第5話 あかりの胸中

「さすがにこっちは人が多いし、流されないように俺に捕まりながら歩けよ」

「わかったー でも こっちの方が楽しいね」


 子ども用プールからのレベルアップにご機嫌なのか ニコニコしながら歩くあかり

 俺もやっぱ こっちの方がプールに来てるって感じで良いな

 本当は波のあるプールにもウォータースライダーも滑ってみたいけど



 ※※※※


「まだ歩くのか? 」

「まだあるくー」

「ちゃんと休憩しないと」

「さっきしたじゃん」


 あれは休憩ってか監視員さんが強制的にプールから上がらせるやつだろ

 あれも休憩には入るのか……

 ただ さすがに無理をし過ぎな気がする プールに来たばかりの頃に比べると唇も紫色をしているような


「あかり 無理すん」

「無理しなきゃ追い付けないじゃん!」


 びっくりした 突然声を荒げるあかりにもだし 『追い付けないじゃん』と言ったあかりにもだ


「あかり……」

「無理してでも早く追い付きたいの! 」


 顔も青ざめはじめてる


「ふつうにやってたらダメなんだよ……」


 ヤバイ! 俺の腕を掴んでるあかりの力がなくなってきてる

 そう 感じた瞬間 あかりは気を失ったのか手が俺から離れ、浮き輪からも抜けてしまった


「あかり! おい あかり!」


 急いであかりを仰向けにすると、異常を感じ取った監視員さんが あかりを肩に担ぎプールから出してくれた


 本当に一瞬の出来事で 何が起こったのか俺にも良く分かってなかった

 そのまま救護室まであかりは運ばれた


 幸い救護室に運ばれる間に意識を取り戻したあかりは、少し休んだだけで回復しつつあった。が、俺はこっぴとぐ監視員さんと救護員さんに怒られた


 当たり前だよな 俺がもっと、あかりを見てあげれてばこんな事にはならなかったんだし




「ごめんね陽太」

「あかりが謝る必要はねーよ 俺がちゃんとペース配分考えてれば……あかりが無事で良かったよ」

「でも、あかりのせいで早めにプールも終わっちゃったし」


 救護員さんに今日は帰った方が良いよ。との忠告を受け取りプールを後にした


「おっ あそこに公園があるぞ バスまで少し時間もあるし寄ってくか」


 プールからバス停までの短い距離の間に小さい公園があったので、俺たちは寄ることにした。


「ブランコだ! 」

「だから 走るなって」

「少し休んだから大丈夫だよぉ」



 あかりが小走りにブランコを目指すと ブランコに乗り立ち漕ぎを始めたので 俺はベンチに座って見守る事にした

 それにしても蝉の鳴き声がうるさい


 懐かしい光景だ あかりとブランコを立ち漕ぎして どちらが靴を遠くまで飛ばせるか。とかやってたなぁ

 ひまりはブランコが苦手で上手く漕げなかったのには2人で爆笑したし

 過去を懐かしがると思わず口許が緩む


 ブランコに飽きたのか あかりがやって来て俺の隣に座り出した


「あかりのこと、子どもだなぁ。とか思ってたでしょ? 」

「なんだよ 急に」

「陽太の顔がニヤついてた。どうせブランコで、はしゃぐ あかりは子どもですよぉ」

「どうした? そんなこと思ってねーよ」

「…………」

「あかり? 」



 あかりが俯くと地面にはポタポタっと滴が落ちはじめ、地面を黒く滲ませていた

 雨が降ってきたか? とも思ったが あかりの俯いた場所だけに滴は落ちていた。


「ねぇ 陽太」


 震える声で呟くあかり


「なんで あかりは子どものままなの? 」


 俺は何も答える事が出来なかった


「なんで ひまりちゃんと陽太は勝手に大人になるの? 」


 あかりは小さく肩を震わせ始めた


「ねぇ 置いてかないでよぉ あかりも16歳なんだよぉ」


 震える声は嗚咽混じりに変わっていった


「ズルいよ 2人だけ あかりの知らない時間があって 子どもなんて嫌だぁ 追い付きたいよぉ ひまりちゃんと陽太に追い付きたい あかりも追いつきたい あかりを置いてかないでよぉ……」



 最後の方は聞き取れないほど泣き叫んでいた

 あかりの頭を撫でる事しか出来ない

 こんなときに何を言えば正解なのか……どう言えば、あかりの心は軽くなるのか 誰か教えてくれ


 ひとしきり泣き叫ぶと落ち着いてきたのか あかりは手を差し出した


「な なんだ? 」


 なにかを寄越せ とでも言うように手を再度差し出すあかり


「もぅ こういうときはハンカチかティッシュ」

「あ あぁ悪い」


 慌ててバックからティッシュを取り出しあかりに手渡すと、思いっきり鼻をかみ満足したのか ふぅ。と短く一息はいてから顔を上げ背凭れに寄りかかった


 また蝉のうるさい鳴き声だけが耳に入る様になってきたが 、俺の心にはあかりの泣き声だけが深く染み入っていた

 6年間の空白を埋めていく事など これからも出来るのだろうか?

 あかりが昏睡状態の時に俺とひまりには色々な事が起こり 高校1年のある出来事が決定的となり 高2で付き合い始めたが もし、あかりが事故に遇わず 俺たちと一緒に6年間を過ごしていたら 、今の関係はどんな風になっていたのか

顔を上に向けると 突き抜けるような青空の中 飛行機雲が一筋だけ真っ直ぐと伸びていた 空がたけーな。


「ごめんね。陽太 帰ろっか? 」

「そうだな 帰るか」



 帰りのバスに乗りこみ、ふと広告に目をやると、どっかのラーメン店がオープン半年記念割引をしている広告があった……


 思い出した! 今日はひまりと付き合って、ちょうど半年 それで遊園地デートだったんだ!

 あぁ やっちまった~ 付き合う前に、ひまりから半年事に記念日をしたい。言われてた~ 面倒くせーな。と思いながらも べ 別に毎月記念日やっても良いんだからね。 とか、付き合ってる感があって内心は嬉しかった


 よし帰りにはひまりの好きなチーズケーキでも買って渡すか……

 二の腕に重みを感じ横を見ると 疲れて眠ってしまったのか 口が半開きになっているあかりが寄り掛かっていた


 やっぱこうして見ると申し訳ないが小学生にしか見えない……二の腕を動かさない様に気を付けながら 改めてひまりへの謝罪を考え始めた


 バスを降りてケーキ屋さんに寄り ひまりへのチーズケーキと、あかりのチョコレートケーキを買ったが、チーズケーキを買う時にあかりが2回瞬きをしニヤついていたのが気になる



 ようやく凉影家の白亜の大きい家が見えてきた

 色々とあったが……ほんっとーに色々とあった中身が濃すぎる1日だったわ!


 凉影家の玄関前に着くと


「今日は ありがとね。陽太」

「あぁ 俺も楽しかったし」

「なんか陽太に変な所見られたけど 気にしないでね」

「分かった。あかり、1つだけ知ってて欲しい、俺はどんな形であれ、あかりが戻ってきてくれて本当に嬉しいし、あかりとこれからも遊べるんだ。って思うと楽しみで仕方がないんだ だから だから、いつでも待ってるから リハビリ無茶はするなよ」


 ニカッとあかりは笑いながら俺が持っていたケーキを奪いとるとドアが開いた


「あっ お帰り 2階の部屋から2人が帰ってくるのが見えたから出てきちゃった」


「ひまりちゃん。陽太からケーキ貰ったけど ひまりちゃんはダイエット中だったよね? だからプールも行きたくなかったんだよね? ケーキ2つ貰っちゃうよぉ またね陽太 夏休み開けたら一緒のクラスだよ」


 俺に手を振ると あかりはそのまま家へと入っていった

 ってか、そんな事を聞いても俺はどうすれば良いんだ

 ひまりは何かめっちゃ顔が赤くなってるし


「もう あかりのバカ 明日は病院に戻るんだから、食べ過ぎちゃダメだよー」


後ろ姿のあかりに声を掛けると、振り向き慌てたようにひまりは口を開いた


「陽太君 ち 違うの太ってるの見られたくなくて プールに行けなかった訳じゃないの」


 俺は笑いながら答える


「もう良いって 俺こそ半年記念日忘れてた……ごめん。ってか、仮にひまりが太ろうが痩せようが 俺はひまりを嫌いにならないよ ひまりだから良いんだ」

「陽太君……あ ありがとっ」


 ヤバババ ちょっと~ 俯きながらも上目遣いして はにかむ俺の彼女 すっっっっごい可愛いんですけど~


 あれ? 何か大事な事をさらっと、最後にあかりは言っていたような

 まっ いっか。

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