第44話 ぶっちゃけた

 イルゼが椅子に座りなおし、俺とプリシラへ順に切れ長の目を向ける。

 心優しい俺は彼女の喉が乾かぬよう、雑草ブレンドティーを並々と注いだコップをコトリと彼女の前に置く。

 しかし、あろうことか彼女は俺へコップを突き返してきやがった。

 せっかく淹れたのに……再度机にコップを置くと彼女は俺の座っていた辺りにコップを移動させる。

 

 な、なんてことを……。

 俺たちの様子を見たプリシラが「にゃはは」とバンバン机を両手で叩く。


「優しく、優しく触れてくれ……壊れる」

「ごめんー。ちょっと面白かったからー」


 即席で作成した机だからな。少し揺れただけでもギシギシと嫌な音を立ててしまうほど脆い。


「わたしのスキルが『天衣無縫』ということはこの前二人に語った通りだ」

 

 このままでは進まないとでも思ったのか、イルゼは唐突に自分のスキルのことを語り始めた。

 

「うん。強力な戦闘系スキルと聞いたよ」

「そうだ。『天衣無縫』を持っていた私は、四歳で王都に赴いた」

「うんうん」


 スキルを持っているだけで未来の「王国の護り手」を得たと国中が大騒ぎとなるほどなのだ。

 余程とんでもないスキルなんだろうなあ……。

 事実彼女は人間の限界と言われるレベル百を優に突破している。


「『天衣無縫』は戦闘に関することであれば、武器スキル持ちの軽く数倍の才能を発揮する」

「え……」


 ちょ、ちょっと待て。

 規格外ってもんじゃねえよ。

 武器スキルは戦士やレンジャー、猟師といった武器を扱う者にとって垂涎のスキルである。

 武器スキルといっても全ての武器を対象とするわけじゃなくて、「両手剣」「片手槍」「長弓」といった感じに武器の種別ごとに分かれているんだ。

 例えば、両手剣スキル持ちの場合、両手剣に関し天賦の才を持つようになる。

 スキル無しの人の数倍の速度で熟練し、自分の体の一部のように両手剣を扱う。戦いの勘にも優れ、考えずとも自然と体が動くらしい。

 武器スキル持ちはその才能故、高レベルの者が多い。


「い、一応聞くが、イルゼは『大剣スキル』持ちの数倍の速度で成長できるってこと?」

「いや、『武器スキル』だ」

「ん? え、まさか……あらゆる武器?」

「うむ。格闘も含む」

「……」


 頭がクラクラしてきたぞ。

 何それー。何だよそれー。神様が冗談で「ちょっと能力を詰め込み過ぎちゃった、てへへ」みたいなスキル性能は……。


「後は」

「まだあるのか」


 うん。そうだよな。

 イルゼって聖魔法も使うもの。

 半ば放心状態になっている俺にイルゼの続く言葉は聞こえちゃいなかった。

 

「人間っておもしろーい。ねね。バルトロはー?」


 ゆっさゆっさとプリシラに体を揺すられ、ようやく俺の意識がこっちに戻ってきた。

 

「お、おう。俺のスキルは『手加減』というものなんだ」


 手加減スキルについてかいつまんで二人に説明すると、イルゼの顔が曇り、プリシラは目を輝かせる。

 全て語り終わったところで、ふうと大きな息をはきイルゼがボソリと呟いた。

 

「バルトロ殿の方が私より余程規格外だ。まさしく賢者として生きるに相応しいスキルだと思う……」


 イルゼはどうも歯切れが悪い。何か言いたいことをワザと言わないでおいてくれているようにも思える。

 やっぱり、手加減スキルで彼女を騙していたようになっていたから怒っているのかなあ。

 

「思ったことは歯に衣を着せず言ってくれていい。むしろ、言って欲しい」

「そうか。なら」


 イルゼは大きく息を吸い込み、一息に言い放つ。

 

「正直言って詐欺みたいなスキルだ。何ら努力も必要とせず、あらゆる知識をその身に宿すことができるのだからな」

「そっちか……」

「しかし、それに奢らず、そればかりか自分の力を鑑みて、ひっそりと隠棲するなど並みの者にできる所業ではない。貴君に尊敬の念を禁じ得ない」

「お、おう……」


 俺はスキルやら、自分の強さなんてものより、農場を、自らの畑を耕し、収穫することこそ何よりの喜びなだけなんだけど。

 でも――。

 

「ホッとした……」


 思わず言葉が口をついて出てしまう。

 

「何をだ?」

「いや、俺のスキルを聞いて二人がガッカリしないか心配でならなかったからさ」

「何を言う。バルトロ殿。貴君がどのようなスキルを持っていたとしても、貴君は貴君だろう? 私の思いが変わることなんてないさ」


 言っていて恥ずかしかったのか、イルゼは顔をそらし頬に朱がさす。

 

「イルゼったらー。素直にバルトロが大好きって言えばいいのにー」

「な、何を言うか! そ、そんな」

「えー。その顔は図星だー。あははー」


 首まで真っ赤にしてイルゼが肩をプルプルと震わせる。

 

「そ、そんなことないもん。ううん、え、あ、うううう」


 あ、壁の隅で座り込んでしまった。

 

「こら、プリシラ。やりすぎだ」

「えー。イルゼが素直じゃないだけだよー」

「ま、まあ。言わんとしていることが分からなくもない。でも、人それぞれだからさ」

「うん」


 プリシラはトコトコとイルゼの元に歩いていき、彼女の後ろにしゃがみ込む。

 

「ごめんね。イルゼ」

 

 がばーっとイルゼの体に両手を回しプリシラは謝罪の言葉を述べた。


「いいのだ。私もお前のようにもっと素直になれたらいいのだが」

「ううん。わたしもイルゼのようにカッコよくなれたらなーって思うよー」

「そうか」

「うん。そうだよー」

「あははは」

「えへへ」


 笑いあい、二人揃って立ち上がる。

 よかった。すぐに仲直りしてくれて。

 

「じゃあ、腹も減ってきたし、ご飯にでもするか」

「うん。だけど、雑草ブレンドティーは無しだよー」

「雑草は無しだからな」


 なんでだよ!

 分かった。これは俺に対する挑戦だな。

 よろしい。今晩はシチューにしよう。

 隠し味に雑草を煎じた調味料を入れてしんぜようではないか。

 

 クク、クククク。

 暗い笑みを浮かべ、食材をとりに外へ出ようとした時、二人に左右から肩を掴まれる。

 

「まあ、待て。今晩は私が食材集めからやろうではないか」

「わたしもー」

「こら、待て、俺も行くぞ」


 三人揃って出口に殺到したものだから、狭い扉口で体が詰まってしまった。

 

 

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