『再生の朝』
体にはピアスとタトゥー
奇抜なファッション
隅々までサロンで焼いた小麦色の肌
オシャレというよりも、自我を保つための鎧
タバコは日に三箱
何ジロジロ見てんのよ、と言いたいけど
見るなと言うほうがムリなのかもしれない
私は21歳
そして仕事は風俗嬢
たばこを始めたのは中2の時
動機なんて、何だったかもう思い出せない
心からおいしいと思って吸ったことはない
カッコつけたかったから
何でもいいから大人に反抗したかったから
今じゃちょっと理由も変わってきた
私なんか早死にすればいいと思っている
スパスパ吸って30過ぎくらいに肺がんにでもなって死ねばいい——
心のどっかで、そう思ってる自分がいる
自殺する勇気も気力もないからね
言わば、小心者の遠回り過ぎる自殺なのかもね
風俗に抵抗ないの、って?
あんた、今時の若い女の子のことを何も知っちゃいないね?
そりゃあ人にもよるだろうけど
……ないよ
てか、ないようにさせられた
私は世に製造されたセックスマシーン
これ以上体をどうされようが変わりない、ってとこまで経験してしまったから
性的にひどい体験をした者が かえって風俗の世界に身を投じることもあるの
何でだろうね
自分をいじめて楽しんでいるのかな
それとも醜い自分に罰を与えてるのかな
そんなに私の体が欲しいんだったらそら食え! みたいな
私なりの復讐かもしれない
こんなサイテーな私で性欲を満たすそいつもサイテーって見下すことで
私は自分の爪の垢ほどの自尊心を保っている
でも 下には下がいるという自分の心の守り方は効果ゼロ
最後には私がすべて背負うことになる
地獄を見た
自暴自棄にしてたら私の体はムチャクチャになった
かつぎ込まれた病院の医師から言われた
一生赤ちゃんができない体になったって
その時はただふ~んって思った
泣かずに家に帰った
でもね
二日三日たってからね、わけも分からず泣けるんだ
涙がボロボロ出てね
泣いてる理由が自分で分からないのに泣ける
そんなことがあるんだね
覚えてないけど私は自殺しようとしたらしい
包丁を持って、刃先を自分の腹に向けてね
止めに入った母親の腕を思いっきり刺したらしい
皮肉なことに、自分が傷つかずに母親が重傷を負った
自我を取り戻した私は頭を抱えて叫んだ
ごめんね ごめんね、って
思えば、親に謝ったのなんて物心ついてからはこれが初めてだ
一人暮らしの私はよく夢を見る
私が可愛い赤ちゃんを抱いてね
よしよし ってあやしてるんだ
隣りにダンナみたいなひとがいるんだけど
肝心の顔にはもやのようなものがかかっていて見えないんだ
誰だろうね
どんな顔してるんだろうね
二人でね それは幸せな気分なんだよ
その時にはこれは夢だなんて全然思わないの
目覚めてから ゆっくりと現実を思い出だすんだ
その時が 体を売るときなんかと比較にならない拷問の瞬間
全てが色あせてゆく
しぼんでゆく
消えてゆく
死に絶える
私はやっと悟った
間違った自由を追い求めてきたと
自由は 私に与えられてた 体も自分のもの
しかし 物事の道理もわきまえない私には過ぎた宝だった
自由だと思ってやってきたことが結局私をボロボロにした
自由を行使しているようで実は自由の奴隷だった
世の中よ
父よ 母よ
学校よ
先生よ
友達よ
どうして 私を張り倒してでも止めてくれなかった?
縛ってでも 腕や足の一本をへし折ってでも
私の暴走を止めてくれなかった?
なぜ、最後には私の反抗に負けた?
私が間違ってたんなら なぜ最後にあんたたちが勝ってくれなかった?
ムシのいい言葉だとは分かっている
自業自得だと
でも それでもあえて叫びたい
心の底から
私の全存在をかけて叫びたい
私らは、どうでもいいのか!?
もうあきらめている
私は死ぬまでの日を指折り数える
タバコを吸い続けながら
這い回る男の唇と精のほとばしりを感じながら
自分の力ではもう幸せをつかむことはできない
つかめるとしても 降って湧いたかのように与えられる以外にない
それでも
あきらめていると言いながら
私はまたあの夢を見る
やっぱりあきらめきれないのか
どんなに強がってみても
人間としての心の願いを否定して生きることはできないのか
また日は昇る
幸せな者の上にも、私のような者の上にも
雨が降る
悩みのない者の上にも、絶望の中にいる私にも
日も月も 風も光も 雲も大地も
世の一切の万物は変わらない
ただ 人だけが恐ろしい速さで
地上という舞台に現れては、消えてゆく
ちりあくたのような私が
広大な宇宙の中でちっぽけに悩んでいるのって
一体何の意味があるんだろう
もし 死んだらすべて終わりだったとしたら
私という人間が消滅して原子や分子に還っていくだけだとしたら
この惨め過ぎる私の生きた意味は何だったのだろう
何のために誕生したのだろう
……いつ見ても可愛いのよねぇ。私って、親バカ?
私が笑う
……いや、お前に似て美人さんだなぁ。こりゃお嫁に行く時泣きそうだ
顔の見えない彼が笑う
私にも再生の朝は来るのだろうか
そんな奇跡は起こりうるのだろうか
ムリだと分かっていても求めずにはいられない
取り返しのつかないことをしたけど やり直しはきかないけど
心の中の1%は多分期待している
それがあるから、多分私は生きてるんだろう
日が昇る
今日も私は行きずりの男に体を弄ばれにゆく
99%の暗黒と1%の希望をひきずって
私は颯爽と街を歩く
……誰か、私の生きる意味をちょうだい。
お店に着くまでの繁華街で、男の人とすれ違った
夢の中での彼のイメージにちょっと似ていた
それは懐かしい感覚
小学校の頃、初恋の男の子を見ていた時のような私の眼差し
甘いような、くすぐったいような——
その姿はやがて人ごみに消えた
我に返った私は、フッと笑った
私は再び歩き出した
すべての人の上に平等に昇る太陽の下を
再生の朝は、私に来るだろうか
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