第3話 新たな門出に乾杯
うはあ。人外の力って凄まじい。
馬で駆けても半日はかかるファロの街がもう見えてきたじゃないか。
このまま行けばあと十五分くらいかなあというところで、手加減スキルの効果が切れる。
途端に流れる視界がゆっくりに変わり、先ほどまでの速度と比べると止まっているように思えた。
一応これでもまだ走っているんだけどな……。
「歩くか……」
すぐに息切
れしてしまうだろうし。俺の足だとここからでも数時間はかかるからな……。
危機は去った。ゆるりと戻ることにしようではないか。
グイン達はもう街へ戻れたかなあ。馬車が無事なら、そろそろ街に着いているころか?
なんて考えながら、両手を頭の後ろで組み鼻歌混じりにテクテクと歩く。
途中で野イチゴなんかを見つけつつ、街の入り口が目前になる頃にはすっかり日が落ちていたのだった。
◆◆◆
街に入ったが、何やらいつもと違って物々しい感じがする。
兵士が商店街を巡回しているし、教会前に神父がズラっと並んでいたり……一体何があったんだろう?
でも、俺が行きつけの酒場に入る頃には厳戒態勢も解かれたみたいで、兵士の姿は見えなくなった。
高名な魔法使いとかプリーストは、魔や聖なる力を感じとる力があると聞く。
ひょっとしたら、プリシラの力を遠くから感じ取ったのかもしれないな。
天真爛漫な愛くるしい目をした少女の顔を思い浮かべ、ブンブンと首を振る。
あんなとんでもない出来事には二度と遭遇したくないものだ……。
――カラン。
「酩酊するカモメ」停の扉をくぐると、陽気な人たちの声が聞こえてくる。
いつもの風景にようやく俺は日常に戻って来たのだと実感し、頬を緩ませた。
「お! おお! バルトロ! よかった。無事だったのか!」
俺の姿を見つけたグインが椅子から立ち上がり、駆け寄ってくる。
「何とかな。言っただろう? これでもスキル持ちだって」
「そうかそうか! 本当に良かったぜ!」
バンバンと俺の背中を叩くグインのくしゃくしゃになった髭面の目元には、キラリと光るモノが。
彼が本当に俺のことを心配してくれていたんだなと分かり、じいんと来てしまうじゃねえか。
「まあ、飲め。今日は俺のおごりだ!」
「おう。遠慮なく頂くよ」
グインが俺の肩に腕をまわし、彼がさきほどまで座っていたテーブル卓へ向かう。
「姉ちゃん! エールを二杯頼む」
手をあげ、ウェイトレスの看板娘へ注文をするグイン。
すぐにエールが二杯とソーセージ、名物シチューがテーブルに揃う。
「バルトロの帰還を祝って乾杯!」
「いやいや、そうじゃないだろ。グイン」
「お?」
「どうせなら、俺の新たな門出を祝ってくれよ」
「ガハハハ。そっちか。じゃあ、改めて」
コホンと咳をして、グインはエールの入ったコップを握り直し高く掲げる。
「バルトロの冒険者引退と新たな門出を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
カツンとコップを打ち付けあうと、勢い余って中のエールが少しこぼれてしまった。
グインがここにいることから子供たちは無事だろうと思ったけど、最初に聞いておきたかったから彼に尋ねてみる。
すると彼は、似合わないウィンクをして「ちゃんと届けたぜ」と言葉を返す。
今度は彼の方からどうやって俺が怪鳥から逃れたのか聞いてきた。
素直に話すべきか迷ったけど、彼になら話をしてもいいかな。
「――というわけなんだ」
「ひゃあ。お前さんのスキル、実はとんでもねえスキルだったんだな」
「俺もビックリだよ。本音を言うと、一生気が付くことなく畑を耕している方が幸せだったんだけどな」
「本当にお前さんは変わっているな! ガハハハ! 男なら、とんでもねえ力を手に入れたら目立とうって思うもんだろ?」
「あまり興味がないんだよな。俺はずっと自分の農場を持ちたかった。その夢に向かって邁進してきたんだからな」
「そうだったそうだった。ケチ臭く頑張っていたよな!」
全く。いつもの軽い調子に俺もつられて声をあげて笑う。
グインは髪の毛に白いモノが混じってきているほどの歳だけど、冒険者仲間の中だと一番気が合う。
年齢とか人付き合いに関係ないもんだよな。彼に出会えて本当に良かった。
「グイン、
「分かってるって! これでも俺はお前さんを命の恩人だと思っているんだぜ!」
豪快に笑うのはいいが、こっちに口の中のモノが飛んで来るってば。
まあ、いいんだけど……いつものことだし。
「それより、グイン。約束、忘れないでくれよ」
「おうよ。任せておきな。そのうち顔を出すからよ」
グインは農家出身の冒険者なのだ。実際に農作業をしていたこともあって、彼に何かとアドバイスをもらう約束をしていた。
俺はファロの街出身だから、畑のことにはうとい。
彼が意見をくれることは心強い事なんだよ。
自分の畑を想像し、グッと握りこぶしを作ったところでエールのおかわりが到着する。
「しっかし、本当に畑をやるのか?」
「もちろんだ。もうずっと決めていた夢だからな」
「そうか! 人間やりたいことをやるのが一番だ! お前さんが畑をやりたいって決めた理由も嫌いじゃあない」
「おう!」
拳を打ち付けあい、ニヤリと笑いあう。
きっかけは偶然だった。
モンスターにこっぴどくやられて、森の中で道に迷い何とか村に辿り着いたことがあって……。
そのまま倒れてしまったんだけど、村の人に介抱してもらったんだよなあ。
その時に食べさせてもらったパンとリンゴが本当においしくて。よそ者の俺に「食べろ」「食べろ」と言ってくれたんだ。
俺はこの時決めた。
俺もこんなおいしい食べ物を作ることが出来たらどんなに素晴らしいことだろうってね。
人に聞かせたらバカにされるかもしれない。でも、紛れもなく本当の俺の気持ちってことは確かなんだ。
笑われても意思を変えるつもりなんて毛頭もない。
「どうした? 急に黄昏て。お年頃ってやつか?」
「畑のことを考えていたんだ」
「全く……たまには色気のある話でも聞かせろや」
「そんなことより、グイン。明日は暇か?」
「おう。冒険の後だからな」
「じゃあ、少しつきあってくれ」
「まあいいが……どうした?」
「クワと
そんな微妙な顔をするんじゃねえよ。
俺は真剣なんだよ。
ブスっとした俺の顔に対し、グインは陽気な声を出して笑い「分かった分かった」と言ってくれたのだった。
◆◆◆
――三日後。
俺は今、荷車の上に座っている。
荷車を引っ張るのはお尻と後ろ脚が縞模様になった特徴的な馬――クアッガという馬に似た種族だ。
クアッガはなんとロバよりもお安いんだぜ。大きさはロバと馬の間くらいなんだけど、大人を乗せて走ることができない。
馬と違って馬車も引くに力が足りないと来たもんだ。その上、ロバと異なり粗食にも耐えられなくて食いだめもできないから、手間もかかる。
でも、節約したい俺にとっては最適な動物ってわけだ。
そんなわけで、街から出てクアッガに荷台を引かせること四時間と少し、もはや街はずれとは言えないくらいの距離だけど、ここに俺の城がある。
今はただの野原に自作の家と馬一頭分しかない大きさの厩舎が建っているだけの場所だが、いずれここは実り多き土地になる予定だ。
家を作るのだけでも、足がけ二年近くかかってしまった。
冒険の合間合間を見てコツコツとやったからなあ……。最初は大工仕事に慣れなくてなかなか進まなかったけど、最後の方になると我ながら上達してきて屋根裏部屋までつくってしまった。
家はレンガを積み上げて基礎を作り、壁に漆喰を塗り屋根には茅葺きを乗せた。
間取りは俺が使いやすいよう、広間と物置部屋、寝室……そして拘りの天窓がある屋根裏部屋といった構成になっている。
「さて、愛しの我が家へいざ」
クワと鋤を抱え、樫の木製の扉を開けた。
「やっほー。待ってたよー」
中から鈴が鳴るような声が聞こえる。
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