『迷路』

 私は幸せの中にあった

 世界が極彩色に見えた

 意識してないのに自然に頬がゆるんで

 いつのまにか笑顔になっていた

 私は世界を祝福したよ

 みんなみんな幸せになぁれって

 この幸せを分けてあげたいって




 私は不幸になった

 あれよあれよという間に

 てっぺんから地べたに転落した

 何で

 恨みと血と死

 あまりにも住む世界が変わったので

 適応しようと努力する私の心は悲鳴をあげ

 ついに私はコワレた


 


 私は世界を呪った

 半年前は自分が幸せで心の杯にそれがあふれて

 こぼれる分をみんなにあげたいと思った

 幸せそうな笑顔で人が私とすれ違う

 何であんた幸せなのよ

 それ こないだまで私だったのに

 どうして今私じゃないの

 ずるい

 悔しい

 私は自分の心のゆがみに唖然とした

 人の幸せを喜べない

 人の幸せが憎い




 不幸になれ

 みんな私みたいになれ

 壊れちゃえ

 そしたら

 みんなみんな私みたいになったら

 私もちょっとは慰められるかも——




 ……クルシイカ



 ええ、とっても



 ……コノママイキテイケルカ?



 ムリ

 私憎いの

 自分が憎いのおお

 私から幸福が逃げて行った

 今ではそのことはもう大した苦痛じゃない




 私が何よりも耐えられないのは

 人の幸せを喜べないこと

 笑ってる人見たら泣けって思う

 仲の良さそうな二人を見たら

 そのうち仲たがいするか不幸が起こってうまくいかなくなるさ

 そう思って自分を慰める

 結局慰められないんだけど

 そういう思考回路から逃げられない




 みんな死ね

 死ね

 死ねよおおお!!!




 ……ワタシハオマエヲミステナイ

 ワカッタ

 オマエノネガイヲ ヒトツダケナンデモカナエテヤロウ



 そうね

 宇宙が消えてなくなれとか一瞬思ったけど

 やめた



 ヘンね

 もしそういう願い事をひとつできるとしたら

 欲張ってものすごく得なのは何か考え込んじゃうんだけど——

 今の私にはたったひとつの願い事しか出てこない

 もういいや

 これで



 人の幸せを喜べるようにしてください。



 ……ワカッタ

 オマエハ イイネガイゴトヲセンタクシタ

 ワガコヨ 

 ワタシハオマエノコトヲ ホコリニオモウ——




「かわいいお子さんですね」

 私はニッコリと話しかけた。

 駅前の、噴水広場。

 ベンチで本を読んでいた私は、隣に腰をかけた母子に話しかけた。

「まぁ、ありがとうございます。優子ちゃん、良かったわねぇ」

「うん! 優子カワィィ」

 私はプッと吹き出した。

「お嬢ちゃん、優子ちゃんっていうんだ。年はいくつ?」

 女の子は、ちょっと首を傾げていたが指を折って数えー

「えぇっと、四つ!」

「そうなの。とてもしっかりしてますね」

「元気すぎて、時々困ることもあるんですよ——」

 20代後半に見える母親は、そう言いながらもうれしそうだ。

「夜パパが帰ってきたら、はんばぁぐ食べに行くんだよね!」

「ハイハイ」

 私は、目を細めて二人をまぶしく見た。



「そうだ」

 優子ちゃんという女の子は、突然私の手を握ってきた。

 どうも、もう私を友達と認識してくれたらしい。

「お姉ちゃんも、一緒に行こ。はんばぁぐ、食べに行こ?」

「えっ、私?」



 何だか、頭を殴られた気がした。

 眼球に星が飛んだ。

 心臓が沸騰した。

「……お姉ちゃん、どうしたの? ご病気?」

 優子ちゃんは私の顔をのぞき込む。




 何でだろうね

 水道の栓を開けっ放しにしたみたいに

 涙が止まらない

 後から後から流れてきて

 あふれてあふれて 尽きる気配がない

 やがて涙と涙のわけがリンクした

 私は女の子を抱きしめて泣いた

 その子も母親も気味悪がったりせず

 そんな私を見守り続けた 




 幸せに、なるんだよ——


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