第6話 とにかく雑草を引き抜きたいんだ
「さっき、魔を感知してとか言っていたけど、近くにいないと来れないよね?」
イルゼは都合よく現れ過ぎたんだよな。
人外のパワーでさっそうと出現したとかでも不思議じゃないんだけど、それならそれで聞いておきたい。
我が身の安全のためにもさ。
「先日、巨大な魔を感知した。故にファロへ転移門を使い移動していたってわけだ」
「転移門……」
有名だけど、一般庶民は使用することができない。
金にものを言わせれば転移門の使用はできる。だけど、三ヶ月分以上の生活費を投入して門を使いたいって者はまずいないんだ。
荷物も手持ち分しか持っていけないから、商人達でさえ利用しようとしない。
「バルトロ殿には必要のないものかもしれぬが、私は転移術が使えないからな」
「あ、うん……全部繋がったよ。ありがとう」
プリシラと対峙して彼女とドンパチした。その際に巨大な魔を感じ取ったイルゼがファロの街周辺を警戒し、張っていたってわけか。
「杞憂だと思ったのだが、念のためにファロに来たのだよ」
「ん?」
「魔と同時に同様の聖の力も関知した。私は魔よりむしろ聖に興味があったってわけさ」
「なるほどな」
「それがバルトロ殿だったというわけだ。貴君の力を持ってすれば魔を滅することも容易いと予想はしていた」
そういやプリシラとバイバイをしてファロに戻った時、神官らが外で並んでいた。
手加減スキルでプリシラと同等まで力を増した俺のことも感知されていたってわけだ。
「だいたい分かったよ。それじゃあ、食事の準備に取り掛かるから、適当にくつろいでいてくれ」
◆◆◆
まさかこんな事態になるとは想像もしていなかった。
料理をしている間にプリシラとイルゼの間でひと悶着あったが、それ以外は特に問題なく夜を迎えるにまでなる。
可愛い女の子に対して鼻の下を伸ばし、あっさりと受け入れたんだろうと思うかもしれない。
事実はまるで異なる。
プリシラを帰らせようと思ったら、帰らせることだってできただろう。しかし、そうなるといつ襲撃してくるか分かったもんじゃない。
なら、懐に入れて彼女のお願いを聞いてあげた風の方が、彼女だって悪い気がしないと思うんだ。
「イルゼさんが留まるのは意外だったけど……」
お堅い騎士もプリシラとの実力が伯仲しているから、いいカウンターになるはず。
アクシデントはあったが、明日から予定通り畑の整備をはじめるとしよう。
あの二人は……俺は考えることをやめた。
◆◆◆
さあて、すがすがしい朝だ。
プリシラに人間の料理がお口に合うか心配だったけど、もぐもぐと幸せいっぱいって感じでパンを頬張っていたから安心した。
体に似合わず彼女はよく食べる。俺と同じくらい食べるんじゃないだろうか。
二人ともおいしそうに食べてくれるから、作り甲斐があるってもんだ。
黙っていたら普通の少女のように見える二人だけど、いざ戦闘モードに入ると……いや、何も言うまい。
右手に草刈鎌。左の肩から大きなズダ袋を引っ提げた完璧な草刈りスタイルで外に出た俺は、一面に広がる雑草へ目をやる。
「雑草ならわたしがー」
「いや、いいから!」
背中から翼を出して浮き上がろうとしたプリシラの頭をむぎゅーと抑え、彼女を制止した。
「バルトロ殿、何をしようと?」
バタバタするプリシラへ冷たい目線を送りながら、イルゼが問いかけて来る。
「畑を作る為にまず雑草を抜き、開墾をしようとね」
「浄化ならお任せを」
「剣でぶった切るとかやめてくれよ」
「そこの知性が足りぬ魔族と同じにしないでもらいたい」
自信ありげに顎を少し上にあげるイルゼであったが、一かけらたりともうまくいくイメージが沸かない。
「むー。わたしだってー」
「待て、待て!」
隙をついて飛び上がろうとしたプリシラを後ろから羽交い絞めにする。
その間にイルゼは両目を瞑り、胸の前で両手を組み祈るようなポーズで集中状態に入った。
神々しい光が彼女から溢れ出し、見る者が見れば地に伏せ拝んでしまいそうな光景が目に映る。
い、嫌な予感しかしねえ。
急ぎ手加減スキルの対象をプリシラからイルゼへ変更。
脳内へ今彼女が何をしようとしているのか、問いかける。
『絶対聖域ザナドゥ
聖魔法:レベル九十八
効果:究極の聖域魔法。不浄なる大地を浄化し、全て更地に戻す』
……。
「その魔法は使ったらダメだ! 何もかもがいなくなってしまう!」
雑草は消え去るだろう。
だけど、土の中に住むミミズさん達まで含め全て「浄化」される。
この魔法は毒の沼地とか瘴気に溢れ生きとし生けるモノが死滅する環境に対して使うのならアリだ。
だけど、農地に向いたこの土地に使えば、不毛の大地に変貌してしまう。
現実は違う。
こいつは、どのような土地であってもゼロにしてしまうとんでも魔法なんだよ!
「オーバードライブ。降臨せよ。絶対聖域ザナドゥ」
ぐ。間に合えよお。
「マキシマムマジック。無に帰せ。
ザナドゥの柔らかな光は深淵から噴き出る黒の染みにかき消された。
ハアハア……。
「すごーい。バルトロー。
「地獄の門が開いたかと……肝が冷えた」
両手を叩いて跳ねるプリシラと愕然と膝を落とすイルゼ。
対称的な二人であったが、俺に彼女らをゆっくり眺めている余裕はない。
「ま、魔法はいいから。普通に雑草をこの手で引き抜く。これが一番なんだ」
中腰になり、むんずと雑草の束を掴む。
軽く力を入れるだけで雑草は根っこから引き抜かれた。
「おー」
プリシラもちょこんと両膝を付けた状態でしゃがみ込み、雑草をひき……掴みすぎだろ。
「そ、それで」
「やったー」
さすが人外。めこめこと土が盛り上がり、あっさりと雑草の束を引き抜いてしまった。
「私も手伝おう」
イルゼがシルクの手袋を外し、その場でしゃがみ込む。
布面積の少ないプリシラはともかく、イルゼは重い鎧をまとっている。
まだ春先とはいえ、日中あれだと蒸すし、鎧に砂が入るとあまりよろしくない。
「イルゼさん、着替えとか準備したほうが」
「そうだな。街まで付き合ってくれるか?」
農作業用の衣類となると、イルゼは何を揃えればいいか想像がつかないか。
「おう」
なので、快く彼女へ応じた。
すると、予想通りというかなんというか、プリシラが俺の腕を引く。
「えー、わたしもー」
「魔族を街に入れるなど!」
「ま、まあまあ」
また喧嘩しそうになった二人を止め、少し待てと彼女らに伝え家の中に入る。
えっと、とりあえずこれでいいか。
俺の作業着であるオーバーオールを一着に麦わら帽子を二つ引っ張り出して、彼女らの元へ戻った。
「とりあえず、今日のところはこれで」
ポンと麦わら帽子をプリシラに被せる。
お、案外似合うじゃないか。薄紫の髪が風でなびき、麦わら帽子姿が絵になる。
「感謝する。鎧を脱いでくる」
イルゼはオーバーオールを手に持ち、着替えに向かった。
「よっし、雑草を抜くぜ!」
「おー!」
片腕をあげ気合を入れると、プリシラも両手を広げバンザイのポーズで後に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます