第29話 細かいことは気にしたらダメなのだよ

 ピピンを家に残し、グレンとしばし農場を見て回る。

 イルゼはピピンと共にお留守番。プリシラはクアクアと遊びに出かけた。

 

 俺とグレンが戻る頃には日が暮れ始めていて、中に入るといい香りが鼻孔をくすぐる。


「ただいまー」

「バルトロ殿。ピピンが食事を作ってくれたぞ」

「おう、そいつはありがたい」


 ピピンは我が畑で採れた食材に戸惑いながらも包丁を振ったそうだ。

 途中、メロンに指を食いちぎられそうになったが、イルゼが助けてくれたとのこと。

 

 うん、気をつけないと危ないからな。うちの食材は生きが良いのだ。ははは。


「おかえりー」

「おう。ん?」


 プリシラの方が俺とグレンより先に帰って来てたのか。

 しかし、彼女がゴロゴロしている下に敷いてあるラグが気になる。

 こんなの置いた覚えがないんだが……。

 

「んー?」


 プリシラがペタンと座り不思議そうに首を傾ける。


「あ、いや。プリシラじゃあなく、その下にあるものを見てんだよ」

「あー。これはねー。ピピンがお土産だってー」

「こんな大きなものを持ってたっけか……?」


 ピピンは俺と会ってから家に来るまでずっとビクビクしていてまともに歩く姿を見ていない。

 結構な時間、彼女を姫抱きしていたけど大きな荷物を持っていたかなあ……それほど大きくないリュックなら背負っていた気もする……。

 

「それはピピンがここに来てから作ったものだ。見事なモノだったぞ彼女の手技は」

「たった数時間で作っちゃったのか。素材は倉庫の物を使ったのか?」

「その通りだ。使っていいかピピンに聞かれたが、特に問題ないと思い許可を出しておいた」

「おう。倉庫の物は『使うかもしれない』在庫だから」


 その場でしゃがみ込み、ピピン作のラグを手のひらで撫でる。

 乾燥させた蔓を編み込み、柔らかくなるように中に藁を詰め込んでいるようだな。驚いたことに編むだけじゃなく、ちゃんとデザインまで描かれている。

 色違いの藁を匠に組み合わせて……なんだろうけど、彼女、絵を描くのは苦手なようだな。

 

 この絵は何だろうか。崩れた図形に見えるんだけど……。

 

「ピピン、ありがとうな。ラグ(熊の毛皮)が破壊された後、そのまんまだったから」


 ピピンに声をかけた時、ちょうど調理を終えたピピンが皿に手料理を乗せているところだった。

 彼女は顔をあげ、ここに来てから初めて俺に笑顔を見せる。

 

「少しでもお役に立とうと……あんまりな出来ですいません」

「いやいや、プリシラも気に入ってるみたいだし。実用性抜群だと思う」

「よかったです!」


 作りはしっかりしていて、ちゃんとクッションも効いているしここでそのまま寝ることだってできそうだ。

 デザイン以外は完璧だと思う。

 

「ねーねー。これ何が描いているのー?」


 こら、プリシラ。そこは突っ込んじゃいけないところだぞ。

 

「え、あ、あの……それは魔法陣といいますか五芒星といいますか……」

「そうなんだー」


 幸いプリシラがこれ以上ピピンへ喰いつくことはなかった。

 要は魔法陣みたいな幾何学模様を描こうとして失敗したってことだよな。うん。

 

「ま、まあ食べようぜ。な、グレン」

「おう」


 グレンを巻き込み、ピピンが料理を盛ってくれた皿をテーブルに運ぶ。

 

「教官……」

「あのラグ。本当にいいものだって!」


 ピピンへ目配せし、料理をどんどん皿に盛ってくれと促す。

 イルゼは机を布で拭き、プリシラは足りない分の椅子を倉庫から引っ張り出して来る。

 

 ◇◇◇

 

「ふう。食った食った。ピピンは縫製だけじゃなく料理の才能もあるな」

「俺もそう思うぜ」


 腹を撫で満足そうにしているグレン。


「あ、ありがとうございます」

「ピピン、相談がある」


 急にかしこまったイルゼがピピンの前に立ち、彼女を見下ろす。

 

「なんでしょうか……?」


 イルゼの鬼気迫る表情に気圧されたピピンの額から一筋の冷や汗が流れ出た。

 

「ここでシェフとして雇われてくれないか?」

「い、いえ……ここでは……ちょっと……それに自分は冒険者ですし」

「そ、そうか。すまないな。変なことを言って」


 イルゼは残念そうに自分の席に座る。

 気持ちは分からんでもない。でも、ピピンは何故だか分からないが俺の素敵な農場を怖がっているんだよな。

 さすがにお外に出るのが怖い状態だと、ここで暮らすのは彼女にとって何ら楽しくはないだろう。

 

 しかし、ここまでの見事な手際……彼女は家事系のスキル持ちかもしれん。

 冒険者としてじゃなく、職人とかシェフとかになればよかったんじゃあ……と思ったが、彼女が選んだ道に口を挟むのは野暮ってもんだ。

 俺だって何を言われようが冒険者をやって来たわけだし。彼女が冒険者に拘る気持ちも分からなくはない。

 

「『雑草だー』とかのバルトロが作るよりおいしいもんー」

「『雑草だー』なんてやってねえし!」

「いつも飲んでるじゃないー?」

「あれは飲み物であって、俺の手料理とは別だろ?」

「えー」


 そこまで言うならプリシラが作ってみろよ。

 微妙な言い争いになってきたところで、イルゼがコホンとワザとらしい咳をしてこの場を鎮める。

 

「それではこれより後片付けを実施する」


 イルゼが厳かに告げた。

 

 ◇◇◇

 

「それじゃあ、ここからはここからは野郎グループと女子グループに分かれるとしようか」


 後片付けを終えた後、こんなことをのたまいグレンと共に屋根裏に登る。

 天窓から空を眺めながら、グレンと二人、エールを片手に乾杯をした。

 

「いやあ、ほんと驚いたぜ。でも、ま、これはこれでアリじゃねえか」

「そうか。また来てくれよ」

「おう、近くまた来るぜ」


 そこで言葉を切り、お互いにエールをぐびぐびと飲む。

 お互いの近況を少しだけ伝えあったけど、すぐに話は農場のことへ移る。

 俺のことは言うまでもないけど、グレンも結構農場好きなんだよ。

 

「お前さんの農場は世界に類を見ないと思うぜ」

「それはまた嬉しいことを」


 害虫とか害獣までいるからなあ。

 そこが変わったところかもしれない。

 だけど、グレンの意図は俺とは違うところにあった。

 

「例えば……リンボクとツリーピングバインがこんな短い距離で共存しているなんて類を見ねえぞ」

「そうなのか。確か、リンボクは聖域に自生するとか言ってたよな」

「おう、そうだ。ツリーピングバインは逆だ。腐海って知ってるか?」

「話だけは聞いたことが……何やら闇属性が強く毒々しい地域とか」

「そんなところだ。聖と闇が共存してんだよ。お前さんの農場」

「な、なるほど……」


 プリシラとイルゼの発するオーラが原因かもしれんな。

 彼女らが植えた種がきっかけでリンゴもどきとスモモが生まれてきたわけだし……。

 

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