第7話 順調……な気がする
俺はレベル百オーバーを舐めていた。
いくら雑草を引き抜こうが、まるで疲れないんだ。
調子に乗ってガンガン雑草を取り除いていくと、昼前には予定した場所の草を全て処理してしまった。
途中からズタ袋を使うのをやめ、雑草の山へ放り投げるようにしたら更に効率があがってしまってな……。
あっさりと目的を達成してしまったというわけだ。
すごいぞレベル百は。ひょいっと投げただけなのに、正確に狙った位置へ雑草が着弾する。
プリシラはすぐに飽きてしまって、きゃっきゃと俺に「がんばれー」と声援を送ってくれた。
下手に邪魔されるよりはこの方がよい。
一方でイルゼは真面目に草抜きをしてくれたが、却って不安になってくる。
一国の著名な騎士が、汗水こそ垂らしていないけど草抜きだなんて……見る人が見たらひっくり返りそうだ。
本人はまんざらでもなさそうだったけどね。
「よおし、一旦休憩にしよう」
「おー」
「了解した」
パンパンと手を叩き、土埃を落とす。
自分で掘った井戸に備え付けた縄を引っ張り、桶から水を組み上げる。
「使ってくれ。まずはプリシラ。次にイルゼな」
「うんー。でもー」
あ、そうね。魔法でなんとかできるよね。
じゃあ、どうぞ。
何て言うと思ったか!
「お、いいことを思いついた。とりあえず今はその水を飲んで、その後、手を洗っていてくれ」
イルゼの分の水も汲み上げた後、俺は一旦家に戻る。
適当な食材を持ってきて野外で軽食を済ませた後、先ほど思いついた案を実行することにした。
「確かに魔法は便利だ。そこは間違いない」
二人に向け指を立て、教師のように呟く。
「そうだな。確かに。聖魔法がなければ巨大な敵を打ち滅ぼすことは叶わない」
こ、この脳筋があああ。
叫びそうになったが、グッとこらえ済ました顔で続ける。
口元がピクピクしていることは秘密だからな。
「何も敵をぶったおすだけが魔法じゃない。君達はよいところに目をつけていたんだよ」
「なになにー?」
「草抜きだよ。魔法で草を引っこ抜こうとしたよな」
「おー、任せてー!」
「待て! 魔法を使えと言っているわけじゃない」
この地を壊滅させられたらたまったもんじゃねえ。
翼を出して飛び上がろうとしたプリシラの頭をむぎゅーと押さえつける。
「魔法とは工事にも生活を便利にする手段にも使えるもんなんだ」
ジタバタするプリシラをよそに、イルゼへ目を向けた。
彼女は納得したようにコクリと頷きを返す。
「して、どうするのだ?」
「まあ、見ていてくれ。プリシラ、そこへ座って待っててくれよ」
「うんー」
ペタンとその場で座ったプリシラはようやく翼を引っ込めてくれた。
まずは……。
両の拳を胸の前で打ち合わせ、目を瞑る。
「発動せよ。『手加減』スキル」
手加減スキルの対象をプリシラに変更。
脳内に問いかけ、該当する魔法がないか探索……おし。
「んー。どこにするかな」
せっかく草を抜いたから、その外側にするかな。
テクテクと歩き始めると、二人も興味津々と言った様子で後ろをついてくる。
雑草と土肌の境目まで来たところで、立ち止まり後ろを向く。
「たのしみー」
「いつでもよいぞ。バルトロ殿」
コクリと首を縦に振り、くるりと踵を返す。
イメージしろ。
目を瞑って、軽く体に力を込めるだけで暴力的なまでの魔力が体を奔る。
「オーバードライブマジック。
ドオオオン。
大きな音を立て、巨大な掘が目の前に出現する。
堀の大きさは横百メートル、縦五十メートル、深さ五メートルとやりすぎ過ぎるサイズだ。
マッドウォールは土魔法の中でも基礎に当たり、地面に落とし穴を掘る魔法である。しかし、オーバードライブで極大化したことによりとんでもない威力に昇華した。
思った通りのできなのだが、あまりの魔法の威力に我ながら身震いする。
「もう一丁。オーバードライブマジック。ウォーター」
こちらは水魔法を覚える時、最初に練習する魔法だ。
基礎の基礎ともいえるが、例のごとく凶悪なまでの魔力を注ぎ込むことにより手の平から滝のような水が噴き出す。
見る見るうちに堀へ水が流れ込み、立派な池を形成した。
「あとは、定期的に
「なるほどー。かしこいー」
「素晴らしい発想だな。さすがは賢者」
プリシラとイルゼが手放しに褒めてくれる。
「ねー。くあくあと水浴びしていいー?」
プリシラが水際で両膝をつけてしゃがみ込み、ぶしつけにそんなことをのたまった。
泳ぐのは構わないけど……。
「くあくあって……」
あれだよな。鶏みたいなトサカが付いたロック鳥の名前で間違いない。
あんな巨大生物と水浴びしたら、この辺りが水浸しになってしまうじゃねえか。
せめて土を耕すまで待って欲しいところだ。
「わたしのペットなんだよー」
うん、知ってる。
「脱ごうとするな!」
「えー。服を着たままだとべたべたになっちゃうよー」
「泳いでいいって言ってないじゃないか!」
「ぶー」
「『今は』だ。先に土を掘り返して耕しておきたいんだよ」
「おー。じゃあ、すぐにやろー」
「おうよ」
そうと決まれば、スキとクワを取ってくるとしようかな。
歩き始めるとてくてくと俺の横にプリシラが並ぶ。
おや、イルゼはどうした?
振り向くと彼女は何故か少し頬に朱がさし、指先を震わせていた。
「どうした?」
「と、殿方の前で肌を見せるなど……」
「水浴びだったら普通じゃ?」
「バルトロ殿!」
キッと切れ長の目で睨まれてしまう。
何か怒らせるようなことを言ったっけ?
釈然としないけど、気に障ることを俺がしてしまったのなら謝るべきだよな。
謝罪の意味を込めて頭を下げると、彼女はかぶりを振って真っ直ぐに俺を見つめて来た。
彼女の目は真剣そのものだ。
「こちらこそ、俗世に疎い賢者殿へ失礼をした」
「あ、いや……うん」
「バルトロ―、あとついでにイルゼ―。はやくー」
一人前に進んでしまっていたプリシラが両手を振りぴょんぴょん跳ねる。
「全く……あの魔族は……」
苦笑するイルゼに対し、肩をポンと叩き口元に薄く笑みを浮かべ口を開く。
「あいつもイルゼのことを名前で呼んだんだ。いつまでも悪魔じゃあれだろ?」
「そうだな。先に向こうが折れたのだ。私もいつまでも子供のようにしているわけにはいかないか……」
うむと頷き、イルゼは右脚に力を込めたかと思うと一息でプリシラの横に並ぶ。
俺も彼女のことをイルゼさんと呼ぶのをやめ、イルゼと呼んだんだけど彼女は気が付いてくれたかな? 一応俺なりに親しみを込めたつもりだったんだけど……。
気が付こうが気が付くまいがどっちでもいい。これは俺自身の気持ちの問題だからさ。
「のんびりしていると置いていくぞ。プリシラ」
「えー。負けないぞー」
初めて二人は睨み合わずに言葉を交わしてくれた。
だけどな。
「スキとクワを一番に持つのは俺だ!」
全速力で彼女らの横を追い抜いていく大人げの無い俺であった。
「えー」
「バルトロ殿!」
後ろから彼女達の声が聞こえてくる。
俺はこの時初めて、この二人とも何とかうまくやっていけるんじゃないかと思い始めていた。
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