第10話 破壊は突然に
あれから二日が経つ。
プリシラが二度、イルゼが一度暴走した以外は極めて順調だ。
そして、ついに!
「うおおお、芽が出てる!」
キラキラした朝日が畑に当たり、神々しいまでの緑がポツポツと土からひょっこり顔を出しているではないか!
俺の植えたところだけまだってのが少し残念だけど、まさかこんな短期間でここまで来るとは夢にも思わなかった。
手加減スキル様様だよな。ははは。
現金なものであれほど追い出したくて仕方が無かった二人も悪くないなと思ってくる。
そうだよそうだよ。
プリシラはビスクドールのように可憐で愛らしい少女だし、イルゼは凛とした近寄りがたさを持つけど女神像のように整い過ぎた容姿の裏返しだから。
ついでにおっぱいも大きい。
いや、特に彼女らといちゃつこうとかそんなつもりは毛頭ないんだけどな。
黙って座っているだけなら大歓迎だけどさ。
「えへへー」
「こら!」
ほら、始まったよ。
あの二人、距離が縮まったのはいいんだけど……。
友達同士でやるような「軽い」ちょっかいの掛け合いをよくするようになったんだ。
こ、こうしちゃおれん。
修復した扉を開け、家の中に。
あ。
考えるより、先に動け。
でないと、死ぬ。
どっちだ。どっちに行けばいい?
ダメだ。考えている暇はない。
両の拳を胸の前で打ち合わせ、目を瞑る。
「発動せよ。『手加減』スキル」
対象はプリシラ。君に決めた。
手加減スキルが発動したところでようやくふうと息を付き、二人の様子を窺う。
真正面にプリシラが背を向けて翼を出した状態で少し浮かんでいる。
一方でイルゼは額に手を当て、首を振っていた。
「おー、バルトロ―。きいてきいてー」
「こ、こら!」
「イルゼったらねー」
焦るイルゼは彼女にしては珍しくわたわたと大げさに手を振り――。
手のひらから閃光が発射された。
「きゃー」
嬉しそうに笑いながら、プリシラが宙に浮きひらりと閃光を躱す。
「え、あ、ちょ」
読みを間違えた。
今からでは対象をイルゼに変更するには間に合わない。
魔法を撃って相殺するには非常に繊細な力加減が要求される。元々自分の力ではない俺にとってこれは難し過ぎるってもんだ。
ってええ。考えている間に、あ、当たる!
人外の力で右へ動き、閃光をやり過ごす。
――ドオオオオン!
背後から派手な音が響き渡った。
「あ、ああああ……」
そう、俺の後ろには扉がある。
修繕したばかりなのにいいい!
ガクリと膝を落とし、頭を抱える俺であった。
あくまで彼女らにとっては「軽く」なんだけど、一般人からしたら大災害だよ!
ちょっかいの掛け合いで家を大破させるレベルの魔法を撃ちこむとかありえねえ。
「す、すまぬ。バルトロ殿」
イルゼが俺の前に立ち訓練に訓練を重ねた完璧な礼をする。
「よしよしー」
「頭は撫でなくていいから……」
「んー。じゃあ、わたしが扉をつくるー」
「え? できるの?」
「まかせてー。工作は得意なんだー」
「お、おお!」
意外や意外。
破壊の権化がクリエイトもできるとは、これ如何に。
「ほお。そんな魔法があるのか」
イルゼも俺と同じで興味深げにプリシラに問いかけた。
「ううんー。わたしがつくるのー」
「手で?」
「うん、この手でー」
胸の前でギュッと腕を寄せてにへえとした笑みを浮かべるプリシラ。
「ちょっと待ってて―」
そう言い残してプリシラは空へと飛び立っていった。
◆◆◆
「バルトロ殿」
「どうした?」
俺の用意した特製ブレンド雑草を煎じたカップを傾けたイルゼが顔をあげる。
そして、彼女は無表情に一言呟く。
「苦い」
「そうか」
しばらく無言の時が過ぎ、ずずずずとブレンド雑草を飲む。
「苦い」
「そうか」
跡形もなく消し飛んでしまったかつて扉があった場所から風がひゅーと吹き込んできた。
「おまたせー!」
さてもう一杯飲むかとイルゼに目配せし、切れ長の秀麗な眉をひそめられたところでプリシラの元気な声が聞こえてくる。
「うへえ……」
思わずカエルの潰れたような声を出してしまった。
小柄な体で両手を上に伸ばし、手のひらの上に扉を乗せているプリシラ。
見た感じあの扉は重量がありそうだけど、彼女の腕に力が入っている様子はない。さすがのレベル百オーバーである。
それはともかく、扉だよ扉。
サイズ自体は我が家の枠にピッタリなんだけど……。
「なかなかな物ではないか」
イルゼが感嘆の声をあげ、腕を組み「うむ」と頷く。
「え……?」
「でしょでしょー。がんばったんだからー」
俺の感覚がおかしいのか?
しかし、一生懸命作ってくれた手前、投げ捨てるわけにもいかないよな……。
たぶん高貴な出であるイルゼが褒めているんだ。悪いデザインじゃあないはず。
でも、だが、しかし。
俺の家には余りに似つかわしくないと思うんだ。
「そ、その赤いのはなんだろう……?」
扉の丁度目線に当たる高さに二つのルビーのような宝石が取り付けられている。
大きさは俺の拳くらい。
もし宝石だとしたら結構な値が張ると思う。
「これはー。バジリスクの目だよー」
「せ、石化しないだろうな?」
バジリスクと言えば、砂漠に住むS級モンスターだ。
飛竜や土龍といった龍の亜種の中でも上位に位置付けられていた。
爪や尻尾の一撃もさることながら、バジリスクの最大の脅威は瞳である。
一たび睨まれると常人ではなすすべもなく石化してしまう。熟練冒険者でも余程の耐性が無い限りレジストできず命を落とす。
確かにバジリスクの瞳は血のような赤色だと聞く……。
「じゃ、じゃあ。その骨を組み合わせた扉自体も」
「ううんー。バジリスクとお、ちょうど砂に埋まっていた土龍も追加したのー」
「そ、そうか……」
てへへーと照れるプリシラだったけど、見た目とやったことの内容が乖離し過ぎだろ!
ピクニック感覚でS級モンスターを二体も倒してきて……その骨で扉を作るとか規格外にもほどがある。
もうお分かりだろうが、プリシラの制作した扉は骨で出来ていた。
中央にヤギと人の中間のような邪悪な顔が描かれ、見るだけで呪われそうな意匠が凝らされている。
顔の目に当たる部分がバジリスクの瞳ってわけだ。
まるで魔境への入り口だと言わんばかりの極悪な骨の扉。
一体どんなセンスをしたらこんなものが作れるのだろうか……。
「イルゼ。本当にこれが良い物だと思うのか……」
「私と性質は真逆だが、魔族とはこのようなものなのだろう?」
「ちがうよー。バルトロは男の子だから、男の子の好きそうなデザインにしたんだよー」
「えっと……」
口を挟むプリシラに苦笑いしつつも、彼女から扉を受け取り――。
「よっこいせっと」
取り付ける俺であった。
ま、まあ。
俺たち以外に来るとしたらグインくらいだし、良しとしようじゃないか。
これでも雨風は防げるからな。
扉を開閉させ大丈夫だなと判断したところで、踵を返し二人へ目を向ける。
「プリシラ、イルゼ。一つ伝えなければならないことがある」
「どうした?」
「なになにー?」
俺はこれから二人に重大な事実を伝えねばならない。
ゴクリと生唾を飲み込み、彼女らに言葉を続ける。
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