第4話 最後の日に食べたいのはかき氷

 あぁ 暑い ただただ暑い……

 毎日言ってるが暑いものは暑い。午前も10時前だと言うのに 早くもアスファルトからは、湯気らしきものが立ち昇っていた

 昨日テレビで見た天気予報では太陽にヒリヒリしたマークが付いてあったので この分だと昼前には35度近くまで上がりそうだな


 あかりを迎えに行く為に凉影すずかげ家へとやってきたが、プールに行く前に汗だくだ

 大きなドアに備え付けられてある 呼び鈴を鳴らそうとすると タイミングを見計らったかのようにドアが開いた


「陽太ー プールだー! プールのじっかんだー」


 ぐはっ 競走馬がゲートから出てくる勢いで、あかりに飛び付かれてしまい 咄嗟にあかりを抱き止めた

 あかりの後ろからは 慌てていさめるひまりの声


「こら あかり。危ないから 陽太君も大丈夫?」

「あ あぁ びっくりしたけど 大丈夫」


 ビニールバッグを肩からぶら下げたあかりは、俺に抱き付きながら見上げてくると口ずさむ様に


「エヘヘ プールだ プール」


 と純粋な笑顔を浮かべていた どんだけ楽しみにしてたんだ……よ


「あれ? 髪の毛が茶色くなってるし短くなってる! 」


「エヘヘ がいしゅつきょかは昨日の夕方からだったから ひまりちゃんに美容院に連れてってもらったんだ」


 俺から離れると、二三歩進み クルッとあかりは回って見せた


「ナチュラルブラウンに切りっぱなしのボブで外ハネパーマだよ 美容院のお姉さんが 愛され女子になれるよって 陽太 どう?愛したくなってみた? 服もひまりちゃんが前に買ってくれたものだし」

「あぁ 似合ってるし可愛いよ」

「エヘヘ 少しは大人っぽくなったかなぁ」


 双子だから当たり前なのだが ひまりとあかりの顔は目元が少し違うくらいで、あとはソックリだ ただひまりは黒髪ストレートで表情筋が発達はしてないだろう


 あかりは茶髪にショートで表情筋は6年間のブランクを感じさせないほどにめちゃくちゃ発達している。

 写真など静止画で見てしまえば同じ顔だが 動いている2人の顔は俺には全く違うものに見えている


「陽太君 今日はあかりを宜しくね」

「OK よし じゃあ あかり行くか」


 ひまりに声を掛けられ頷いた


「ひまりも今日はごめんな……水曜日楽しみにしてるから あと、ちゃんと17時前にはあかりを戻すようにするよ」


 ドアの隙間から手を振って見送るひまり 俺の勝手な発言で、ひまりにも嫌な思いをさせてしまった

 本当はひまりと遊園地だったんだよなぁ


「陽太 はやくはやくー 」

「急いだら危ないぞ バスの時間には間に合うから 」


 だいぶ前に行ってしまっていたあかりに、急かされ小走りに駆け寄った


 バスは時間より少し遅れたが無事に乗ることが出来 プールに着く間も 6年間抜けていた会話を取り戻す様に あかりのお喋りは止まることなく、テレビや芸能人の好き嫌い リハビリで起こったこと 昨日の美容院での話など話題は次から次に移っていき あっという間にプールに着いた


 それにしてもすげー人混みだ こんだけ暑いとみんな来たくなるんだろうな

 入場料を払い中に入ると


「更衣室は別だけど 大丈夫だよな? 」

「陽太! あかりは16歳だよ 大丈夫に決まってる」


 大丈夫じゃなかったらなかったで困るんだけど どうみても小学生だもんなぁ


「お おう じゃあ着替えたら ロッカー室前集合な 迷子になんなよ!」

「わかったー 」

「だから 危ないから走るなって」

「はーい」


 って返事だけで走るのは止めないのね……

 水着に着替えてロッカーで待っていると


「ようたー 。じゃん! 」


 ひまりに選んでもらった水着 ウエストに付いているリボンをあかりは指差しながら


「これ可愛いよねぇ 陽太も、のうさつ。されちゃうでしょ? 」

「可愛いけど お前は言葉の意味知ってて言ってんのか? 」

「しってるよー リハビリと一緒に辞典とか色々勉強もしてるもん」

「そっか 頑張り屋さんだは」

「だから 今日もがんばるんだー 陽太と楽しみながらリハビリできるなんて 最高かよっ! 」


 あかりの笑顔に俺までつられてしまう 昔っからあかりはグループの中心にいるタイプで 人を巻き込ませる力がある


「うわっ 波のプールに流れるプール 滑り台まであるよぉ」


 指を指しながら、その場で駆け足をするあかり

 早くプールに入りたくてたまらないみたいだが 残念ながら今のあかりには


「お前のプールはあっち」


 あかりの首を90度右に向け指差した先には


「えぇ 子どものプールじゃん」

「しゃーない お前は身長制限で 入れるプールが決まってるんだから」


 明らかにふてくされた様に口をとがらせた


「そう ふてくされんなよ 逆に人が少なくて良いじゃんか」


 流れるプールも波のプールも なんか人が多すぎて息苦しそうだが 子ども用のプールだけ空いていて 平和に見えた


「行くぞ ほれ迷子になんない様に 手」

「エヘヘ はい」

「両手で掴んでどうする? そのまま引っ張るぞ」

「あははは おもしろ~い」


 俺の差し出した手を両手で掴んで来たので そのまま子ども用のプールまで引っ張っると あかりは引き摺られるような格好になった なんだよこれ? ジェットスキーかよ



「じゃあ 無理せずゆっくりとやっていきますか おぉ……あ 浅い」


 子ども用のプールって こんなに浅いんだ さすがのあかりでも腰くらいの位置までだ


「はーい ここをぐるっと周ってれば良いかなぁ 」

「だな 歩くだけだとつまらんから 尻取りでもしながら歩くか」


 俺たちはゆっくりと歩きだした

 尻取りはあかりのボキャブラリーを試す目的でもあったが 目覚めてから3ヶ月近く経っていたので問題はなさそうだな ってか水の中を歩くってこんなに疲れるっけ? 最近は運動らしい運動をしてないが高校生男子をも即座に疲れさせるとは


「しりとりもあきたから 別なのがいい」

「そうだな……じゃ山手線ゲーム方式にするか」


 尻取りから山手線ゲームに切り替えた

 お題が3回目は麺類になり


「うどん」

「焼きそば……あかり 腹へらない? 」


 何気に山手線ゲームにハマってしまったが なんやかんやで、ちょうど良いお昼時間だな


「減らない まだ歩く」

「休憩にしようぜ また午後からやるからさ」

「あかりは 歩くの! 」

「頑張りたい気持ちは分かるけど 休憩も必要だぞ かき氷もあるし」



 あっ あかりの動きが止まった


「す 少しだけなら」

「よし じゃあフードコートに、行こうぜ」


 あ~ 時間も時間だけあって めちゃくちゃ混んでるなぁ


「すみませ~ん こういうもの何ですが写真取っても良いですか? 」


 突然俺に名刺を渡して来た女性を見ると サングラスを頭に乗せて 人当たりの良さそうな笑顔を見せてきた


「私 ファッション雑誌のカメラマンとライターやってるんだけど こちらの子が もう すっごい可愛くて 声を掛けるチャンスを伺ってたんですよ 君はお兄さんかな? 」


 あかりに目をやる女性 受け取った名刺に目を落とすと ファッション雑誌に疎い俺でも察する事が出来る キッズ向けと思われる雑誌名だった


「何年生かなぁ 写真取って雑誌に載りたくないかなぁ? 凄い可愛いから子供用プールでキラキラと目立ってたわよ」


 子どもを諭すような声音であかりに話しかける女性

 これはまずい まずすぎる 慌てて間に入った


「この子 写真が苦手なんで す すみませんーー」


 あかりの手を取り急いで立ち去り 空いてる席を見つけて腰を下ろした


「あかり小学生じゃないもん……もう子供用プール何て嫌だ」


 ほらぁ 言わんこっちゃない 頬を膨らませ怒ってらっしゃる余計な事をしてくれてんじゃねーー


「あれ? 陽太君? うっわー久し振りじゃん 元気だった? 」


 今度は誰だよ!! 声を掛けられ振り向くと


「え? 斉藤? 斉藤みなみ? 中学で一緒だった? 元気元気 斉藤は? 」

「そうだよ 編入して高校は別になっちゃったけど。私は元気しか取り柄がないからね」


 中高一貫の学校だが少なからず別な高校に行ったものもいて、斉藤もその一人だ 友だちと3人で来ているらしかった


「俺も一緒 元気しか取り柄がねーから」

「ってか、妹さん可愛すぎじゃない? 凉影さんに似てるし 小学生かな? 」

「いや 妹じゃないんだ」


 ひまりの事を出してもややこしくなるだけなので黙っていたが


「みなみ。先に行っちゃうよ」

「あっ ごめ 私も行くよ。陽太また会えたらいいね じゃあね」

「お おう じゃあ」


 斉藤は友だちの後を付いていったが


(あんだけ可愛くて妹じゃない小学生を連れてるのってヤバくない? )

(それな ロリコンってやつじゃん)

(陽太はそんな奴じゃないよ)



 斉藤よ。フォローありがとう でもお前の友だちは許さねーー


「あ あかり 何が食べたい? 焼きそば好きだったよな かき氷もイチゴがあるぞ」

「…………」

「よし 俺買ってくるから 少しだけ待ってられるか? 」


 あかりは黙って頷いたので あかりの好きな焼きそばとイチゴ味のかき氷を急いで買った


 くそっ 最悪だ 悪気はなかっただろうが あかりは絶対に傷ついてる なんなんだよ全員ほっといてくれよ

 俺たちには俺たちの事情があんだよ!


 思わず目の前にあったレンタルしている浮き輪を蹴ってしまった

 浮き輪ねぇ……



「買ってきたぞ」

「ありがと……」


 テンションひくっ! 事故の前は何でも美味しそうに食べるあかりだったが ただの反復運動の様に手を動かし、咀嚼しているだけしゃねーか


「じゃーん レンタルしてきちゃった」

「うきわ? 」

「そ 何か浮き輪使えば流れるプールでも良いみたいだから 子ども用プールは止めて流れるプール行こうぜ」

「やったー 行く 流れるプール行く」

「じゃあ しっかり食べて、かき氷でクールダウンだな」


 何とかあかりのご機嫌もなおって かき氷を掻き込んでいた


「うっ 頭がキーンとするぅ。でも美味しい~」

「バカ 落ち着いて食べろよ」


あかりは面白い事を言っていた。最後の日だと知ってたら夕飯にはかき氷を食べる。と、冬なら何て答えるんだろうか……とりあえず良かった機嫌がなおって

 さてと 午後は流れるプールで楽しみますか

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