第47話 やったか……

「やったか……?」


 虚空を見つめ、イルゼがボソリと呟く。

 イルゼよ……そのセリフは危険だ。かつて読んだ物語に良くそのセリフが出て来てだな……たいがいそのセリフの後にボスが起き上がり……。

 

「ばー」

「うおおお」


 ひたひたと忍び寄ったプリシラが突然後ろから声をかけるものだから、ドキドキした。


「えへへー」

「緊張している時に突然後ろから来るんじゃない。心臓がバクバクしてるぞ」

「ほんとー?」

「こら、まさぐるな」


 全く、プリシラは恥じらいってもんがないな。

 イルゼはイルゼで逆の意味で過剰だし、足して割れば丁度いいのに。

 

「ん、んん」


 やっと心臓の鼓動が落ち着いて来た時、足元からくぐもった声が聞こえてくる。

 見ると、ピピンがパチリと目を開けボーっと口を半開きにしたまま上を見つめていた。

 

「ピピン!」

「んー」


 ピピンは何か喋ろうとしているが、上手く言葉にならないでいる。

 その場でしゃがみ込み、彼女の肩を揺するが反応が無い。


「どこか痛むのか、それとも意識がハッキリとしていないのか……」

「アーバインは確かに滅した。奴の気配が完全に消えたからな。少なくともこの場にはいない」


 俺の隣にかがんだイルゼが自分に確認するように呟く。

 

「ピピンは喋ることができないよー。動くこともー」


 緊急事態だと思われるのに、プリシラはノンビリとした口調でそんなことをのたまった。

 思わずキッと彼女を睨みつけそうになるが、ある事を思い出し自分の余りの抜けっぷりに頬が熱くなる。

 

「プリシラ。この一大事に、もっと真剣に取り組んだらどうなんだ?」

「えー」


 さっきまでの俺と同じ態度を取るイルゼの姿を見て、自分がますます恥ずかしくなってきた。

 

「イルゼ、一つ忘れている。ピピンにはな」


 言い争いになりそうになっていたプリシラとイルゼの間に割って入る。

 

「バルトロ殿、いくらなんでも侮辱が過ぎると思わないか」

「そんなことないよー」

「まあ、待て」


 二人の頬をむぎゅーとしつつ引き離したカッコいい俺は、クールに指を一本立て口を開く。

 

「トリニティバインドだよ。イルゼ」


 俺もすっかり忘れていたけど、アーバインを拘束するためにプリシラに拘束魔法をかけてもらっていたんだよな。

 ピピンは未だトリニティバインドに囚われたままで、蔦が全身を覆い動きを拘束しているしうめき声くらいしか声を出すことができない。


「……そうだった。すっかり、アーバインを排すればピピンが元に戻るものだとばかり……すまぬ。プリシラ」

「いいよー。えへへ」


 謝罪のつもりかイルゼはプリシラの頭をナデナデする。

 すると彼女もまんざらではないようで、気持ちよさそうに目を細めて撫でられるままになっていた。

 だけど、俺の服の袖を引っ張るのは何故だ?

 

「どうした?」

「バルトロもー」

「分かった。トリニティバインドを解除できたらなでなでしようじゃあないか」


 解除できるのか不明だけど……。

 拘束系の魔法ってアンチマジックで強制的に解除はできるけど、そんな都合のいい魔法をプリシラが保持していたかは分からない。


「やったー。じゃあ、いくよー。えい」


 ぼふん。

 プリシラが両手を振るうと白い煙があがり、蔦が蒸発していく。


「え? 解除できるの?」

「うんー。えっとね。するりと抜ける?」

「……わ、分からん……」


 トリニティバインドは術者が任意に術を解除することはできないはずなんだ。

 俺の脳内がそう語っていたからな。

 だけど、プリシラはあっさりと解除してみせた。

 

「なるほど。そういうことか」


 俺にはてんで分からんが、イルゼは理解できたらしい。

 

「どういうことなんだ?」

「対象の問題だ。トリニティバインドはアーバインを対象にしたものでピピンにではないだろう?」

「あ、そういうことか」


 イルゼのヒントでようやく理解できた。

 プリシラのかけたトリニティバインドの対象はアーバインと彼がとりついている肉体(ピピンの体)である。

 対象たるアーバインはピピンの体から抜け出し、拘束魔法が効かない零体に転じた。

 更に対象が消滅となったわけだ。

 となるとだな。

 トリニティバインドは対象の消滅により役目を終了するってことだ。

 未だに残っていた蔦も軽く魔力を込めるだけで、元から術が壊れているのであっさりと破壊されるってわけか。

 

 なんだか騙されたような気がしなくもないが……ピピンの拘束が解けたから良しとしよう。

 おっと、噂をすればピピンが頭を起こして――。

 

「教官!」

「体は何ともないか? ピピン」


 しゃがんだままの俺にピピンがガバッとしがみついてくる。

 余程怖かったのだろう。彼女の背中が小刻みに揺れていた。

 そっと彼女の背中に手を回し、子供をあやすようにポンポンと手のひらで優しく彼女の背中を叩く。

 

「はい。何とも……きゃ、きゃあああ。み、見ちゃダメです! 教官!」

「あ、お、おう。イルゼ」


 そうだった。ピピンはすっぽんぽんだったんだ。

 蔦に絡まれていて服のようになっていたけど、蔦が消滅した今、彼女は紛れもなく全裸である。

 意識すると……密着した彼女の体温が俺の服を伝って……。

 

 しかし、俺の呼びかけに応じてくれたイルゼが自分のマントをピピンのふあさあっと被せた。

 ピピンは両手でマントを掴み自分の体に巻き付ける。

 見える部分だけマントで覆ったのはいいけど、俺の体に触れている部分は隠れていないぞ。

 ま、まあ、見えなくなったからいいのか? 

 

「マント、ありがとうございます。イルゼさん」

「いや、生憎、家が破壊されてしまってな。替えの服を持ち合わせていないのだ」

「助かりました! またしても教官に恥ずかしい姿を晒すことになりそうでしたので……」

「またしても?」


 イルゼの細い眉がピクリと動く。

 

「こら、変な勘違いをさせるようなことを言うもんじゃねえ」


 遺跡ではパンツ……が無かったり、そのまあいろいろあったが、俺が何かをしたからそうなったわけじゃあない。

 たまたまだ。完全に偶然。

 疑いを向けられるようなことは何一つしていない……はず。

 

「ピピン。覚えていることだけでいい。順を追って話をしてくれないか」


 この変な空気を変えるべく、無理やり方向転換を敢行する俺であった。

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