『Cosmic Child』
テレビを消してため息をついた
下の子はぐずっていたがやっと寝付いた
でもまた次いつ起きるか分からない
長女が遠慮がちに声をかける
お母さんごはんまだ?
ああもう 分かってるわよ
えっと
もうそんな時間だったかしらね
キッチンに立った私を鈍い疲労感が襲う
この子を食べさせて一時間もしたら
帰ってくる主人の食事の支度か——
大学を卒業したのは六年前
あの頃は本当に充実していた
新しい流行の服で身を飾ることも化粧をすることも
そして日本を 世界を飛び回り
新しい刺激に満ち溢れていた
結婚して、子ども生んで——
それはそれで幸せだと思っていた
私って多分わがままな贅沢者なのねきっと
おしゃれも旅行も趣味もおあずけ
幼稚園の長女と生まれたばかりの赤ちゃんと格闘する日々
動きやすい地味な格好で
考えることはおむつの交換と、炊事洗濯のことばかり
こんな生活があと何年続くのだろうか
子どもが少し大きくなったくらいで楽になるとは思えない
子育てとは子どもが何歳になろうが変わらぬ苦労があり続けるのだろう
泣いた
子どもは気づいていない
リビングでアニメを食い入るように見ている
何でかな
自分でも分からない
不安の涙なのか変わり果てた自分に対してのものなのか
結婚する前のイケてる女と言われていた頃の輝きと
なりふり構ってられない今の自分とを比べて惨めになったのだろうか
理性では説明のつかない涙が後から後から流れてきて
私は芋虫のように体を丸めた
……痛いっ
頭のてっぺんがツーンとした
こんな頭痛は今だかつて味わったことがない
なにこれ
私死ぬじゃない!
それほどの激痛だった
夫と二人の子どもの顔が最後に脳裏に浮かんだ
その時
一瞬にして私の意識は想像も及ばない場所へと飛んだ
我が子よ
なぜ泣く
おめでとう
祝福された大地なる母よ
後ろを振り向く者は新たな生命の母にふさわしくない
幸福とは何か
美しいとは何か
自分たちで作り上げた勝手な定義に振り回される小さき者よ
我の声に耳を傾けよ
我はお前
お前は我
我は宇宙を創造し
長い時の舞台を作りその果てにこの地球を創造した
……誰のため?
決まっている
お前たちのためだ
お前たちの住む広大なゆりかごを用意し
緑を生み出し
海と空
無数の生き物たちを作り出した
そしてすべて整えてから最後に私が生み出した宇宙の子
それがお前
私は宇宙の塵やガスから地球が誕生する様子をすべて見た
何百年、何千年もの時が経った
でも私には苦痛ではなかった
それは不思議なエネルギーにあふれていた
急に場面が変わった
私は病院にいた
あれ 私がもう一人……?
そっか
これは過去か
下の子を産んだ時の自分を客観的に見てるわけね
長女の時もそうだったけど
あの子の時もお産の時は苦しかった
でも
あの子がこの世界の空気に触れた瞬間
私は宇宙を見た気がした
そして生んだ直後には
痛みなんてどうでもいいほどの喜びがあった
私のもうひとつの命
いいえ 私自身よりも大事な命の本体
この感覚——
まさか、さっきの……?
分かったか
我とお前は同じ
形は違うが生み出したのは同じ
誇りを持て
喜びに胸震わせよ
命を生んだのは宇宙を生んだ我に等しいのだ
産むことは神の業である
無窮の声と私は
一緒に歌を歌った
永遠に愛そう
尽きぬ川の流れのように
包もう
とめどなく押し寄せる白波のように
愛している
私の中の私
私が朽ちても生き続けるもう一人の私
そしてそのもう一人の私はまた新たな生命を生み——
この楽園には愛と生命の尽きることがない
さぁ
この喜びの歌を捧げよう
父へ
母へ
海へ
空へ
風へ
大地へ
緑へ
雨へ
命へ
宇宙へ
そしてすべての始まりと終わりへ——
お母さんどうしたの
長女が不思議そうに私をのぞきこんでいる
いけない
あれ
ねえ真奈ちゃん
お母さんどれくらいこうしてた?
うーんとね
5分くらいかなぁ
そう
それだけしかたってないのね——
確実に数千年は時間の旅をしていた
私は自分がどこの誰かを思い出すのにちょっと苦労した
………
私は思わず長女を抱きしめた
お母さんどうしちゃったの?
私の宇宙
私の世界
バトンを受けた命のランナー
あなたに託すね
未来を
あなたがいつか命の母となれるように
何があっても守るからね——
私にも真奈にも理由など分かっちゃいない
二人とも密着したまま泣いた
えーん えーん
もらい泣きをした真奈も心に何か感じたんだろう
泣いているんだけど温かい空気が空間を満たしていた
うれしいな
楽しいな
母にならせてくれてありがとう
私は今世界一の幸せ者です
私も真奈も世界一かわいい子どもです
もちろん赤ん坊の光喜くんも——
さぁ食べましょ
子どもの食事を出した私は飽かずに真奈を見つめた
自然に頬が緩む
これからだって苦しいことは多いだろう
子育てとは大変だろう
でも宇宙を創造する時
手間も気の遠くなるような時間もかかったけど
喜びのゆえに苦にならなかった
先ほどまで……って途方もなく長い「さっき」だけど
悩んでいたことが何だか恥ずかしい
さてと
もうひと頑張りだわね
あと一時間もしたらお父さんが帰ってくるからね——
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