


 ああ バカだバカだ 


 動物以下だ


 子よ あんなのにはならないように


 今のうちに地球の主人ズラしているやつらの無様な姿を


 よーく目に焼き付けておくんだよ





 ねぇ お母さん


 なぁに


 何で人間はあんなにも自分を粗末にするの?


 さぁ


 鳥とは価値観がだいぶ違うからねぇ


 推測でしかないけど


 自分が本当は何者か


 自分の本当に大切なものが何か分かっていないからじゃないの?


 だから焦って


 目に見えて分かりやすい簡単な刺激を


 つまり快楽を富を名誉を—— 


 手っ取り早く得ようとするからじゃない?





 見て母さん


 僕らのとまっている電柱の下で座ってる女の子


 あれ本当に見るだけで吐き気がするね


 高校生のくせに濃い化粧をしてスカートも短くして


 突っ込んでくれと言わんばかりに雄を誘い込んでいるよ


 何人男をくわえ込んだんだろうね


 そのかわりに紙切れ何枚もらったんだろうね


 身につけているものにはその紙を何枚も使ったんだろうけど


 バカだねぇ


 皮の下一枚は糞尿や汚物まみれだね





 ホラ


 別に交尾して子孫をつくるわけでもないのに


 カネのために、愛の文字のどこにもない雄雌が


 あんなにも淫液にまみれた性器をこすり合わせているよ


 毒を吐き散らしながら


 自己中心という名の硬い棒を激しく出し入れしているよ


 吼えているよ


 まるで世界にはそれしかないかのように


 人間は頭がいいくせに


 こと自分の欲望のことになると他のことが考えられない


 ほんと救いようのないバカになるんだね


 もったいないねぇ


 せっかく人間に生まれてきたのにねぇ


 鳥に言われてちゃいけないよねぇ


 



 じゃあ人間はどうすればいいの?


 そうだね


 誘蛾灯じゃいけないね


 そしてそれに群がる蛾になってもいけない


 花になること


 ミツバチになること


 花はミツバチに生きるための蜜を与える


 ミツバチはその花の恵みにお返しをする


 花粉を運んであげるんだね


 それでめしべは受粉して、また新しい命が生まれるだろ?


 つまりね


 奪い合う関係じゃいけないのさ


 お互いに与え合う関係じゃなきゃいけないのさ





 下のあの女の子


 あれあのまま生きてても死人と同じだよ


 かわいそうだねぇ


 本当に必要でないもののために命を払ってるんだから


 だまされて安物に高い金を払う愚か者だからねー



 


 幻(まぼろし)は消え去った


 幻聴も聞こえなくなった


 少女は我に返った


 ごめ~ん 待った?


 友人の声かけに彼女は笑顔で答えられなかった


 両手で顔を覆って逃げ帰った


 涙が止まらない





 どこをどう走って家に帰りついたのか覚えていない


 ただ自分が情けなくて仕方なかった


 彼女は部屋を破壊した


 体で稼いで買ったものを全て投げて壊した


 札も通帳もめちゃくちゃに破いた


 こんなものこんなものこんなものこんなもの


 つまらないことにそぎ落とした女としての聖なる魂


 それを惜しんで一晩中泣いて床を濡らした


 そしてそれを少しずつでも取り戻すことに


 残りの人生を捧げようと心に誓った





 援交からは足を洗った


 出会い系も出会い喫茶にも、もう手を出さない


 少女は今日も考える


 今まで私は奪い、奪われてきたらしい


 与え合うってどういうことだろう?


 私が誰かのために生き


 そして誰かが私のために生きてくれる——


 



 見上げると、雀が飛んでいる


 コンビニ前で見た幻を思い出す


 少女は苦笑した


 何かを吹っ切るかのように真っ直ぐ顔を上げた少女は


 それまでにない清々しい表情で街を疾走していった





 彼女の生まれ変わりは、今始まったばかりだ——


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