2学期メランコリー

 初日から遅刻をかましてしまった俺は生活指導の先生に叱られてから教室へと向かった。


 教室の扉の前で立ち止まり、中の様子をそ~っと見てみると、担任の花森ちゃんが話してる。

 前からだと入りづらいから後ろから入るか


 少しずつ音を立てずに扉を開けて、しゃがみ込みながら自分の席である1番後ろの窓側へと移動した

 見付からない様に細心の注意をはらう 緊張するぜ


 途中 真ん中の列の1番後ろの席である、ひまりと目配せをする

(さっきは ありがとう)

 ひまりが小声で囁いたので

(間に合って良かったな)

 と返す


 まぁ 元はと言えば俺が、鈴影家に遅れたのが原因だしなぁ


 俺の隣になるはずの あかりは職員室か何処かにいるのか空席になっていた


 自分の席に座ると


「あちらを御覧ください。こっそり座る事が出来た。と思ってる美馬で全員着席したな」


 花森ちゃんはご丁寧にも 俺の存在を知らせるように 掌を上にして俺に向けてきた


 クラスメイトが一斉に振り向くと、笑い声が漏れ聞こえてきた


 くそっ わざわざ言わなくて良いものを そんな性格だから結婚出来ないんだよ

 いつも眼鏡にジャージ姿だし、顔は美人な部類なのに、お洒落には関心がないんだろうな



 あれ? 何で俺とあかりとひまりの席だけ隙間なく くっついてるんだ?


「って事で、さっき話した通りに、事情がある転入生が始業式の後に来るから 仲良くな。席は美馬とひまりの隣だ」


 生徒が返事をする

 花森ちゃんは俺が入ってくる前に一通りの説明をしていたのか

 席も特殊な事情がある あかりだから席をくっつけたらしい


「じゃあ みんな体育館に移動して」


 始業式とHRのみだからなのか、夏休み明け初日の独特な ふんわりと間延びしている空気感が教室を包む

 ぞろぞろと教室を出て体育館へ移動していると


「初日から遅刻とはやりますな」


 声を掛けてきたのは前の席のたちばな 海斗かいとである。目に少しかかるパーマ掛かった髪色は目の覚める赤色でピアスもリング型のシルバーを左耳に3つしているチャラさ全開のやつだ 顔が優也さんのジャニーズ系とは違って、日本とイタリアのクウォーターだから彫りが深くイケメンなのが何かイラつく


「色々あったんだよ! 海斗こそイタリアはどうだったんだ? 」

「すげーよ イタリア女性、お洒落だし明るい子が多いしノリ良いし」


 海斗の1周り離れている兄が外交官でローマ勤務なので、夏休みをまるまる利用して遊びに行っていたらしい


「女子大生の彼女とは別れたのか? 」

「あぁ 夏休み会えなくて寂しい寂しい。うるさいから別れた」

「相変わらず熱しやすく冷めやすいな その内刺されるぞ」

「その辺は上手く別れてるから大丈夫だ ポリシーで二股や浮気は絶対にしねーし」


 うっ こんなチャラさ全開の奴でも二股や浮気はしねー言ってるのに……心が痛いぜ


「で、お前は学園のアイドルひまり様とは進んだのか? 」

「……進んだと言うか、戻ったと言うか。10歩進んで50歩下がったかな」

「40歩も下がってるじゃん」

「時間あるときに話すよ」


 体育館に着いて、校長の長い話しや生徒会長の意識高い系の話しを適当に聞き流し、無事に始業式も終わり教室へと戻り休憩時間になった


「あかり大丈夫かな? 」

「大丈夫だろ。ひまりと違って人見知りもしないし」

「そこで私を出さなくて良いよ。心配なのは『印象に残る自己紹介を考えたぁ』って、昨日ラノベ読みながら言ってたから」

「そりゃ心配だ。ラノベにアニメは俺の悪影響かも」


 心なしかひまりの目が冷たい気がする

 今からあかりが来るのが、まだどこかで信じられない ひまりには、ああ言ったもののクラスメイトが受け入れてくれるか心配ではある


 チャイムが鳴ると同時に花森ちゃんが入ってきた


「ほら チャイム鳴ったの聞こえないの? 夏休み期間中の積もる話しもあるだろうけど、放課後にしてちょうだい」


 一斉にわらわらと席に戻り静まり返る教室にエアコンの音だけが響く


「じゃあ 転入生を紹介しますので ちょっと待っててね」


 中高一貫の日桜学園では、編入学はほぼないので転入生は非常に珍しい事である。

 皆がドアに注目すると、花森ちゃんの後には、いつも以上に目尻を下げたニコニコ顔のあかりが続いた


 教室からは女子からの歓声と男子からのどよめきが起こる

 海斗が振り返ってきた


「めっちゃ可愛いんだけど、ひまり様に似てないか? 」

「まぁ 自己紹介聞いてれば分かるだろ」


 腑に落ちない様子で海斗は振り向き直る

 あかりは一瞬で、クラスメイトの心を鷲掴みに出来たようだ


 教卓まで来ると花森ちゃんは黒板に名前を書いた

『鈴影』の名前が見えた時点で、教室はざわめき始め、チラチラとひまりを見てくるクラスメイトたち


「はい あかりさん。自己紹介して下さい」


 あかりは教卓の前に進み出ると笑みを崩さずに口を開いた


「ひまりちゃんの双子の妹で『鈴影あかり』です。事情があって6年間睡眠してました 寝る子は育つ。って言うのに育ちませんでした。まだまだ分からない事だらけで迷惑掛けるかも知れませんが宜しくお願い致します」


 ペコッと頭を下げるひまりは、慌てたように頭を上げると言葉を続けた


「あっ 大事な事わすれてたぁ ただの男の子には興味ありません。この中にいる あかりと幼馴染み B型水瓶座の男の子が好きです え~い まどろっこしい 美馬陽太 君は完全にロックされている 観念しなさい」


 ビシッと指を指しながら言い放つあかり 教室から今度は女子の歓声と男子の悲鳴が巻き起こった



 相当な熱量を残したままHRは終わると、放課後にも関わらず あかりは質問攻めに合っていた

 早くも噂を駆け付けた他のクラスや先輩・後輩。果ては中等部の学生までもが、教室前の廊下から鈴影妹のあかりを一目見ようと人だかりが出来ていた。



「お前 ずるいぞ! ひまり様と付き合ってるのに、双子の妹までに公開告白されるとは! 」

「双子の妹って、あいつも話してたけど事情があって6年間睡眠してたから、俺たちより6こ年下的な感じだぞ」

「最高じゃんか! 俺たちが25の時に19って事だろ」

「いや それはそれで違う気がするが……」


 ダメだ海斗は興奮して聞いちゃいねぇ

 第一、ひまりとも付き合ってないのだが


 肩をチョンチョンと叩かれたので横を向くと ひまりが耳打ちしてきた


(あかり、暫くは捕まりそうだから屋上行こうよ)


 俺は頷いて席を立ち上がる


「あかり 少し出るけど また戻ってくるから」


 あかりは何か言いたそうだったが、クラスメイトの質問攻めを律儀に笑顔を浮かべながら答えていくので、クラスメイトも質問しやすいのか、180度から放たれる怒濤の攻撃へと変わっていった

 それをも1つ1つしっかりと受け止め返していくあかり。


 あいつゴールキーパーだったら、どんな角度からのシュートでも止めそうだな


 日桜学園の屋上は高いフェンスはあるものの、解放されていてベンチやテーブルまで付いてるので、晴れた日のお昼休みとかは人が結構いるが、さすがに今日は俺とひまりしかいなかった


「ふぅ やっと落ち着いた感じ」


 ひまりが息を吐きながら背伸びをすると、服がピタッとくっつき、自己主張の強い胸のラインを強調させた


「あかり、すげーな。さすがはコミュ力お化け」

「昔っから物怖じしないし、老若男女関係なく好かれてたからね」

「だな。この分だと学園生活もすぐ慣れるだろ」

「……陽太君。1つだけお願いがあるの」


 ベンチに座るひまりに続いて隣に腰を下ろした


「お願い? 」

「うん。 私と別れた事は学園では内緒にしてて欲しい」

「当たり前だけど自分から言い触らすつもりはねーけど、聞かれた場合も? 」


 長いまつげを伏し目がちに、ひまりは頷く


「もし別れた。ってバレちゃうと あの……その……また」

「……なるほどね。そういうことか! 了解、聞かれた場合も学園内では、まだ付き合ってる事にしとこう。俺は高等部1の嫌われ者のままか」


 別れたと知られちゃうと、付き合う前みたいに毎日、ラブレター貰ったり告白で呼ばれたりするだろうから、それが嫌なのね。俺は学園内No. 1アイドル、ひまりと付き合ってるので、高等部の男子からは嫉妬もあって嫌われている。


 心地良い風が吹き抜ける、ひまりは髪を押さえながら口許を綻ばせた


「私は高等部1ってか、宇宙 1好きだよ。ありがとう陽太君」


 簡単に心がぐらつく……またつき合おう。と言えば、ひまりはOKしてくれるであろう でもそれじゃダメだ……せめてあかりが同じくらいに成長してくれるまでは

 俺の自己満足な想い……でも俺なりのあかりへの償いだ


「じゃ 教室に戻るか」


 教室に戻ると人だかりも変わっておらず、あかりはまだ質問攻めにされていた


「みんな。あかりも初日で疲れてるんだから勘弁して上げて」


 残念そうにクラスメイトたちが、あかりに挨拶をして散っていく


「あかり。帰るぞ! 」


 振り向いたあかりの笑顔はさすがに疲れたのか、引きつっていた


「ひまりちゃんは、あんな質問攻めにされて疲れなかったの? 」

「全然疲れなかったけど」

「いやいや ひまりの場合は『えぇ』『はい』『違います』しか言ってないから疲れなかっただけだろ」

「なんでー? その3つだけで受け答えが出来ちゃうのーー?」


 ひまりは顎に細い指を当てると少し考えてから口を開いた


「会話を終わらせたかったからでしょうね」

「クラスメイトも察して、サァーーっと引いていったもんな」


 なんだ? 歩きながら靴箱に着くと やたらと中等部の男子生徒らしき姿が目につく


「わっ! ひまりちゃん。これ なにー? あかりの靴箱に一杯入ってる」


 俺とひまりは靴箱を覗くと大量なラブレターが靴箱から、はみ出さんばかりに入っていた。


「ラブレターじゃん! 初日でこれだけ貰うって、すげーな! 」

「えぇ~ ただの男の子には興味ないのになぁ あかりは陽太にしか興味ないよ」


 俺の腕に絡み付いてくるあかり。その瞬間、凄まじい殺気が一斉に俺に集まったのを肌で感じた……背中がゾクゾクする 早くここから立ち去らなければ!

 ってか、中等部の男子生徒が多かった理由はそういうことね。


 俺はこの日から高等部1に加えて、中等部からも1番の嫌われ者の称号を手に入れ、中高一貫で男子生徒No.1の嫌われ者総合チャンピオンとなったのである


 2学期の学園生活が憂鬱だぜ……

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