第16話 修羅場

 21時30か……昼過ぎに送ったスマホのLAINEはなかなか既読にならない……

 いっそ 電話をしてしまおうかとも思ったが、何故か直接話すのが怖い。


 俺は1週間の内にひまりとのデートを2回も破ってしまった。正確にはひまりも了承のもとだが。で、さっき送ったLAINEで3回目になるであろう


 あかりからの誘いが多く、ひまりに『あかりから誘われた』とLAINEすると、ひまりは『あかりを優先して』と言ってくるのだ。


 適当にあかりには先客があると言って、元のひまりとの約束、デートをしても良いのに、ひまりはかたくなに、あかりを優先して欲しいと言う……


 ボーッと眺めていたスマホ画面のレスは既読へと変わり、そして数秒後には了解の可愛らしいスタンプだけが返ってきた。


 これじゃ、ダメだ 明日で夏休みも終わるのに後半は、あかりとしか遊んでない

 少し怖いがひまりに電話を掛けると


『もしもし』


 1コールもしない内に、ひまりが出たので焦った


『あ ごめん。俺だけど』

『どうしたの? LAINEなら返信したけど』


 心なしか、ひまりの声が落ち込んでいるように聞こえる


『明日は夏休み最終日だぞ』

『知ってるよ。でも仕方ないじゃん』

『何でそんなにあかりを優先させるんだよ。俺はひまりの彼ピなんだぞ』

『彼ピ? 』

『ごめん 間違った。彼氏なんだぞ』


 つい、あかりに毎日の様に言われて洗脳されてしまっていた


『ひまり?』

『…………』


 ひまりの沈黙は続く、正直ひまりの考えが分からない。俺が二股を隠してたのは自分の汚い欲望や保身からだけど、俺たちが付き合ってる事をあかりに知らせたくないのは、本当にあかりのリハビリの為なのか? その為だけにあかりとも付き合って良い。と言っているのか?



『陽太君 今はあかりの事を考えて上げて』


 これだよ! 何なんだよ……


『俺はひまりの事を考えたいの』

『私は大丈夫だから……』

『今からそっち行く』

『え? よう』



 少し苛立ってしまっていたので、遮るように電話を切りスマホをデニムのポケットに捩じ込んだ。

 家を出ると湿度が高く、すぐにでも雨が降ってきそうだったが、ひまりの家までは5分も掛からないので傘は持っていかない事にした



 8月も最終日になるが、なお寝苦しい日は続きそうだ


 うぉ 向こうから来る犬はセバスチャン!!

 相変わらずデケー 飼い主の山田のおじさんの方が引っ張られてるやん。


「今晩は」

「あっ ども散歩っすか? 」

「あぁ 昼は暑くてね。今くらいか早朝が良いんだよ」

「そうなんすね。相変わらずセバスチャン大きいですね」


 セバスチャンが俺の靴をクンクンと嗅ぎ出したので、頭を撫でて上げると、セバスチャンは俺の腰辺りに頭をグリグリと押し付けてきた


「でも、年でね。足腰も弱ってきたし、前より元気がなくなってきたから心配で じゃあ、私は散歩に戻るけど、高校生が遅くまで出歩いちゃダメだよ。気を付けてな」

「行ってらっしゃい。おじさんも気を付けて下さい」


 山田さんは鈴影家の裏手に住んでいるので、たまにセバスチャンが鈴影家の庭に迷い込んでくるのだ。

 確かに老犬だよな、俺が小さい頃からいたし、今は15歳位だったっけ?

 犬の寿命は良く知らないけど、かなりの高齢な部類だろう


 さて、鈴影家にやって来たけど、あかりとは今は会いたくねぇな。どうせ明日会うんだし

 スマホでひまりに『着いた』とLAINEすると、すぐに『本当に来たの? 今行くよ』も返信が来た。


 夜は鈴影家の門が閉まってるので玄関までも辿り着けない。しかも、門から玄関までの距離もまぁまぁあるから凄い。


「おぉ ひまり」

「おぉ じゃないよ すぐに開けるから待ってて」


 ひまりは肩がフリルになってる小花柄プリントのドレスワンピを着ており、可愛いお姫様みたいだ。

 女の子のパジャマってすげー と、素直に感心してしまった。


「本当に来るとは思わなかったよ テラスで話そうか? 」

「そうだな。最近会えてなかったし、あかりは? 」

「お部屋で勉強中。2学期から高校生だし、少しでも追い付くんだ。って張り切ってるよ。本当に勉強してるかは謎だけど、漫画とかアニメ観てそう」


 どこか楽しげにあかりの事を話すひまりを見て安心した。俺が勝手に問題を大きく考えてたのか。

テラスに向かい合わせで座り、自分たちの所だけに明かりを付けた


「飲み物持ってくるよ」


少しするとお洒落なグラスを両手に持ったひまりが現れグラスを俺に手渡した。


「ハイ どうぞ」

「サンキュー」


 何も言わなくてもアイスコーヒーをブラックで持ってくる辺りはさすがだ。


「ひまりのはアイスティ? 」

「ルイボスティー」

「へ へぇ~」


 ルイボスティーって何?

 ってか、黒髪ロングの清楚なお嬢様が、ドレスワンピのパジャマでテラス席に座り、ルイボスティーを飲んでいる……薄暗いけどドレスワンピが白なので、照らされたひまりは余計に綺麗に見える、映画のワンシーンみてぇ これなら、『かのぴょ』って呼べるかも。足元には大型犬とか控えてそうだ。


「そう言えば 来るときに散歩中のセバスチャンに会ってさ」

「セバスチャン……遠目から見てる分には良いけど、近くまで来られると私は……」

「昔っから苦手だったもんな」

「だって、私がまだ3歳位の時に、庭に紛れ込んできて、あの大きさで追いかけ回されたのよ。陽太君が助けてくれたから良かったものの」

「そうだっけ? 覚えてねーや。セバスチャンもじゃれたかっただけだろ」


 興奮気味に話すひまりは、本当に怖かったのだろう。そんな何でもないエピソードを覚えてる位だからな。


「泣きわめいて逃げ回る私とセバスチャンの間に入って、追い払ってくれた時の陽太君は私にとって王子様そのもだよ」

「今は? 」

「う~ん もっと身近な存在。かな……」


 外は雨が振り出してきたのか、ポツリポツリと雨粒がテラスの屋根に弾かれる音が聞こえてくる。


 ルイボスティーを口に含み、笑みを浮かべたひまりと熱を帯びた視線が絡む。テーブルの上で片割れを探すように、お互いの手を求め指が絡み合う。

 予定調和のように、俺たちは椅子から少し身を乗り出し唇を重ねる。


 雨音も虫の鳴き声も聞こえない、音が消えた世界。俺とひまり2人だけの世界。


 唇が離れると椅子も俺たちの間にあるテーブルも、距離を隔てるもの全てが邪魔に思えた。

椅子から立ち上がると同時に絡めていた手を引っ張り俺の胸にひまりを強く抱き寄せた。

 耳に入る様になった雨はどんどんと激しさを増していき、テラスの屋根にぶつかる雨音は地鳴りのようだ。


「陽太君 あかりを騙すのが辛い? 」

「辛い あいつとは恋愛関係にはなれない」

「でも 私が1人で幸せになっちゃダメなんだ 私はあかりよりも幸せになっちゃいけないんだ」

「何だよそれ! あかりはあかり。ひまりはひまり。だろ」

「私もず~っと それこそセバスチャンに追いかけ回された位から我慢してたし、5年は待ったから良いよね。って思ってたのに……今さら……あかりはズルいよ。いつもあかりには取られちゃうんだ。多分、陽太君も」


 何が言いたいのか分からないが、肩を震わせるひまりを守りたい。抱き締めひまりの頭を撫でた。


「陽太?……ひ まり……ちゃん? 」

「「あかり!」 」


 雨音で全然近付いてくる気配に気付かなかった。傘を持ったあかりは立ち竦んでいた。


「なんで2人でいるの? 付き合ってない。って言ってたじゃん。ねぇ なんで抱き合ってたの? なんで…… なんで……ひまりちゃんはズルい!! あかりに嘘付いてたの? 」

「あかりに私の気持ち何て分からないでしょ! 何で、何でもっと早く……」


 普段は声を荒げないひまりが、泣き叫ぶように声を荒げるので驚いてしまった。


「ひまりちゃんは約束を破った! ズルいよ。ひまりちゃんのバカ! 」


 ひまりが俺に小さい声で呟いてくる


「ダメだ 陽太君 我慢してた分、気持ちが暴走する。私も子どもみたい……止めてね」


 ひまりは俺から離れると傘も差さずにテラスから降り、あかりの元へと向かって行こうとするので、慌てて後を追った。


 激しい雨音で2人の会話は少し離れた俺には届かなかった。さらに2人に近付こうとすると、ひまりはあかりに向けて叫んだ


「私は あかりの為にいつまで我慢すればいいのよ?

 そうよね 私が我慢すればいいんだよね 元々姉だし 今なんて本当の年齢が違う姉みたいなもんだもんね」



 言われた瞬間、あかりは目を丸くすると傘を手放し泣きながら外へと走っていった。

 そして俺は……生まれて初めて女の子を叩いた


 頬を押さえながら泣き顔を見られないように、片手で顔を覆い上を向くひまり


「止めて。って言ったじゃない……」

「中に入って体拭いてろ、風邪引くぞ。 あかりは俺が連れ戻す」

「……ごめんね。早くあかりを探してあげて」


 ひまりがテラスから中へと戻って行くのを確認し、あかりを探しに猛ダッシュした。


行く手を邪魔するかのように大粒の雨が向かってくる、足が雨に、ぬかるみに取られて上手く走れない。


邪魔くせーな! この雨!!

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