『カレーライス』


 お母さんが作るカレー


 特に手の込んだものではないのだけれど


 それでも私は大好き


 慣れ親しんだ、安心できる味


 今日の晩御飯はなぁに?


 カレーだよ


 やったぁ


 そう聞いた私の胸は、幼心に踊ったものだ





 楽しい日々


 カレーは私の友だった


 楽しい団欒の、最高の友


 ねぇねぇお母さん


 今日、学校でこんなことがあってね——


 そうなの それは楽しかっただろうねぇ


 いつもニコニコ


 おいしくってついお代わりに手が伸びる



 


 トモダチに借りたゲーム機をうっかり壊した


 母は私を連れて謝りに行ってくれた


 ごめんなさい、ごめんなさい


 もちろんトモダチにも申し訳なかったんだけど


 一番ゴメン、って思ったのはお母さん


 何でだろうね


 トモダチの家では泣かなかったのに


 お母さんと二人で夜道を歩きながら


 私はボロボロ泣いた


 母は何も言わなかった


 家に帰ってから


 母さんが作っておいてくれたカレーを温めなおしてくれた


「ほら、早いとこ食べてしまいなさい」


 涙と一緒にかみしめるカレーは、少ししょっぱい味がした





 やがて中学生になり、好きな男の子にフラれた時も


 高校受験で失敗してしまった時も


 なぜかたまたまカレーだった


 楽しい時も涙の時も


 お母さんのカレーは私のトモダチだった




  


 最後にお母さんの作ったカレーを食べたのは


 私が夫と離婚の危機にあって、たまらずに里帰りした時


 母はそんな私をなじることもせず、あきれもしかりもせず——


「これ食べて元気だしな」


 昔も、今もほとんど変わらない味


 それが、私にとって最後の母のカレーだった


 母は、数ヵ月後急死した





 お母さん


 わが命のふるさと


 ありがとう


 私は今、あなたのカレーの味を必死で思い出しています


 あなたのあの味を、今度は私が与える番です


 



 愛ってすごい


 私はカレーとともにあった日々を思い出す


 今分かったよ


 良いことだけでなく、一見辛いことや苦しいことも全て愛


 その時にはイヤなこと、不幸なことに思えても


 時が経って振り返ってみると実は愛だった


 人が弱いから自分の尺度で物事を見てしまうだけで


 実は、私に与えられる『すべて』が愛なんだね


 この世のすべてはただ愛が形を変えて現れたもの





 今は私がカレーを作る番


 お母さんのおかげで夫婦の危機を乗り越えた私


 あなたの半人前の娘も、二児の母になりました


 子どもたちの思い出のカレーになるといいな


 お母さんほどにはいかないかもしれないけど


 私も頑張って母親というものをやってみるからね





「お母さん、ただいま。今日はお夕食何?」


「今日はね、お母さん特製のカレーなんだから」


「ふぅん。この前のやつね、味はよかったけどジャガイモが溶けまくってたから。今回は、大丈夫かな?」


「も、もちろんよ。こっ、今回は大丈夫!……なはず」





 あわてて、鍋の中をかき回してチェックする


 天国のお母さん


 私には、もう少し修行がいりそうです——

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