第11話 大事なことだから二度

「いいか、落ち着いて聞いてくれ。大事なことだ」


 そう前置きして、お気に入りの雑草ブレンドティーをカップに注ぐ。

 あからさまに目を逸らすイルゼのことなど気にもせず、ちゃんと三人分のブレンドティーを準備した。

 

「にがーい」

「こら、その場でだらだらするんじゃねえ」


 ちゃんと飲めよ全く……。

 雑草と便宜上呼称してはいるが、草の種類には拘っているんだぞ。

 イルゼは口をつけようともしないし。

 

「さて、喉も潤ったところで、話を戻すぞ」

「うんー」


 二人の顔を交互に見つめ、言葉を続ける。

 

「一言で言うと、金が足りない。だから、一仕事してこなきゃなんないんだよ」


 元々一人で暮らすつもりだったところに、二人の居候が来たわけだ。

 であるからして、食費が三人分かかる。

 今すぐに金が不足するってわけじゃあないけど、収穫の時期まで考えたら心もとない。

 

「仕事って何をするのー?」

「こう見えて、俺は元冒険者なんだよ。だから、ファロの冒険者ギルドで依頼をこなそうと思ってな」

「たのしそー」

「そ、そうか……」


 お留守番をしていてくれてもいいんだぞ。

 と思ったが……ここにプリシラを放置していたら戻った時に何もかもが更地になっているかもしれん。

 いや、更地ならまだマシな方か。

 毒々しい瘴気溢れる土地になっている可能性だって……いやいや、さすがにそれは無いよな?

 

 心の中で戦慄していると、押し黙っていたイルゼが顔をこちらに向ける。


「金銭なら、私が何とかできるが」

「いや、つまらない考えかもしれないけど、俺の城は俺が自分でなんとかしたいんだ」

「私にはよく分からないが、男の甲斐性ってやつか?」


 ズレてる。ズレてるよ。イルゼ……。


「経緯はどうであれ君達二人は俺の『手伝い』をしてくれている。だから、二人にお金を出してもらおうとは思っていないんだよ」

「ふむ。そう言うことなら仕方ないか」

「おう。気にしないでくれ。なあに、少し大きめの依頼を一回こなせば事足りる」

「分かった。なら、向かおうか。ファロに」


 あ、え?

 すぐに身支度をはじめてしまうイルゼ。

 ひょっとしても何も彼女は俺と一緒にギルドの依頼をこなすつもりなんだろうか?

 一応聖騎士だよな、彼女……。いいのかそれで。

 

 あ、そうか。

 

「服を買うとか言っていたよな。ファロまで一緒に行って後から合流ってことでいいか?」

「何を言っているのだ。バルトロ殿。やるからには共に行こうではないか」


 ですよねー。


「わーい。みんなでいこー」

「プリシラ、一緒に行くのはやぶさかではないが……」


 プリシラは連れて行かねばこの地が魔境になってしまうからな。

 彼女を連れて行くことに反対はしない。

 それにしてもイルゼも変わったなあ。

 初日は「魔族を街に入れるなぞ!」ってすごい剣幕だったのに、今では一緒に街へ行こうとまで思っているのだから。

 うんうんと俺が頷いている間にも二人の会話は進む。

 

「んー。なにー?」

「その角とか尻尾とか目立つぞ……」


 ファロの街にはエルフやドワーフ、獣人はいるが、魔族はいない。

 

「角は問題ないのではないか? 山羊の獣人とでも言えばよかろう」

 

 イルゼはそう言いながら、プリシラの頭に手を伸ばす。


「う、あっ。んんっ」

「どうした? 変な声を出して」

「つ、角を掴んじゃ……あ、うう」

「角が苦手なのか。ふふふ」

「も、もう……イルゼのいじわるうう、っつ、うう」

 

 この反応はあかんやつやで!

 プリシラの息が荒くなってきたところで、俺はイルゼの腕をむんずと掴みプリシラの角から手を離させた。

 

 ◆◆◆

 

 このあとひと悶着あったが、何も見なかったことにして外に出る。

 イルゼに手加減スキルを発動している状態だから、このまま走ってもすぐにファロの街まで行くことができるだろう。

 

「ま、でも。ゆっくりと行くか」


 せっかくの陽気でぽかぽかと丁度いい天気だし、散歩しながらも悪くない。

 

 畑を抜けたところで、前をてくてく歩いていたプリシラが立ち止まり口に人差し指と親指を突っ込んだ。

 

 ――ぴゅー。

 力一杯に息を吐きだしたからか、プリシラの口笛は遠くまで響く。

 

「ん、お、うおおお」


 でっかい鳥がこっちにやって来るじゃあないか。

 あの特徴的な赤色のトサカを忘れはしない。あの時出会ったロック鳥だ。


「くあくあー」


 プリシラがバンザイのポーズでぴょんぴょん飛び跳ねると、それに応じるかのようにロック鳥のくあくあが「くええ」と鳴く。

 

「これから街に行くって言ってんだろ。どうすんだよ!」


 俺の力の限りの突っ込みに、プリシラは満面の笑顔でくるりとその場で楽しそうにぐっと胸の前で両手を握りしめた。

 

「くあくあなら三人乗っても大丈夫だよー」


 いやいやいやいや。

 待て待て。

 ロック鳥で街の近くまで行ったら、街は大混乱、兵士の皆さんは悲壮な顔で防衛に当たらねばならなくなるだろう。


「プリシラ。人の街は魔族の街とは異なるのだ」

「んー」


 お、イルゼが呆れたように額に手をあてため息をつく。

 

「このような巨体を誇るペットを預けておける場所はない」

「じゃあ、仕方ないかあー」

 

 なんかズレてる。ズレてるってイルゼ……。

 でも、結果が良ければそれでいい。ロック鳥を持ち込まずに済みそうだ。


「もう一つ注意点がある」

「なになにー?」


 こうしてみると姉妹みたいだな。

 お姉さんのイルゼがよく分かっていない妹のプリシラへ優しくおせっかいに言い聞かせているように見える。

 

「魔の気配を抑えろ。私のように魔を感知できる者は街に多数いるからな」

「そうなのー?」

「目立つことは避けた方がいいだろう。でないとゆっくりと買い物もできなくなるぞ」

「わかったよー」


 いいねいいね。

 プリシラは尻尾も隠しているし、背中の翼は出し入れ自由。これで気配も絶つことができれば、普通に街を歩くことができるだろう。

 

「バルトロ殿。変な顔をしている場合ではないぞ。貴君もだ」

「え?」


 突然話を振られたものだから、返事をするものの口が開いたままになってしまった。

 

「貴君は聖と魔どちらも使いこなす。気配を抑えておいた方がいい。私はこれまで聖魔使いこなす者を見たことが無いからな」

「あ、そうだな」


 今はイルゼを対象に手加減スキルを発動しているから、俺の属性は魔に傾いている。

 手加減スキルを解除さえすれば、俺はただの一般人になるんだけど……命の危機がいつ訪れるか分からないし、街で何かあった場合、被害を食い止めることだってできなくなる。

 なので、プリシラかイルゼのどちらかを手加減スキルの対象にしておく必要があるってわけだ。

 

 んー。何か便利な魔法や技術はないものか。

 脳内に問いかけるとすぐに該当する魔法が分かる。

 対象をイルゼからプリシラに変更し再度脳内調査を行ったところ、こちらも大丈夫だった。

 

 よし、これなら問題あるまい。

 「レベル偽装」の魔法を自分にかけ、イルゼへ目を向ける。

 

「ふむ。それなら問題ないだろう」

「おう!」


 お互いに頷きあったところで、いつの間にか先に進んでしまっていたプリシラがこちらに振り返った。

 

「はやくいこー」

 

 彼女は俺たちに向けて両手を振る。

 よし、ファロの街へいざ行かん。

 イルゼと俺も歩き始めたのだった。

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