第39話 こけええええ

 どこかで見た事のある仕草だな……この異常性……。

 

「教官、逃げてください!」


 元の姿勢に戻り、ピピンが真に迫った声で叫ぶ。

 まさか……。

 

「ピ、ピピンなのか」

「す、少しの間しか保てません。は、はやく……」


 何かに乗っ取られようとしているのか。

 いや、乗っ取られたけど抵抗している? 彼女の体の主導権は既に彼女自身には無い……のか。

 でも、彼女をこのままにして逃げるなんてできるわけねえだろ!

 

「ピピン! 絶対に君を助ける!」


 しかし、俺の言葉も虚しく、ピピンの目が虚ろになってしまう。

 

「本当にしなくていいのですか? この娘自身もあなたにならと思っているようですが?」

「もう、もにゅんさせても俺は動じないぞ。彼女を開放しろ……アーバイン!」


 ピピンの中にいる存在……こいつしかいねえ。

 滅ぼしたと思っていたが、まさかピピンに憑依していたとは。


「アヒャヒャヒャ。よく分かりましたね。愉快、これは愉快」

「アーバイン!」


 ピピンの中に入ったアーバインを睨みつける。

 対するピピンは腰に片手を当て足を奇妙に開いた態勢で俺を下から見上げる。

 彼女の額が俺の顎にくっつきそうな、怖気を誘う動きだ。

 

「バルトおおおメおおお君。いいかね。私には崇高な定めがあるのだ」

 

 恍惚とした表情で熱い吐息を吐くアーバイン。

 彼女の頬が上気し、太ももと腰のあたりが小刻みに揺れる。

 

 相も変わらずこいつは強烈過ぎる……。

 どうやって、こいつをピピンの体からはぎ取ればいい?

 逡巡する俺をよそにアーバインは芝居がかった仕草で朗々と語り続ける。

 

「儀式……いや、神の名の元に、私は、導かれ、達するのだ。神の世界を、我が元に、いや、我が元ではない!」


 彼女は感極まったように目じりに涙をため、自分で自分の体を抱きしめるように身震いした。

 

「天だ。天が降りて来る。降臨! そう、降臨だとも!」

「お前が『降ろした』変なゴーレムは滅したぞ」

「アレは鏑矢だったのです! あれこそ導きだったのです! 片鱗、あれこそ片鱗。確定された未来への!」


 だ、ダメだ。

 やはりこいつとは話にならねえ。

 それに、ピピンの体で興奮するもんだから、もう見てられない……。彼女が可哀そう過ぎる。

 アーバインは昂り過ぎて立っていられなくなったようで、膝を落とし口から涎を垂らしてた。


「彼女はお前の野望に関係がないだろ」

「あります。ありますともおおお。私もこの体も『呼び水』なのですから!」

「だったら何故、俺をここに連れて来た。お前なんだろ、俺をここへ転移させたのは」


 アーバインにとって、俺をここに呼び込むことは獅子身中の虫で間違いない。

 彼は俺の実力をプリシラやイルゼに並ぶものだと勘違いしている。ずっと手加減スキルが発動している状態だったからな。

 だからこそ、俺をここへ呼ぶ理由がないんだ。

 自分の儀式なるものを邪魔される可能性が欠片ほどもあるなら、一人で事を運ぶのがセオリーだろ。


「彼女がバルトおおおメおおお君。君のことを愛してやまなかったからだあああああ」

「え」

「……なんてええねえええ。嘘ではないが、それだけじゃあああ君をここへ呼ぶことなんてしないともおお」

「だったら何なんだよ!」

「君や君の下僕二人が此度の聖なる儀式に貢献してくれたからじゃああないか。君も分かっているだろう!」


 分からねえよ!

 なんて突っ込んでも意味がないことはさすがの俺でも理解している。

 

 会話を続けたら何らかの隙を見つけることができるかもしれないと思ったが、頭痛が痛く(文字通り)なるだけで明確な何かを見つけることはできなかった。

 俺の方はもう悠長にしている時間が幾何も無いぞ。

 そろそろ動かねえと、まずい。

 

 そうなんだ。手加減スキルの効果時間が……もういつ途切れてもおかしくない。

 ここは一旦引いて、プリシラを探すか。

 いや、ここにいるのは俺とアーバインだけじゃねえか。

 第三者がいないなら、問題ない。

 俺の安全性は確保できる。

 

 両の拳を胸の前で打ち合わせ、目を瞑る。

 対象はアーバインだ。

 

 いつもの手加減スキルの発動のセリフを呟こうとし、口を噤む。

 

『こけこっこー!』


 鶏がいた。

 鶏だ。

 まごうことなく鶏だ。

 

 だけど、こいつは見た目こそ鶏だが、内包する力が規格外だぞ。

 気配から察するに、俺に対する敵意はない。対称的にアーバインへ向け激しく首を振り威嚇しているではないか。

 

「ま、まさか。クアクアか?」

『こけええ!』


 分かった。分かったから目を見開いて激しく首を振らないでくれ。狂気しか感じえねえ。

 突然の鶏の登場に驚いたけど、こいつはクアクアな……んだよな。たぶん。きっと。

 プリシラが猫に変化したように、クアクアも鶏モードってのがあるのかもしれん。

 

「ペットじゃなく主人がいりゃあなあ……」


 ぼやいても仕方ねえ。

 クアクアよりは目の前のアーバインに対し手加減スキルをかけた方がよいだろ。

 じゃあ、改めて。

 量の拳を胸の前で打ち合わせ――。

 

「ぬあああ」

「あははー。驚いたー?」

「首が、首が……しま」

『こけえ!』

 

 後ろから密着されぎゅーっと首に手を回されているから、相手の顔は見えない。

 だけど、この声とぺったんこな感触はプリシラに違いない。

 

 なら……。

 

「発動せよ。『手加減』スキル」


 プリシラの腕が緩んだところでクルリと態勢を変え彼女と目を合わせ……ることはできず彼女の頬っぺたに俺の口がぶつかってしまった。

 だけど、発動には問題ない。一応彼女の顔が視界に入っているからな。

 

『こけこっこー!』


 俺とプリシラが喋っている間にもクアクアはアーバインを警戒し、咆哮……ではなく鳴き声をあげた。

 一方でアーバインと言えば……自分の言葉に酔っているようで恍惚とした表情のまま、こちらに何かしてこようという様子はない。

 

 もうこのまま帰っていいかな……いや、ダメだろ!

 現実逃避をしている場合じゃない。

 ピピンにとりついた? アーバインを放置しているわけにはいかねえ。彼女を助け出さないと。

 

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