第28話 抱っこでお願いします
寄ってくる蔦の化け物……じゃあなくてツリーピングバインを優しくあっちへ行ってもらいながらテクテクと家に向かう。
時折、手に激しく力が籠るピピンがふと呟く。
「果樹園とここは違うんですか? さっき、教官はあのばけ……ツリーピングバインから果実が取れるって言ってませんでした?」
「果樹園を見たいのか! よし、じゃあ先に案内しようじゃないか」
「え、え……」
「ええい、まどろっこしい」
そうかそうか。
ピピンを抱え上げ、グレンに目配せする。
「どっちでもいいぜ」
「先に見に行こう。チラッとだけな」
「おう」
「……の前に、魔法をかけてもいいか?」
「任せる」
本当はチラッと言わずじっくりと見ていたいところなんだけど、手加減スキルの制限上それはできない。
あと二十分ちょっとってところだからな。手加減スキルが切れるまでに。
現在、プリシラが手加減スキルの対象になっているから身体能力強化の魔法が使えるのだ。
「オーバードライブマジック。かの者の力を増せ。アルティメットエンハンス」
黄緑色の光がグレンを包み込み、彼の体がぼんやりとした淡い光を放つ緑のオーラに包まれた。
「初めて見る魔法だな」
「ソロっと動き始めてくれ。そいつは……身体能力を十倍以上に跳ね上げる」
「とんでもねえ魔法だな……。だが」
グレンはニヤリと口角を上げ、言葉を続ける。
「面白そうだ」
ホント我が友人ながら、この順応力には頭が下がるよ。
じゃあ、行こうかと思ったところで俺の胸の辺りを揺さぶる手が。
ピピンだな。
「教官?」
彼女は少し頬を赤らめながら、俺の名を呼ぶ。
「ん?」
「あ、あの、この格好、少し恥ずかしいんですけど……」
「これが一番安全だ。背負うと後ろから何か来たら……後は分かるな?」
「は、はい! このままでお願いします」
分かればよろしい。
急に顔が青ざめたけど、そこまで怖がることじゃあないと思うんだけどな……。
◇◇◇
「ため池というより、湖だな。この大きさだと」
「もうちょっと小さくてもいいと思ったけど、土地に余裕があったからさ」
「まあ、大きいにこしたことはねえな。枯れてしまうよりは遥かにいいぜ」
ガハハハハとグレンが笑う。
「あ、あの……」
「どうした?」
せっかく抱っこの姿勢から降ろしてやったというのに、ピピンは俺の背にぴたーっと張り付いたまま首をブルブルと振っている。
「高いところがダメか?」
「い、いえ……そこじゃあないです!」
そうなのか。
ピピンは余り樹上に登ることなんて無さそうだから、高いところが怖いのかと思った。
果樹園に到着した俺たちは、眺めがよいところってことで緑色の幹がどどーんと十メートルくらい伸びた木というより巨大な草の枝から下を見下ろしている。
果樹園は今俺たちが枝の上に立っているような木とも草とも見分けが難しい植物が林立しているんだ。
この植物はメロンに似た果実をつける。とろけるような甘さが美味なので、いくつかもいで帰るかな。
ポンと幹を叩き、ふと思い立つ。
もしかしたら、グレンならこいつが何か分かるかもしれない。
「グレン、この植物が何か分かる?」
「こいつは聖域に群生する『リンボク』だと思うぜ。シダの一種だ」
「さすが、詳しいな!」
「そこじゃないですってばああ!」
グレンの博識ぶりに感心していたら、ピピンが口を挟んできた。
「ん、さっきからどうしたんだ?」
「あれ、アレが見えないんですか?」
「あ、ああ。アレは害獣だ。大事なメロンを餌にしてやがる虫を食べにくるんだわ」
甘い果実には虫や鳥がよってくるもんだ。
食べきれないほどの量の果実ができるから、半ば放置しているけど気分のいいものではない。
メロンにはキラーバタフライ(レベル十八)というアゲハ蝶みたいな虫と、グリーンワーム(レベル十二)という黄緑色のいもむしがたかる。
こいつらを狙って、グレーターバッド(レベル三十五)という鉢のような黄色と黒の縞模様をしたコウモリが現れるのだ。
「レ、レベルが……」
「大丈夫だ。あいつらはメロンにしか興味がないからな」
「こ、こっちきてますってええ!」
ペシンとコウモリを打ち払うと、地面に落ちた。
「俺がメロンを取ろうとしたからだな。うん」
「メロンを狙うのは虫じゃなかったんですかああ」
「細かいことはいいんだよ。メロンはうまいぞお」
シュタッと隣の枝に飛び乗り、メロンをもぎ取る。
メロンを鼻に近づけるとあまーい香りが鼻孔をくすぐった。
うまそうだ。
『くああああああああ!』
その時、耳をつんざくような咆哮が聞こえてくる。
クアクアだな。
ため池に目をやると、ちょうどクアクアが上空から降りて来て着水したところだった。
彼の頭の上にはプリシラがまたがっている。
「おー、バルトロ―」
にぱあと満面の笑みを浮かべて、プリシラが両手をブンブンと振る。
丁度良かった。
彼女が視界に入ったことで、手加減スキルの効果時間もリセットされたぜ。
枝を渡りメロンを三つ懐に納めたところで、元いた場所に戻る。
ピピンは口が開きっぱなしで硬直していた。
一方でグレンは腕を組み眉をひそめている。
「バルトロ、あの巨鳥はどっかでみたことある気がする」
「その通りだ。グレン。俺たちは一度あの鳥に襲われたことがある」
「あの時の鳥か! アレを手懐けたのか。すげえな!」
「あいつも接してみると悪い奴じゃあなかったよ」
「そうかそうか! ガハハハハ」
「メロンを取ってきた。一旦家に戻ろう」
「おう」
ピピンを抱きかかえ、俺たちは今度こそ自宅に戻ることにしたのだった。
◇◇◇
家に戻るとイルゼが扉を開けてくれて、紅茶まで入れてくれたんだ。
「紅茶か。お前さんの家で紅茶なんて珍しいな」
紅茶を一口飲んだグレンが素朴な感想を述べる。
「やっぱり、雑草ブレンドティーだよな」
「あれはおいしくないって何度言ったら分かるんだ?」
そんな嫌そうな顔をしなくても……。
あと、イルゼ!
全力で頷くんじゃねえ。
彼女は俺と一か月も一緒に暮らしていながら、雑草ブレンドティーが無くしては、朝が始まらないほど重要な飲み物ってことを分かっていないのか……。
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