『Twilight Zone』
黄昏のベールがフィレンツェの街の上からぴったりと張り付く
オレンジ色が目にしみて私は目を細めた
何だろう
私は仕事帰りにいつも通る道を離れて
歩き慣れないどこかの街に迷い込む
何が私を誘うんだろう
夢見心地で幻想のような風景をさまよう
気のせいだろうか
私 遠い昔ここを通ったかもしれない——
……あなた誰
私の後ろからちょこちょこ小さな女の子がついてくる
「わたしは あなた」
…なにそれ
日はさらに傾く
「わたしはあなたがここに残した足跡
そして記憶の断片」
少女はそう言ってくるくる回った
そう言われてみれば
この子小さいときの私そっくりだ
もう一人の私は私の先を歩く
まるでこの街のことを知り尽くしているみたいだ
……へぇ 私ってこの街を歩いたことあるんだ?
「そうよ だから私がいる 忘れちゃったの?」
……うん 忘れちゃってたみたい
でも今何となく胸が躍る
私は確かに遠い過去にここに来た気がする
少女はオレンジと藍のせめぎ合いが続く空に跳ねながら
通りの陶器師職人の店先で声をかける
「マルコおじさん お皿は売れてる?」
おう 今日のところはぼちぼちさね
いつもありがとよ
二人はまるで旧知の仲
すると別の買い物帰りの婦人が声をかけてくる
おや 今日も元気だねぇ
お家はだいぶ向こうなんだってね?
お母さん心配なさらないかい?
「うん できるだけ早く帰るねカルロッタおばさん
でも 楽しいからあともうちょっとね」
私は何だか心に引っかかりを感じた
もしこの少女が仮に私なら
こんなにも過去に歩き回り顔見知りまで作った街を
私が記憶していないわけがあろうか
なのに私がここを歩いた気が確かにするのはなぜか
そっか
思い出した
歩くには歩いたが
それは夢の中でだ——
私の中ですべてがつながった
それは少女がこう声をかけられた時
やぁこんばんはフリーダちゃん
もう病気はいいのかい?
……フリーダ!?
もしかしてお姉ちゃん!
生きていれば4つ年上の姉
私が6つの時に死んだ
「エヘ ばれちゃったか」
少女は振り向いて舌を出した
ここね 私がずっと一人で歩いていた街なんだ
トモダチもいなくて寂しくて
私のことなんか誰も知らない街に行ったの
そしたらこの街の人は私ととっても仲良くしてくれてね
だからここは本当の私の街なの
笑っていた姉はここでとても寂しい顔をした
だからさ あんたに私の街を覚えておいてほしくて……
そうか
夢で歩いたのは——
姉の想いが見させた夢だったということか
世界が反転した
オレンジ色が一瞬にして藍色に染まった
コバルトブルーの光を浴びて姉は
大人の姿になった
私はその姿を目に焼け付けた
焼き付けようとしすぎて目を凝らしすぎて
痛くて涙が出てきた
後から後から出てきて止まらないので
決して目が痛いせいだけではないだろうと認めた
妹よ
優しい子
あなたにはまだ未来がある
無限の可能性が待ってる
沢山の人との出会いと別れがあるでしょう
愛するでしょう 命の誕生もあるでしょう
どうか覚えていて
私はあなたとともにいる
今日あなたに会えてよかった
この街を知ってもらえてよかった
いいところでしょ?
私は笑った
……うん 当然じゃない
だってお姉ちゃんが気に入った街なんだから
姉は私の肩に手を回して首を抱いた
私もまるで生きてるみたいな姉の体を感じようとして
思いっきりしがみついたのだけど——
それが生きているうちに姉を見た最後となった
私はいつもの街の雑踏の中に立っていた
一瞬頭が混乱した
さっきまで歩いていた街は?
そして姉は?
調べて分かったこと
姉の好きだった街は
先の戦争で空襲に遭い
跡地はすべて小麦畑になってしまったということ
もう地図にも載っていない街
ということは
幻だったのは姉だけでなく
街の人たちや街そのもの自体が幻だったということに
お姉ちゃん
私生きるね
お姉ちゃんの分まで
陶器師さんをはじめ街のみなさんの分まで
絶対に幸せになるからね
ひと時の夢をありがと
夢の黄昏の街を一緒に散歩できたこと
一生忘れない
宇宙とはリレーだ
命のバトンが次々に渡される
沢山の人たちが過去に生きた事実の上にさらに
今の私たちが書き足していく
その無形の膨大な情報量が
次の命の細胞を作っていく
最後どこに行き着くのかは知らない
私にできるのはただひとつ
自分の責任である担当区間を完走すること
そして間違いなく次の時代の始まりをを見届けてから
安らかに愛する者の待つ世界へ召されること
フリーダ姉ちゃん
あなたの生きた事実は私に受け継がれています
あなたの残した無形の財産も私の胸の中に生きています
だから
安心してお休み
大好きな お姉ちゃんへ
また 今度ね
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