第16話 おなかすいたー
地上部分は風化が著しいが、地下は打って変わってかつての威容を感じさせる重厚な作りがそのまま残っている。
多くの冒険者がここを訪れ、時に古代の財宝や調度品を持って帰ることがあったが最近はめっきり取得物も減って来ていた。
それでも、古代の遺構は冒険者たちにとって「小遣い稼ぎ」の場所として命脈を保っている。
一攫千金を狙う者は未踏の深部へ、そうでないものは遺跡に巣くう独特のモンスターを狩り戦利品を持ち帰っていた。
「ひろーい」
初めてここへ足を踏み入れたプリシラの感想も頷ける。
大きな岩を切り出したような階段を降りると、天井の高い大広間になってるのだ。
広間は直径百メートルほどの円形になっていて、天井は半円状になっている。
中央には「冒険者の最後の良心」と呼ばれる大理石でできた女神像があり、昔日のまま形を保っていた。
この女神像だけは、冒険者たちに荒らされていない。ここへ来た冒険者はまず女神像に自らの無事を祈るのだ。
「無事帰れますように」と。
「見事な像だな」
イルゼが女神像を見上げ目を細める。
「こらあ! 乗るな!」
「えー」
「曲がりなりにも冒険者としてここに来ているんだから、女神像は傷付けるなよ!」
「はあい」
珍しく素直に言う事を聞いたプリシラはコウモリの翼をはためかせ女神像の肩からおりてき……。
「うおっと」
プリシラが勢いよく空から俺へダイブしようとしてきたから、ひらりと回避する。
「ぶー」
「へへん」
尚も食い下がろうとするプリシラの二の腕をイルゼがむんずと掴み自分の方へ引っ張った。
反対向きに引っ張られたことで、プリシラは後ろ向きにイルゼの方へ倒れ込んでしまう。
「プリシラ。君は節度というものを弁えた方がいいと言っているだろう。一応、あれでもバルトロ殿は男性なのだぞ」
「ふかふかー」
「鎧を着ているのだ。そんなはずはない」
「イルゼのいけずー」
なにやら聞き捨てならないことをイルゼがのたまっていた気がするが、気のせいに違いない。
プリシラは緩すぎでイルゼは硬すぎ……足して二で割ったらちょうどよくなりそうだねどな。
でも、ま。
これはこれでいいコンビじゃないか?
「右だ。バルトロ殿」
「えー。わたしは左利きだから左がいいー」
こっちには来ないと安心しきっていたら不意をつかれてしまった。
今度は一体どうしたってんだよ。
後ろが俺たちが降りて来た階段だろ。
中央に女神像があって、前方、右、左に回廊がある。
回廊も幅が広く、横に三人並んでも悠々と歩いて行けるほどだ。だいたい横幅が七メートルくらいあるのかなあ。
「残念だったな。ここは真っ直ぐなんだよ」
「バルトロ殿。コインを投げてくれ」
「わたしはおもてねー」
「じゃあ私は裏だ」
得意気に言った俺の言葉は華麗にスルーされ、左右から腕を掴まれる。
「あ、あのお。腕が動かせないと何もできないんだけど……」
「お、すまない。つい」
イルゼはパッと手を離し、俺から目を逸らす。
彼女は恥ずかしかったのか、若干頬に朱がさしていた。
「はやくー」
「おう」
指先でピンとコインを弾き、くるくると宙を舞うコインを手のひらでキャッチし反対側の手でコインを挟み込む。
そーっとコインを隠した手をどけると――。
「わーい、おもてだー」
「……仕方あるまい。右に行くか」
「だから、あの、真っ直ぐって」
てくてくと二人は右の回廊に向かって行った。
◆◆◆
少しばかりの時間が経ちました。
「今回は引き分けのようだな」
「次は負けないからー」
いい笑顔で言葉を交わしあうプリシラとイルゼ。
うん、どちらもすぐに行き止まりになっているんだよ。
右手は石板、左手は行き止まりの壁と天井にびっしりと文字が描かれている。
古代の文字だから誰も読むことはできないってことはおいておいても、削られたり衝撃を受けたりしてほとんどの文字が潰れてしまっているんだよな。
どんなことが書いてあったのか興味はあるけど、今の俺たちにそれを知る術はない。
「そろそろ進むぞ」
まだ言い争っている二人を尻目に歩き始める。
俺がいないことに気が付いた二人がすぐに追いついて来たのだった。
◆◆◆
一階層辺りはそれなりに広いが、俺たちは普通ではない。
サクサクと進み、もう五階層まで到着した。
五階層までなら道を俺が覚えていたので、ここまでは迷う事がなく辿り着けたってわけだ。
ここから先はどうなっているのか俺にも分からない。
グインは七階層まで行ったとか言っていたような……。俺の知る限りSランクの冒険者でも十五階くらいがせいぜいだと聞く。
それより深い階層は未だによく分かっていない。
「どうしたのー。変な顔して?」
「ん、ちょっと思うところがあってな」
「えっちなことー? こんなところでだいたーん」
「違うわ! イルゼ!」
「ぶー」
言葉とは裏腹に俺の背中にぺとーっと張り付いてきたプリシラをイルゼが引っぺがす。
「それで、何を懸念しているのだ?」
「ここまで順調に来たよな」
「バルトロ殿が道を覚えていたからだろう?」
「順調過ぎるんだ。遺跡の地下はそれなりにモンスターがいるんだよな」
特に浅い階層ほど多くのモンスターがひしめいている。
それがどうだ。ここまで一匹たりともモンスターに遭遇しないばかりか、気配さえ感じなかった。
「きっと我らの威容に恐れをなしたに違いないとも」
「それもありえるけど……」
イルゼとプリシラのレベルは異常だ。
特に威圧する気配を出さずとも、イルゼの言うようにモンスターがビビる可能性はある。
だけど、どうもしっくりこないんだよなあ。
「行けば分かるさー」
右腕をぐいっとあげて元気いっぱいにプリシラが首だけをこちらに向ける。
「うん、まあそうだな」
考えても仕方ない。
だけど、きっと奥で何かが起こっている。根拠は無いけれど予感がするんだ。
「おなかすいたー」
せっかく人が真面目モードになっているというのに……この魔族っ子があ!
と心の中で憤ったところで俺の腹も盛大に空腹を訴えかけた。
締まらないなあ……ほんと。
苦笑をしつつも、食事の準備に取り掛かる。
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