第49話 空へ

 気合を入れて立ち上がったはいいが、ぐうううと盛大に腹が悲鳴をあげる。


「今日もわたしが作ってあげる―」

「任せろ。バルトロ殿」

「待て。マジで待て」


 俺の腹具合に反応したところまではいい。

 歩きだそうとした二人の肩を掴み、その場で座らせる。

 

「俺がやる。だから、二人はピピンを見ていてくれ。もしくは、ピピンの服を準備できそうなら頼む」

「教官、私も手伝います!」

「いや、ピピンはすっぽんぽんだろうが」

「……えっちです……」


 いや、お前が言うなって感じだろ。

 俺が脱がしたわけじゃあないし……。

 ほらああ、イルゼの視線が痛いじゃねえか。

 

「任せた。行ってくる!」


 こんな時は逃げるに限るぜ。三人の反応を待たずにそそくさと外へと飛び出す。

 ひゃっほー。

 

『ぐあっが!』

「おお。一緒に行くか」

『ぐあっがあああ!』


 出たところでグアッガが動きたくてうずうずしていた様子だったので、彼と一緒に狩りに出ることにした。

 ひらりとグアッガの背に飛び乗ると、彼は「グアッガ!」と威勢のよい嘶きを発し――。

 

「う、うおおお」


 空へと浮き上がる。

 グアッガは何を思ったのか、上空二十メートルほどのところまで来たところで制止した。


「どうした? ちょ」


 角にビリビリと稲妻が走り始めているじゃなねえか!

 制止も間に合わず、グアッガは角からビリビリを発射する。

 天に稲妻が迸り、ピカピカと空が明るくなった。

 

 次の瞬間、体が浮くほどグアッガが加速し急停止する。


「お、おお。鳥を捉えていたのか」


 グアッガは口にカラスより二回りほど大きな鳥を二羽くわえていた。

 口が開けないからいつもの「ぐあっが」が聞けないのが少し残念だけど。

 

「素晴らしいぞ。グアッガ!」


 彼の鬣を撫でると、グアッガは目を細めつつ降下し始める。

 

 地面に降りて、グアッガの口から鳥……いや、これは鳥だ。鳥なんだ。

 コホン。

 鳥を受け取り、グアッガに礼を言ってから一旦ログハウスへ戻る。

 

 この後、ログハウスの外で焚火をして鳥、断じて鳥をみんなでもしゃもしゃしたんだ。

 寝る時にひと悶着あったけど、大事には至らず朝を迎える。

 一つ言っておくと、プリシラとの約束はちゃんと忘れずに守ったんだぜ。

 彼女から催促される前に頭をナデナデしておいた。

 

 ◇◇◇


 ――翌朝。


「じゃあ、行ってくる」

「はい。みなさん、お気をつけてください」


 マントを羽織っただけのピピンとログハウスの前で別れ、俺とプリシラ、イルゼは巨大蔦へ挑む。

 残されたピピンのことは心配する必要はない。

 クアクアとグアッガに彼女の護衛を任せたんだからな。ふふふ。この二体は下手な護衛より余程強い。

 なにしろレベル百目前だもの。

 

 かつて俺の家があった場所まで歩いてきたものの、上を見上げため息が出た。

 

「んー。どうするかなあ」

「飛んでてっぺんまでいくー?」


 呟きに対し、プリシラが上を指さし俺の手を握って楽しそうにブンブンと手を振り回す。

 どこに何がいるか分からないしなあ。

 下からしらみつぶしに探索して行くのも手だ。

 

「これだけの高さだ。ある程度当たりをつけた方が望ましいと思うぞ」


 イルゼが最もなことを言う。


「だよなあ」


 目ぼしをつけるって言っても、皆目見当が。

 頭を抱えていると、プリシラがぴょんぴょん跳ねて俺に自分の存在をアピールする。

 何か言いたいことがあるみたいだな。

 

「何か考えがあるのか?」

「うんー」

「お、おお?」


 期待していなかったプリシラから意見が出るとは。

 彼女は俺の前で膝を少し落とし人差し指を口元に当てる。

 

「すごいことが分かっちゃったんだー。えへへ」

「な、なんだと……」

「それは」

「おう」

「どうしよっかなあー」


 プリシラはもじもじと首を振り、唇をツンと上に向ける。

 なんだよおお。勿体ぶってええ。

 分かってるさ。彼女から大した意見なんて出ないなんて。

 彼女はいつも思いつきで意見を出すからな……だけど、気になるものは気になる。それが人間ってもんだ。


「で、何を思いついたんだ?」


 ガシっとプリシラの肩を掴み、彼女と目線を合わせる。

 

「んー。教えてもいいんだけどー」

「おう」

「ちゅーしてくれたらいいよー」

「……イルゼ」


 俺の意図をすぐさま察知したイルゼが「うむ」とばかりにプリシラの頭をがっしりと掴む。

 そのままギリギリと力を込めるのかと思ったけど、彼女はプリシラの頭に手を乗せたまま動こうとはしない。

 

「もうー。冗談だってばあー。昨日もしたし」

「え?」

「きゃー。イルゼ―。痛い痛いー」

「ま、まあいい。そろそろ話をしてもらえるか?」

「うんー。えっとねえ。えらい人はね。高いところが好きなんだよー」


 勿体ぶった答えが余りに酷いと思ったのか、イルゼはプリシラを掴む手に再び力を込めたようだ。

 それはともかく……。

 「高いところが好き」かあ。

 

「案外そうかもしれないな」


 ポンと手をうち、じゃれあう二人に目を向ける。

 対する二人は思わぬ俺の言葉に手を止め、きょとんと口が半開きになった。

 

「まさかバルトロ殿もプリシラと同様、単なる思い付きなのか?」

「いやいや。考えてみてくれよ」


 イルゼとプリシラに自らの考えを伝える。

 例えば、迷宮の主と呼ばれる者は迷宮の最深部にいることが常だし、ドラゴンの中でも古代龍は人も踏み入らぬ奥地や秘境に居を構えるという。

 人間だってそうだ。王様は高い城を建て、上から臣下を見下ろすんだ。

 高位の魔物、群れのボス、地位の高い人間……これらに一貫することといえば、一番深い部分にいるってことだよ。

 城の場合でも最上部は入り口から最も遠いし、迷宮は言わずもがな。奥地や秘境にしても人里って観点からすると最も深い場所だ。

 

「……なるほど。一理ある」


 イルゼが納得したように顎に手を当て頷く。


「じゃあ、てっぺんまでいこー。マキシマムマジック フライ!」


 プリシラが手を振ると俺とイルゼに飛行魔法がかかる。

 両足が地面から離れふわりと浮き上がった。

 

 プリシラが俺とイルゼの手を取り、一気に上へ加速する。

 あっという間に景色が移り変わっていき、気が付いた時には上空数百メートルのところまで来ていた。

 

「一体どこまで行ったら最上部になるんだ……」


 この高さまで来ても巨大蔦の先は見えてこない。


「もっともっと高く飛ぼうー。きっとすぐにてっぺんまでいけるよー」


 プリシラに手を引かれ、俺たちは空へ空へと登って行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る