第45話 のっくだうん

「どっから獲ってきたんだこれ……」


 イルゼとプリシラが出て行って僅か十五分ほどで彼女らは戻ってきた。

 食材とかいうから、どんなものを持ってくるんだと思ったら……どこから見つけたのか巨大な泥の色をしたカエルを持ち帰ってきたのだ。

 カエルの口から真っ直ぐに木の枝……もとい木の幹を豪快に突き刺し、焚火でぐるんぐるんと回転させながら焙っている。


 ログハウスにはキッチンなんてないから、外で火を起こし煮炊きをするのは想定内だった。

 だけど、なんだよ、そのカエルは。

 いぼいぼがなんともまあ食欲を根こそぎ引っ込めるほど、怖気を誘うし……やったらぬめってんだよな。

 

「なあ……」

「んー?」

「どうしたのだ?」


 左右から木の幹を持つ二人に声をかける。

 泥なのか油なのかよくわからんものがポタポタとカエルから垂れてきて、火に触れるとじゅううっと音が鳴る。

 それにともない、なんともいえぬいやあなかおりが……。

 

「これ、食えるの?」

「たぶん?」


 非常に珍しいことだが、プリシラの額からたらりと冷や汗が流れ落ちた。

 うん。こいつは相当やべえ。

 食べたらダメなやつやで。

 

「ま、まあ。問題ない。さあ、バルトロ殿。焼き上がったぞ」


 イルゼは豪快にカエルの後ろ脚を切り落とし、俺に「さあ」と押し付けて来る。

 あからさまに嫌そうな顔をしたのに、イルゼは手を戻そうとはしない。

 

「食べるのこれ?」

「もちろんだとも。さあ、熱いうちに」

「えええ……熱いからもてないし」


 イルゼは短剣にカエルの肉を突き刺しているから熱くないだろうけど、俺は素手だぞ。

 火傷しちゃうじゃないかあ。

 だからイルゼが食べないと、うんうん。

 

「うあっちいいい。熱っ!」

「おいしー?」


 な、何してくれとんじゃあああ。

 プリシラがイルゼの手を握り、俺の口にカエルの肉を突っ込んできやがった。

 ど、泥臭い。

 い、いや。泥臭いなんて序の口だ。

 これだけこんがりと焼いたなんて信じられないほど生臭い。どろおおっとしているし、口の中がべたつく。

 うま味がまるでない。

 

 そして……意識が遠く……。

 

「かゆ……うま……」


 ◇◇◇

 

 う、うう。

 カエルの肉を喰ってからの記憶がない。

 どうやら意識を失っていたようだ……恐るべきカエルの肉。レベル百オーバーになっている俺をたったの一口で気絶させるとは。

 ある意味、SSランクのモンスターを凌ぐよな。あのカエル。

 

 目を開けたはいいが、後頭部は心地よい柔らかさで前は視界が塞がっている。

 部屋の中のようで、魔法の明かりが灯っているみたいだな。

 左側から明かりが差し込んでくるから、明るいことは分かる。

 

「……ん」


 顔をあげたが、水袋のようなむにゅんとした何かにぶつかってしまった。

 はて?

 頭を元の位置に戻し、再度起き上がってみる。

 

 もにゅん。

 

「バ、バルトロ殿……」

「ん、イルゼか」

「そ、そこで喋らないでもらえるか。くすぐったい」

「お、おう?」

「そのまま横に転がってもらえるか?」

「おう」

「そっちは私の腹だ。反対側へ」

「ワザとじゃないか」

「バルトロ殿!」


 おふざけが過ぎたようだ。

 イルゼがご立腹の様子。

 うん、そうなんだ。気絶した俺はイルゼに膝枕をされていたらしい。

 

 仕方ねえなあとそのまま転がり床にうつ伏せになったところで、背中に体重を感じる。


「だーいぶー」

「こらー」

 

 プリシラがすかさず俺の上の乗っかってきた。


「えへへー。イルゼはやらないのー?」

「そ、そんなことできるかあああ!」


 イルゼは叫ぶだけでなく、手が出たようでプリシラを突き飛ばしたみたいだ。

 プリシラがその場で踏ん張ろうとしたため、下にいる俺に不意に横向きの力がかかりプリシラごと部屋の隅まで転がる。

 

 むにい。

 転がったまではよかったが、部屋の隅といえばピピンが寝かされてるのを忘れてはいないだろうか?

 仰向けに寝転がっているピピンの上に乗っかってしまい、慌てて立ち上がろうにもプリシラの足が俺の脇を固め動けない。

 下手に立ち上がろうとしたものだから、振り上げた手を下に降ろしてしまう。

 

 むにゅんん。

 

「ご、ごめん」


 思いっきりピピンのささやかなスモモを鷲掴みにしてしまった。

 彼女は蔦で覆われてはいるが、素っ裸なんだよな。なので、体温が直接感じられ……。


「おもしろーい」

「俺はちっともおもしろくねえ!」


 プリシラの腰を両手で掴み、そのままひょいっと移動させる。


「ん? どうした?」


 俺とプリシラの漫才みたいな動きを意にも介さず、イルゼが腕を組み何やら思案しているご様子。

 問いかけても虚空を見つめたまま、彼女は反応を返さない。

 

「この巨大な蔦を呼び出したのはアーバインだったのだろうか?」

「分からない。だけど、アーバインが一枚噛んでいるとは思う」

「アーバインから聞けばいいのではないか?」

「駄目だ。アーバインとは会話にならないんだよ。せっかく拘束したんだ。アーバインに自由に動かれては困る」

「そうか……」


 ん。でも、待てよ。


「そうか! 一度試してみる価値はあるな」

「どうしたのー?」


 俺に移送されたところで置物のようにペタンと座ったままだったプリシラが、不思議そうに首をコテンと傾ける。

 

「アーバインがピピンに憑依したわけだ」

「うんー」

「なら、俺がアーバインを手加減スキルの対象にしたらどうなると思う?」

「んー、分からない!」


 自信満々にプリシラが言い放つ。


「俺の手加減スキルは対象と真逆の属性を持ち、対象の攻撃を相殺する」

「なるほどな。理解したぞ。試してみる価値はあるやもしれん」

「だろ? 憎き巨大蔦の秘密は分からないだろうけど、ひょっとしたらピピンを解放できるかもしれない」

「分かった。万が一不測の事態が起こったら、私とプリシラで何とかしよう」

「助かる」


 イルゼとガッチリ握手を交わした後、ピピンの前で膝を付く。

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