第41話 ゆるさねえ
プリシラの言う通り、出口はすぐに見つかった。
俺のいた大広間は深いダンジョンの奥とかではなくて、蔦と蔦の間に出来た木の洞みたいな空間だったんだから。
彼女の後ろをついていくとすぐに、出口というか蔦の外に出た。
が、そこは上空数百メートルと来たもんだから、驚いたのなんのって。
そのままぴょーんと飛び降りたところで、イルゼの魔力を感知したんだ。
どういう仕組みかてんで分からないけど、蔦の中と外は魔力を遮断していたようで、彼女の魔力を蔦の中からだと感知できなかったようだった。
シュタと地面に着地したところで、頭の上にプリシラが落ちてくる。
「ま、待てえ。ピピンを抱えているんだぞ。前が見えん」
「えへへー」
首を振り、もがいているとプリシラが何かに引っ張られて俺から離れた。
視界が戻ると、イルゼが涙目で俺を見つめているじゃあないか。
「バルトロ殿、よくぞご無事で」
俺の肩に手を添えるイルゼ。
「イルゼも無事でよかったよ。あと、プリシラを引っぺがしてくれてありがとう」
草の上で申し訳ないが、ピピンをその場でそっと寝かせる。
さてと、体が自由になったところで……ぐるりと周囲を見渡した。
見上げると天にも届かんばかりの緑の幹が目に映る。
俺が見たどのような巨木よりも幹が太く、高い。
幹の部分はよく見て見ると、俺の胴体より太さがある蔦が絡まり合ってできていた。
ざっとだが、幹の直径はおよそ二百五十メートルってところか。高さは不明。雲の上まで伸びているからさ。
「イルゼ、俺のいる場所がよく分かったな」
「あ、いや……」
イルゼに声をかけるが、何やら彼女の歯切れが悪い。
俺と目を合わそうとせず、わざとらしくこめかみあたりをポリポリ細い指先で引っ掻いているじゃあないか。
何か言い辛いことでもあるのかな?
「ピピンを落ち着いた場所で寝かせたい。一旦、家に戻ろうと思うんだ」
「え、あ」
「案内してくれるか?」
「いや、あの、だな。バルトロ殿」
イルゼが何故かしどろもどろになってしまった。
さっきから様子がおかしいったらありゃしねえ。
彼女は転移せずにここまで移動してきたわけだから、彼女に自宅まで案内してもらうのが一番なんだけど……。
『グアッガ!』
その時、聞きなれた嘶きが俺の耳に入る。
角が凛々しい我が家畜のグアッガが、かっぽかっぽと俺の元まで駆けてきた。
「おお、グアッガまで来ていてくれていたのか!」
俺の前まで来るとグアッガは甘えるように頭を下にさげる。
グアッガのたてがみをなでなですると、彼は気持ちよさそうに「ぐあっがー」と声を出す。
「バルトロ―。違うよー。グアッガもイルゼも『来たんじゃ』ないよー」
プリシラの呑気な声が聞こえてきた。
「うお」
「えっちー。パンツ見たでしょー」
そう言いながら、俺の真上に浮かんだプリシラは自分のスカートを抑えようともしない。
「見せてんだろ……それはともかく、どういうことだ?」
「んーとお」
「ん?」
プリシラが俺の後ろに回り込み、脇の下へ腕を突っ込んできた。
彼女はそのまま後ろから俺に密着し、浮かび上がる。
彼女が俺を抱え上げ軽々と空を飛ぶことには特に思うところはない。
彼女の力からしたら、普通の人間が子犬を抱え上げるよりも容易なことだろうから。
しかし、彼女の目的が分からん。いかなプリシラだとて意味もなく俺を抱え上げることなんてないと思うんだよな。
「ほらー、あれ見て―」
「ん。池だな」
「今度はあっちー」
「んー。沼みたいに見える。あっちはどこかで見たような木々だ」
ま、まさか。
そ、そんな……。
「わかったー? 来たんじゃなくてイルゼもグアッガも元からここにいたんだよー」
「ここは……我が愛すべき農場なのか……なら、家は……」
「あそこー」
「や、やっぱりそうなのかよおおおお!」
俺の家が、俺の家があああああ。
最初に耕した思い出深き畑と共に、巨大な蔦に飲み込まれているじゃあねえか!
酷い、あんまりだ。
俺がどれだけ楽しみに、天塩にかけて……。
許さん。
「絶対に許さんぞおおおおお!」
力の限り叫ぶ。
元凶はおそらくアーバインだろうが、あいつだけじゃあなく、巨大な蔦も丸ごと切り倒して燃やし尽くしてやる。
「きゃー。何だかかっこいいー」
「こら。スリスリするんじゃない」
「だってー。バルトロが珍しく男らしかったんだものー」
失礼な。
しかし、プリシラの頬っぺたのおかげで少し落ち着いた。
俺の農場で好き勝手やりやがって、例え相手が悪魔族の中でも最も強き伝説のデーモンロードだろうが、神に最も近いとされるマザードラゴンだろうが……
殴り飛ばす。
アーバインももちろんとっちめる。
「だから、スリスリするんじゃない」
「だってー」
何このデジャブ。
「家……はないが、ため池のほとりにでも掘っ立て小屋を作ろうか……」
「手伝う―」
落ち着ける場所をサクサクっと作ってしまう。
じゃないと、ピピンを寝かせることもできないし、ゆっくりと眠ることだってできない。
ピピンを拘束しておけるのは三日間しかないが、腹が減っては戦ができぬってやつだよ。準備を怠っては、思わぬところで沼にハマってしまうこともあるからな。
急ぐ時こそ慎重に……だ。
ツリーピングバインをぶっ切って蔦を紐代わりに、その辺に自生している動く樹木を丸太にしてログハウス風の小屋を組み上げる。
所用時間は僅か一時間だ。
みんなでやればはやいってのなんの。
設計図も何もなく作っただけに部屋割りとかキッチンなんかはないけど、雨風を凌ぐには必要十分な小屋ができあがった。
ピピンを部屋の隅に寝かせて、俺たちは輪になるように腰を降ろす。
「俺が転移した後、それぞれどうなったのか様子を聞かせてくれないか?」
「分かった。ならば、私から語ろう」
先陣を切ったのはイルゼだった。
彼女は俺とプリシラが消失した後、魔法陣から両手を回しても手が届かないほどの太さがある蔦が次々に出て来るところを目撃する。
見る見るうちに蔦に覆い尽くされた我が家は、あっさりと破壊され蔦は天高く伸びていく。
巻き込まれるとマズイと感じたイルゼは、蔦から距離を取り俺とプリシラの気配を探っていたのだそうだ。
「すぐにわたしとイルゼは合流したのだー」
「はいはいー」と元気よく片手をあげてプリシラがにまあっと元気よく口を挟む。
プリシラは俺と異なる位置に転移していた。なんと彼女は魔法陣の位置から真っ直ぐ上千メートル近くのところに出現したのだそうだ。
彼女もイルゼと同じように俺とイルゼの気配を探知したところ、すぐにイルゼの気配を察知する。
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