『Pray ~祈り~』
やぁ 久しぶり
歌手になる夢、追い続けているかい?
あら こんにちは
あなたも、バンド活動の調子はどう?
いやぁ恥ずかしい
何とか路上演奏は続けているけどね
あまり立ち止まってくれる人はいないよ
何とかインディーズからでもデビューしたくてね
色々と努力はしてるんだけどね、これがなかなか
バイトで食いつなぎながら頑張る日々
ある意味、絶対に努力が報われると保証されない道
先行きの見えない、手探りの道
弱い僕は時折自分を見失う
本当にこれでいいんだろうか
これが本当に僕のやりたかったことなんだろうか
何歳になってもあきらめないくらいの覚悟と情熱があるんだろうか
僕は一体何で音楽がしたいんだろう
歌いたいんだろう
自己実現?
自分の才能を生かしたい?
自分にもこういう人と違う個性があることを証明したい?
有名になりたい?
お金を稼ぎたい?
いいや オレは、私は違うという人もいるだろう
世のため
人のため
希望を 夢を与えるため
生きる力を与えたい
でもさ
それって具体的にどういうことなんだよ
抽象的なことを言うのは簡単さ
じゃあ 君はその思いをどう音楽活動に反映させているんだい?
胸を張って言えるかい?
少なくとも、僕自身は分からない
成功したいという野心だけではなく、そういう公共心もある
だけどね それははっきりつかもうとすると逃げていくんだ
僕の心の中で明確な形をとらないんだ
人のためとは言いながら
僕は空を打つような虚しい拳闘をしているような気がする
はっきり正体の分からない相手と闘っているような気がする——
そうなんだ
それって共感できる
でもね
私はね、私なりの答えを出したの
私の話、聞いてくれる?
あなたみたくね、私も最近悩んでたの
行き詰ってね
あなたには言ってたっけ
私が音楽の世界に身を投じたそもそものきっかけ
それはカラオケだった
私は自分で少し歌がうまいと思っていた
人と比較してわりかし声もいいほうだと自覚していた
全国素人カラオケ大会で優勝したのがきっかけで
ある事務所から本格的に音楽を学んでみないかと声をかけられた
出来と次第によってはメジャーデビューも考えなくはないって
私は喜んだ
でも甘かった
人よりうまいという自己満足の世界から
高次元な世界にステップアップするための闘いの始まり
今までは自分が他よりも上だった環境だけど
プロを目指す世界には私と同程度の歌唱力をもつ者はゴロゴロいた
私はレッスンを受けて帰る道すがら泣いた
私には何かが足りない
実力伯仲の大勢の仲間の中から頭ひとつ出るためには
致命的に私には何かが欠けている
それは一体何だろう?
分からない
分からない……
ある、レッスンもバイトもない日
結婚して家を出ていた姉が久しぶりに遊びにきた
連れられてきた4歳のちっちゃな女の子は人見知り屋さんで
お母さんにしがみついていた
急用で姉が外へ出た
ごめんね しばらくこの子お願いね
そして娘に言い含める
あのね ママしばらく出かけてくるからね
このお姉ちゃんの言うことをよく聞いて仲良くしているのよ——
私は、何とかその子の機嫌を取ろうと試みた
彼女の持ってきていたご本を読んであげたり、絵を描いたり
しばらくは、それで時間がもった
でもやがて女の子はお母さんがいない、ということを改めて思い出した
「……お母さん」
大粒の涙が、ポロリ
つぶらな瞳に溜めておけなくなった涙が、ポロリ
また、ポロリ
「えええええええええええん」
とうとう、女の子は声を出して泣き始めた
私は保育士ではない
子どもは特に好きではない どちらかというと苦手だ
でも、私はこの時必死で考えた
私がこの子にしてあげられることは何だろう
私だからこそこの子にしてあげられることは何だろう
そうだよ
私には歌があるじゃないか
私は泣きじゃくる女の子をヨイショッ、と抱き上げた
さすがに4歳の子ともなると少し重い
泣き声は気にせず私は口ずさみ始めた
童謡を歌うのも何だか違うなぁと思ったので
私は今一番私自身をよく伝えられると信じた方法を使うことにした
子どもであっても、あなどってはいけない
ある意味、表現手段がつたないというだけで感性は大人よりすごい
だからきっと、私が魂を込めればこの子に伝わる
聴いてね
私が今 あなたを想って作ってみた曲
心に浮かんだ曲を
「私は歌おう
あなたがそばで聴いてくれる限り
私は叫ぼう
見えないだけで愛はそこにあるよって」
女の子の心臓と私の心臓が重なる
そこからしびれるような血の躍動が伝わる
ホラ こんなにドッキンドッキンしているよ
生きているんだね 私もあなたも
こんなにも熱いよ
分かるかな
不器用でごめんね
伝わるといいな
私はあなたのことが大好き——
「打ち付ける雨
覆う黒雲
でもその上では
いつも変わりない太陽が輝いていることを
あなたは教えてくれた
あなたは導いてくれた
今こそ その愛に応えよう」
女の子の泣き声がやんだ
私の腕の中で いつしか彼女は私を見上げていた
彼女の瞳は、私の心の奥底まで刺し貫いた
私にも涙がにじんだ
後から後から流れ出て止まらない
女の子はニッコリと笑ったよ
エクボがとってもかわいい
私は彼女からの声ならぬメッセージをハッキリと受け取った
私もお姉ちゃんが好きだよ…って
「私は歌おう
あなたの温もりがそばにある限り
私は闘おう
どんな時にでもあなたを守るために
そして祈ろう
あなたに幸せが来るように
それだけが
私の願い」
私の腕の中で、女の子はスヤスヤと眠ってしまった
とても満ち足りたような笑みを浮かべて
どんなに眺めても飽きなかった
指の腹で、ほっぺの涙の後をぬぐってあげた
私ったら、今何をした?
この子が慰められるように、笑うように
心が安らかであるように祈った
その祈りが言葉となった
旋律となった
そしてそれはこの子を満たし
また私自身をも満たしてくれた
歌って何だか分かった
プロが人に歌う歌のあるべき形が分かった
私はもう迷わないよ
声や技術ももちろん大事なのだけれど
それよりもっと大事なものがある
歌は祈りなんだ
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