『飢餓』

 

 だめだ


 足りない


 お腹いっぱいにならない


 何でもいい


 口に入るものよこせ




 食べても食べても


 食べた先から消えていくように


 たまらない


 ひもじい


 ひもじいよう

 



 誰か私を止めて


 止めて


 止めてよう……




 私が叫ぶと胃は泣いて


 食べた物すべてを床に吐き散らした


 汚物の中で動くこともできない私ができたこと


 吐くものがなくなっても胃と食道が収縮を繰り返し


 私はえずき続けた


 ヒクッ ヒクッ


 ついに胃液もなくなったのに


 このままでは内臓が引きずり出されそうだ


 実際、ほとんど何も出なくなった喉から赤いものが混じってきた




 私は命を懸けて泣いた


 吐く以外で最小限の努力でできることはこれだけ


 吐瀉物の上を転げ回った


 もうわけが分からない


 どうして


 どうしてこんなことになってしまったの


 何が


 何がいけなかったの


 教えて


 


 だめ


 お腹がすいて仕方がない


 我慢できないのよおおおおおおお!


 おおおおおおおおおおおおおおお


 食べ物


 食べる物ちょうだいいいいいいいい


 誰かあああああああああああああ!




 お姉ちゃんさ


 どうしたの


 食べるものがないの?


 かわいそうに


 ボクと同じだね

 

 ボクもないの


 妹は先月亡くなった


 今度はボクの番だ


 ボクの国は食べるものも仕事もないのに紛争が多いんだ




 違う


 私は違う


 食べ物はいくらでもあるの


 でも飢えてるの


 …………。


 そうね


 あなたと私は違うのに


 なぜ飢えているのは同じなんだろう


 私は何でこんなに苦しんでいるのだろう




 きっとボクたちもお姉ちゃんも同じなんだよ


 食べ物があるかないかだけの違いでさ


 飢えていることには変わりないんだよ




 そうなのかな


 食べ物があるってだけじゃ人はお腹いっぱいにならないのかな


 じゃあどうしたら自制心を失わなくて済む?


 食べずにはいられないこの衝動をおさえられるのかな?




 お姉ちゃんかわいそう


 じゃあさ


 このパンくず ボクの分のご飯なんだけど


 お姉ちゃんにあげるよ


 僕のことは心配しないで


 さぁ




 やせ細った子は私の口にパサパサのパンくずを放り込んでくれた


 そのあと私の頬の涙をぬぐってくれて


 私のこと抱きしめてくれた


 味なんてない とても足りるもんじゃない


 でも 何でかな


 生まれて初めてだ


 こんな美味しい物食べたの


 そしてお腹がいっぱいになった


 もっとほしいなんて思わなかった


 満ち足りた


 胃だけじゃなく


 体の芯まで温かいくすぐったい感情で溢れた


 


 私はたぶん生まれて初めて心の底から泣いた


 でも


 私は確信していた


 次から私が食べるのは


 モノなんかじゃない


 食べても食べても私を満たせないものなんかじゃない




 私は一生


 このことを考え続ける


 考え続けて生きる

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