第38話 おことわりだあああ

「う、うーん……」


 意識が覚醒したところで、ハッとなり飛び起きる。

 ど、どうなった?

 目を開けたが真っ暗闇で何も見えない。抱きしめていたはずのプリシラの暖かな柔らかさも消失していた。


「プリシラ!」


 彼女の名を呼ぶが、声がこだまするだけで反応はない。

 声の広がりから推測するに、ここは広い空間のようだな。

 

 プリシラはどこにいったのだろうか。焦燥感に駆られるが、こういう時こそ落ち着いて行動をしなきゃならないよな……。

 目を瞑り、大きく息を吐き、吸い込む。

 すーはー。すーはー。

 

 ふう。


「アイサイト」


 やっと頭が冷えて来た。

 まず何も見えないと話にならないからな。

 呪文を唱え終わると共に、真っ暗だった視界が昼間のように明るくなった。

 

「広い……」


 俺は緑色の大広間のような場所にいるようだ。

 足先に力を込めると柔らかさがあることが分かる。

 膝を落とし、床に手を触れて確信した。

 

「植物の蔦か茎かそんなところか」


 でも、それにしちゃあ広すぎないか。

 蔦の中にいるにしても茎の洞にいるにしても……サイズが想像の埒外だ。

 広間は自然に出来たものなのか、天井の高さもまちまちで床も傾斜が激しい。

 だけど、後ろの壁から前方の壁まで長いところで十メートルはあるんだ。高さも五メートルはくだらない。

 これが、巨木の洞だとしても大きすぎる。

 

 しかし、周囲を見渡したところ、プリシラの姿はない。

 なら、気配を探るとしよう。

 目を瞑り、意識を外へ外へ向けていく。彼女の魔力は強大だ。離れていてもすぐに感知できるはず。

 

 彼女の気配を探そうとしたところで別の気配を感知する。

 この気配。俺のよく知る魔力に似ているけど、少し違うような。

 移動しているようだが、まだこちらの魔力に気が付いた様子はない。ひとまず放置だ。

 

 残り、二十七分。気絶していた時間を含めると十分くらいしかないかもしれない。

 万が一の時は、この気配に接触し手加減スキルをかけることも一つの手に加えておくとしようか。

 少なくともレベルは九十ほどはありそうだし、素の俺より遥かに実力が高い。

 

 おっと、この気配に気を取られている場合じゃねえな。プリシラを探さないと。

 彼女の気配を探り始めたところで――。

 

「やっと二人きりになれましたね」


 不意に後ろから声をかけられ、思わず振り向いた。

 背後に立っていたのは、俺のよく知る人物――。

 

「ピピン」


 立っていたのはパンツことピピンだった。

 普段の冒険者スタイルと異なり、素足に足元までの長さのローブを羽織っている。

 手には何も持ってはおらず、ベッドからそのまま起きてきましたといった感じだ。

 心なしか目がトロンとしているところといい、頬を桜色に染めていることから本当に寝起きなのではと思ってしまう。

 

「教官」

「ピピン、一体どうしたんだ?」

「ピピンはいつも通りですよ♪」


 甘ったるい声でピピンはほうと息を吐く。

 彼女は上目遣いで俺を見つめたまま、そっとローブに手をかけた。


「ま、待て」


 これが時と場所を考えて行ったことだったら、俺もコロンと「いただきまーす」していたかもしれない。

 だけど、どこか分からぬ場所に飛ばされ、謎の緑色の空間で「超レベル状態の俺」が全く背後に立たれた気配に気が付かないピピンに不信感を持つなってのが無理ってもんだ。

 

 例え、彼女がローブの下に何も着ていなかったとしても……だ。

 ちょっとくらい触っちゃってもいい、か。


「ぎゅーってしてください」

「ピピン」


 彼女の名を呼ぶが、彼女の動きは止まらない。

 抱きしめてくれと言いながら、彼女は自分から俺に抱き着いて来た。

 俺の胸に顔をうずめスリスリする彼女へ興奮するどころか、戸惑うばかりだ。

 いや、一部、こうささやかなふにゅんとしたものが押し付けられているところは……少し興奮しないでもない。

 

 「いいじゃん、ユーこのままいただいちゃいなよ」という悪魔の俺の囁きが聞こえるが……。

 

「教官んー」

「だあああああ」


 「ふんがー」となけなしの気合を使い切り、ピピンを振り払う。

 対する彼女は舌を出したまま「もう」と呟いた。

 彼女の濡れた舌が嫌がおうにも目に入り、自分の首筋を撫でる。

 だあああ。ダメだって。

 これは罠以外何者でもないだろう。こんな分かりやすい罠に俺が引っかかるとでも思ってんのか!

 あ、俺のお手ても少し濡れちゃった。まだ乾いていなかったものね。

 

「があああ!」

 

 だから、駄目だってんだろうが!

 自分で自分の頬をペシンと叩き、ハアハアと荒い息を吐く。

 

「教官は自分のことが嫌いなのです?」

「ピピンのことは嫌いじゃない。大事な友達だ」

「友達……ですか……やはりあの馬鹿女がいいんですね」


 思わず吹き出しそうになってしまったじゃねえかよ。

 言い得て妙だ。プリシラはおバカちゃんなところは確かにある。でもあれでも、締めるとこはちゃんと締めてくれるんだぜ。

 たぶん、きっと。

 

「ピピン……と呼びたくないな。正体を表せよ。俺にお色気演技は通用しねえ」

「ふうん」

「じ、自分で揉むんじゃねえ!」

「効いているように見えますが?」

「効いていない。効いていないとも!」


 こ、この女あ。もにゅもにゅしていたら見てしまうのは本能であって俺の意思じゃあねえ。

 しかし、効いていないってのは本当のことだ。

 もはや目の前にいるお団子頭はピピンとは思わねえ。

 あのビビリのピピンが、見ず知らずの場所で普通に会話できるわけがないし、ましてや俺に迫ってくることなんて有り得ない。

 

 唇に指先を当て物欲しそうな甘えた顔で俺を見つめるピピンに対し、俺の取る手段はこれだ。

 ステータスオープン。

 最初からこうしときゃあよかった。ステータスを見ればすぐに分かることじゃないか。

 

『ステータスの開示はブロックされています』


 ……。

 確かにステータスを他人から見えなくする魔法はある。

 これまでみんな明け透けでスタータスに関して誰もロックなんてしていなかった。

 そうだよな。普通、そうするよな。

 でも、ステータスロックをしていたことで確信したよ。


「ははは」

「教官、ここなら誰も邪魔が入りません。さあ……」

「もういい。ステータスを見たからな。誰なんだお前は?」


 再度の俺からの要求にピピンは背筋を骨が折れそうなほど後ろに反らし、低い笑い声を漏らす。

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