第26話 備えあれば

「うん、悪くない」


 もっしゃもっしゃと咀嚼し、ゴクンと飲み込む。

 リンゴもどきの方は少しばかり酸っぱいけど、これはこれで良いな。ソテーにしてもおいしそうだ。


「どうなることかと思ったけど、やるじゃないか二人とも」

「えへへー。もっと褒めて―」

「私はただ種を撒いたに過ぎない」


 頭を前に突き出したきたプリシラの頭をナデナデすると、彼女は嬉しそうに目を細める。

 しかし、イルゼの目線が突き刺さるように……。

 頭を撫でるくらい破廉恥もクソもないだろう?

 

 あ、そうかそうか。

 なるほどね。

 鋭い俺は気が付いてしまったよ。

 

 プリシラから手を離し、椅子から腰を浮かせイルゼの前に立つ。

 

「もー」

 

 横から追いすがるようにプリシラが俺の腰ベルトを掴むが、気にせずそのままイルゼへ手を伸ばす。

 対する彼女はビクッとしたように一歩後ずさるが、それ以上逃げようとはしない。

 

 俺もそのまま一歩前へ行くとよかったんだけど、プリシラが「んー」とか言って俺の腰に張り付いているもんだから動き辛いのだ。

 ふがああと体を揺すっていたら、イルゼの方から元の位置に戻ってきてくれた。

 再び手を伸ばすと、ぎこちない仕草で彼女は頭をほんの僅かだけ下げた。

 イルゼは俺と同じくらいの長身だから、頭頂部を見ることができないけど手なら届く。

 

 キュッと目を閉じ唇を結ぶイルゼ。

 なでなでー。

 一瞬ビクッと肩が震えた彼女だったが、すぐに体から力が抜け俺に撫でられるままになっていた。

 

「なんだー。イルゼも褒めて欲しかったんだー」


 こら、余計なことを言うな。


「ば、馬鹿な。そ、そんなことはない!」


 イルゼはばっと頭を起こし、俺と距離を取る。


「あ、そうそう。プリシラ、イルゼ」


 微妙な空気をなんとかしようと、変なテンションで二人に声をかけてしまった。


「ど、どうしたのだ。バルトロ殿」


 渡りに船とばかりにイルゼが俺に乗っかってくれる。

 

「リンゴもどきは体力が回復する。スモモはMPが回復するみたいだぞ」


 体力もMPも全快だから感覚的なところしか分からないけど、ポーションを飲んだ時と同じように体の中に力が巡る熱さを感じたんだ。


「旅人や商人の気付にはよいかもしれんな」

「冒険者が使うには厳しいか」

「食べた感じ、ほんの僅かしか回復しない。ポーションの方が望ましいだろう」


 そうかなあ。

 初級冒険者だったら十二分に使えると思うんだけど……あ、そうか、イルゼのレベル感覚じゃあ感じないほどしか回復しねえか。

 

「まあ、食べ物としてもそれなりにいけるから……ん、何をゴソゴソと」

「いや、な。ポーションの話をしたから、思い出して」

「胸元に手を突っ込まんでも……」

「ッツ! み、見ないで……」


 イルゼの口調が急に変わって恥じらいを見せる。

 首元から手を突っ込むもんだから、おっきいぽよよんがぷるるんと、よしそのままポロンすることを俺が許可しよう。

 

 後ろを向いたイルゼはゴソゴソと首から下げたネックレスを外し、身なりをこれでもかと整えてからこちらを向く。

 

「ん、それは?」


 机の上に置かれたネックレスへ目を落とす。

 ネックレスは細いチェーン状になっていて、素材は見た感じ銀か白金のどちらか……かな。

 目を引くのは親指くらいの長さがある細い筒状のクリスタルだ。

 円柱の太さは小指より若干細いくらいで、中に銀色の液体が入っている。

 

「ポーションの一種だ。バルトロ殿に預けておこうと思ってな」

「これがポーション? 見た事のない色だな……」


 イルゼへ触っていいか目配せすると、彼女は頷きを返す。

 では、失礼して……。

 円柱を手に取り、少し揺すってみる。

 この銀色の液体はかなり粘性があるみたいで、ひっくり返してもサラサラと流れて行かない。

 色といい水銀みたい。

 

「それはエリクサーだ。無いとは思うが、もし貴君が危機に陥った時、使ってくれ」

「エ、エリクサーだとおお! ダメだって。そんなもの受け取れない!」


 半信半疑だけど、実直で誠実さのあるイルゼが嘘を言うわけがないよな。

 伝説の秘薬「エリクサー」をお目にかかるのは初めてだ。

 例え四肢が吹き飛ぶような怪我を負っても、この秘薬を体に振りかけるとたちまち全快するという……。


「先の戦いで分かったのだ。バルトロ殿が敵の攻撃を受け止め、私とプリシラが攻勢に出る。ならば、護りの要たるバルトロ殿こそ、これを持つに相応しい」

「これはイルゼにとって宝だろう? おいそれと使うものじゃない」

「どのような宝であっても、死ねば等しくゴミだ」


 そう言い切り、筒を手のひらに乗せた俺の手をググっと握りしめ、俺に筒を握らせるイルゼ。


「バルトロ―。イルゼはバルトロに持ってて欲しいんだよー。大事なものを大好きな人に持ってて欲し……ふがあ」

「う、煩い。余計なことを言うな」


 イルゼは慌ててプリシラの口を塞ぐ。


「分かった。だけど、預かるだけだ。イルゼが俺とパーティを組んでいる間だけ預かる。一人で外に行く時はちゃんとこれを返却するから」

「了解だ」


 成り行きとはいえとんでもない品物を預かってしまった。

 エリクサーはポーションと違ってこんな少量で効果を発揮するんだなあ。

 俺は鑑定魔法を所持していないから、エリクサーのステータスを確認することはできない。

 いや、イルゼを疑う気は全くないんだけど、もし彼女が超高額でこれを購入して騙されていたって線がなくはないだろうから……。

 確かめることができるなら、確かめておくに越したことは無い。

 彼女も言う通り「無い」とは思うが、万が一ってものに備えることは大事だからな。

 

 水を差すようなことを言いたくないから黙っていたけど……実はプリシラを手加減の対象にしたら回復魔法が使えるんだよね。

 欠損した四肢を繋ぐことができるかは不明だけど、威力だけ見ると虫の息であっても治療可能なほどだ。

 だから、もし二人が大怪我をしても俺が彼女らを治療する。

 任せてくれ。

 

 首にネックレスを通し、服の下にエリクサーの入った筒を放り込む。

 汗臭い俺の服の下より、イルゼのおっぱいに挟まれていた方がこの筒も幸せだったんじゃないかと益体もない事が頭に浮かんでくる。

 

 まさかこれが後々大ごとになるなんて、この時俺は露ほどにも思っていなかった。

 

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