第40話 拘束

「何してたのー?」

「んー、なんといえばいいか……」


 意識をアーバインから離さず、鶏なクアクアと戯れようとしたプリシラの腕を掴む。


「くあくあー」

「アーバインに警戒してくれてるんだから、遊ぶのは後でな」

「ぶー」


 俺の説得に一応耳を傾けてくれた彼女はぷくーと膨れながらも、クアクアの元へ行くことをやめてくれた。

 その代わりといってはなんだが、ふわりと浮かび上がる。

 

「……で、そこかよ」

「えへへー」

「ま、まあいいけど……」


 プリシラは俺の肩に両ふとももを乗せ、片手を俺の頭にもう一方の手を上にあげた。

 しゃねえな。これで大人しくなってくれるならまあいいか。

 苦笑しつつも彼女の太ももに手を添える。肩車をするなんて初めての経験だよ。こういうのは将来自分に子供ができたらやるもんだと思っていた。

 

「ねーねー」

「ん?」


 今度は何だ。

 一応、目の前にアーバインって敵がいるんだが……。彼女はほんと天真爛漫でどんな場所でも楽しそうだな。

 

「ピピン、何だか苦しそう。顔が真っ赤で」

「見ちゃいけません!」

「えー。バルトロはさっきからじーっと見てるじゃないー」

「俺は監視しなきゃならないから見てるんだ」

「じゃあ、わたしもー」

「だから、見ちゃいけません! クアクアのトサカでも見ていたまえ」


 ピピンに憑依したアーバインが、そのだな。一人で盛り上がってしまって……ちょっとお子様禁止な感じになっているんだよ。

 お色気要素もあるんだけど……なんというかこうトリップしちゃってるヤバい感が激しい。

 こっちに手を出してこないのはいいんだけど、俺もどうやってこいつに対処するかなかなか考えが浮かばないでいる。


「アヒャヒャ……。素晴らしい……理想の世界が、開ける……いや、開くのではない。元からそこに在るものが戻るだけだとも!」


 うわあ……アーバインがうわごとのように何かつぶやいている。

 無防備の今ならいつでも切り捨てることができそうだけど、俺の目的はピピンを救い出すこと。

 彼女を傷つけるわけにはいかない。

 現状、手詰まりだ。どうすればアーバインの憑依からピピンを開放できるのか、皆目見当がつかない。

 

「どうしたのー? ピピンをずっと見てるだけなのー?」

「あ、いや。どうしたもんかと思ってな。ここでこのまま放置しても問題は解決しない」

「じゃあ。連れて帰っちゃえばいいじゃない」

「なるほど。確かにそれも一つの手だな」

「よおしー、ふんじばっちゃえー」

「イエス。アイマム」 

 

 この緑の空間がアーバインの領域なのかそうでないのかは分からない。

 だけど、少なくともここで対応策を練るくらいなら安全な我が家で尋問したほうが不確定要素は少なくなるよな。

 自宅まで戻ればイルゼの知恵も借りることができるしさ。

 それに、緑の空間が突然爆発しないとも言い切れない。未知の環境とは本当に何が起こるのか分からないからな。

 

 もちろん、俺は一体自分が今どこにいるのか不明だ。何しろ転移でここまで来たのだから。

 だけど、まあ、ここから脱出さえできればなんとかなるだろ。

 しかし。

 

「プリシラ。問題発生だ」

「んー?」

「ふんじばるための縄なんて持っていない。元々家の中にいたし、手ぶらだからさ」

「魔法で拘束すれば大丈夫だよー」

「あ、そうか」


 いつもながら、魔法のことが頭から抜けていた。

 プリシラもそうだが、イルゼも様々な魔法を使いこなすんだよな。俺も彼女らに手加減スキルをかけていれば、多くの魔法を使える。

 だけど、知識はあれども経験がない俺は、場面場面で状況を見て効果的に魔法を使いこなす経験がない。

 宝の持ち腐れとも言う……自分の力じゃないんだから仕方ないって言えばそうなんだけどな。

 

 何かいい魔法があったかなあ。自分の脳内に問いかけ、書物をめくるように知識を引き出していく。


「じゃあ、いくよー。マキシマムマジック。出でよ。牢獄の蔦。トリニティバインド」

 

 両手を天に掲げたプリシラの指先に膨大な魔力が集まっていく。

 次の瞬間、プリシラの手のひらの上に赤黒い血の色をした鞭のような蔦が出現する。

 そいつは恍惚とした表情のままのアーバインに絡みつき、彼女の全身を覆う。

 

「とんでもねえ魔法だな……」

 

 トリニティバインドはその名の通り、三つの拘束を執行する。

 物理的拘束、魔力的拘束、そして、声を発することを封じるんだ。

 声が出せず、魔力を放出することができなくなるから、魔法を使うことができなくなるってわけだ。

 効果時間は三日間。

 ちなみにこの知識はプリシラのトリニティバインドの発動を見た時に脳内から引き出したものだ。

 

「すまん、ピピン」


 アーバインではなく、意識を封じられているピピンに向け謝罪の言葉を述べる。

 すぐに俺は細心の注意を払い、彼女の首へ衝撃を与え意識を刈り取った。

 

 無抵抗の相手ならば、いかなアーバインの憑依があるとはいえ眠らせるのは容易いんだな。

 もっとも眠らせることができなかったら、そのまま連れて行くつもりだったけど……。

 

「プリシラ……まあいいか」


 プリシラに肩から降りてもらおうと思ったけど、彼女は半ば浮いているようで乗りかかられていても重みをほとんど感じない。

 この分だと俺が急に動いても、怪我をすることはないだろ。何かあれば、宙に浮けばいいだけだからさ。

 

 そんなわけで、彼女のことは気にせずピピンの元で膝を付く。

 彼女の体に彼女が着ていたローブを被せ、彼女を姫抱きする。

 彼女が座っていた場所は、生々しく濡れていた……。


「んじゃ、ま、一旦戻ろう」

「おー!」

『こけこっこー』


 声をかけると、肩に乗ったままのプリシラが元気よく、ついでにクアクアも威勢のいい鳴き声をかえした。

 でも、クアクアよ。その鳴き声は目覚ましにしか思えない……。


「出口がどこか分からないけど、焦らず探そうか」

「すぐだよー」

「え?」

「こっちだよー」


 プリシラがえいっと俺の頭上まで浮き上がるとクルリとその場で一回転した。

 そういや、彼女、どこからここまでやって来たんだろう。現れるまで一切気配を感じなかったんだけどなあ……。

 

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