第50話 雑草は全て刈り取る
雲ってもっとこうふわふわとした綿毛のようなものだと思っていたけど、唯の霧なんだな。
うん。
高く高くと登って行って、俺たちはついに雲の上に出て来たんだよ。
そこには、ようやく目指した巨大蔦の頂上があった。
蔦の先だから小さな花でも咲いているのかと思いきや、俺の想像の斜め上を振り切ってきやがったんだ。
頂上は円形の茎といえば葉といえばいいのか……とにかく緑の床が広がり、中央に巨大な真っ白の花のつぼみが鎮座していた。
「降りてみるか」
「そうだな。行ってみないことには分からない」
イルゼと目配せしたところで、プリシラが先に緑の大地へ向かって行ってしまう。
いつもの彼女の調子に苦笑しつつも、俺とイルゼが彼女を追いかける。
――トスン。
緑の大地に降り立ったところ足裏に柔らかさが伝わってきた。これは葉っぱなのかなあ……。
軽くジャンプして大地を踏みしめてみる。
弾力性があるものの、動くに支障はない。それに緑の大地は俺たち三人の体重なんてものともしない様子だった。
「さっそく来たぞ。バルトロ殿、プリシラ」
イルゼの言葉通り、前方の地面がもこもこと動き蔦の化け物が形成されていく。
ツリーピングバインに似るが、その実力は数段上だろう。
対峙しただけで分かるほど、ツリーピングバインとは圧力に違いがあるのだから。
『名前:名無し
種族:カイザーパイン
レベル:九十六
状態:良好』
「待て。プリシラ」
「んー」
両手を組み頭上にあげたプリシラを呼び止める。
彼女を手加減の対象にしていて正解だった……。
うん。
カイザーパインってやつがポコポコとどんどん沸いてくる。
だから、範囲魔法で一掃しようってんだよな。
だけどさ、アルティメットフレアはねえだろおお。
一応、俺たちは植物の上に立っているんだ。
地獄の炎なんて呼び出してみろ? 下手したら全焼してしまうだろう……。
「任せろ。全てたたっ切る」
イルゼが背中の大剣を抜き放つと、弾かれたように駆けた。
次の瞬間、右手にいたカイザーパインを一刀の元に斬り伏せる。
「おー。じゃあ、ウェイクアップ」
「俺も行くか。オーバードライブマジック クリエイトウェポン」
プリシラがパチリと指を鳴らすと、朱色のピッチフォークが出現した。
初めて見るけど、あれがきっと彼女の手持ち武器なんだろう。空間魔術で隠していたのか、異界から召喚したのかは分からない。
一方で俺は魔法でハルバードを作り出した。
「雑草刈りだあああ。ヒャッハー」
プリシラが動き出す前に先んじて一番近くのカイザーパインにを真っ二つに切り裂く。
「まけないぞー」
彼女も俺に続く。
畑の敵は雑草である。
雑草が生えたとなれば、刈り取らねばならないからな。
ここは俺の畑。
「俺が雑草を滅せなければならないんだあああ」
狂ったように次から次へとカイザーパインを打倒していく。
プリシラのレベルだから、レベル百近くのモンスターでも軽々と倒せるぜえええ。
◇◇◇
「バルトロ殿」
「バルトロ―」
雑草は、雑草はいねえかあああ。
左右を見渡し、雑草の気配を探る。
「えーい」
「く、首が締まるうう」
「あ、かえってきたー」
「な、何なんだよ。敵地だってのに」
「だってー」
息がかかりそうな距離でプリシラがぷーっと頬を膨らます。
「正気に戻ってくれて何よりだ」
「ん?」
イルゼがやれやれとため息をつく。
緑の大地に降り立って、ハルバードを握りしめたところまで記憶があるが……その先、一体俺は何をしていたんだ?
「雑草はもういないからー」
「……すまん」
どうやらついついハッスルしてしまったようだ。
仕方ないだろう……俺の畑に雑草がわらわらと沸いちゃったんだからさ。
「ともかく、全ての敵は滅した。中に入るか」
「だな」
どれだけ刈り取ったのか不明だが、動くものはもういない。
積み上がった蔦は見て見ぬ振りをして、白い蕾の元へ向かう。
すぐに白い蕾の前まで辿り着いた。
「中はきっとドーム型の空間になっていると思うんだけど……」
「どうやって入るかだな?」
イルゼと意見を交わそうとしたところで、プリシラが「はーい、はーい」と両手をブンブン振って会話に入ってくる。
「『どーん』したらいいんじゃないかなー」
「そうだな。ただの蕾に入り口など在るわけないものな」
イルゼよ。そこであっさりと同意するんじゃねえ。
彼女は意見はよく聞くし、考察もする。
だけど、最終的に取る手段はプリシラとそう変わらないんだよな……。
「まあ、待つのだ。こういう時はまず、蕾の様子を探ってだな。うおお!」
蕾の真っ白い外殻に触れてペタペタとしていたら、不意に外殻が消失する。
外殻に体重を預けていた俺はあれよあれよと蕾の中に転げてしまった。
「やったー」
「さすがバルトロ殿」
い、いや違うよな。
尻餅をついた姿勢のまま頭をかく俺であ……ちょ。
「だいぶー」
「乗っかるんじゃねえ。ここは敵地だって言ってるだろうがああ!」
「イルゼもかもーん」
「い、いや私は……」
背を俺の体に密着させたままプリシラは、戸惑うイルゼの手を引く。
思いっきり引っ張ったようで、イルゼはヨロヨロと足元をふらつかせプリシラと共に倒れ込む。
底に俺、その上にプリシラ。彼女と向い合せになるようにイルゼ。
イルゼはプリシラより背が高い。
むちゅー。
「……」
イルゼの顔が真っ赤になるが、固まったまま動かない。
あろうことか、いやきっとプリシラの計算通りなのかもしれないけど……俺とイルゼの口がこんにちはしてしまった。
「わたしもー」
茫然とするイルゼと俺をよそにプリシラがイルゼの顔をよっこいしょっと引き離し、今度はくるりと体を回し自分が俺に覆いかぶさる。
「こらー。ここは……」
言い切る前にプリシラに口をふさがれた。
俺たちは一体何をやってんだ……こんなところで。
だけど、プリシラとイルゼの柔らかい唇の感触にニヤつきそうになる俺だった。
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