第19話 ぐーりぐり

 気を取り直して、がらんどうになった十六階を進む。

 なるほど。ここが熟練冒険者にとっても鬼門だったことが何故なのか分かったぞ。

 十六階は仕切りが全くない。

 つまり……入ったが最後、モンスターを全滅させるまでひっきりなしに襲い掛かられるってわけだ。

 いくら強くてもMPは早々に尽き、体力ももたないだろうなあ。

 突っ切るには超広範囲攻撃で一掃するか、何度も十五階に戻りちまちまと倒していくかのどっちかだろうなあ……。

 

 理由は分からないけど、モンスター達は階層を越えて追いかけてこない。

 俺たち冒険者は学者ではないので、何故? を追求してこなかったから今後も謎が解明されることはないだろう。

 冒険者にとって重要なことは、上か下の階に移動すれば逃亡できるってこと。

 ただし、モンスターが階段前で待ち構えていることもあるから、逃げる時も慎重にいかねばならない。

 

「よおし、誰が一番はやく階段を見つけるか競争だ!」


 見通しはいいけど、正面の壁が見えないほど広い大部屋だから探すのもそれなりに時間がかかるはず。

 幸い、モンスターは一匹もいないしな。たまには遊び心を入れるのもいいだろ。

 

「あそこだよー」

「こっちだ」


 同じ方向を指さすプリシラとイルゼ。

 え? 見えるの?

 

「わたしが先に見つけたんだからー」

「いや、私だ」


 驚く俺をよそに二人が言い争いをはじめてるじゃねえか。

 プリシラが口に両手の指をつっこんで「いー」とかしてるし……。

 イルゼはイルゼで腕を組み眉をひそめ首をかしげている。

 

「バルトロ―」

「バルトロ殿!」


 二人の目線が俺に向く。


「わたしだよねー」

 

 俺の肩にぶら下がるようにして俺の二の腕を背伸びしながら引っ張るプリシラ。

 

「いや、私に違いない」


 俺に引っ付いたプリシラの腰へ腕を回し、彼女を引っぺがすイルゼ。

 

「あ、いや……どうやって気が付いたのかなあ」

「風だよ」

「空気の違いだ」


 ま、マジかよ。

 俺だって感覚が彼女達くらい鋭敏になっているはずなんだ。

 だけど、上がり過ぎたスペックをうまく使いこなせているわけじゃあない。

 

 どれ……。

 その場であぐらをかき、目を瞑る。

 

「こら。乗るんじゃない」

「えー」


 すかさず膝の上に座ってきたプリシラの腰を掴み、横へスライドさせた。


「プリシラ、おふざけが過ぎるぞ」

「イルゼもやりたいくせにー」

「そ、そんなわけあるか!」

「もうー、向こうをむいちゃってー可愛いんだからー」

「う、うるさい!」


 ホントにうるさいわ! 二人とも。

 集中しようにも集中できえねえだろ。

 

「まあいいか。案内してくれ」


 別にダンジョンの中でやんなくてもいいや。

 家の中で座禅を組むか、畑の真ん中で……。

 畑。

 そうだ! 畑で座り込み、土の匂いを柔らかさを感じながら瞑想をする。

 すると、地中、空、そして吹き抜ける風を全身で味わうことができるはず。

 

 素晴らしい。

 素晴らしいぞ!

 

「ぼーっとしちゃってー。恥ずかしがってる?」

「ん?」


 プリシラの顔が俺の肩に乗っている。

 いつの間に後ろからぺたーっと張り付いたんだ?


「こら!」

 

 イルゼがプリシラを引っぺがす。

 これなんてデジャブ?

 

「行こうぜ。畑が俺を待っている!」


 走り出すと、尻餅をついてペタンと座っていたプリシラが勢いよく立ち上がり俺の後を追いかける。


「あははー」


 さすがに速いな! すぐに追いつかれてしまったぜ。

 

「時にバルトロ殿」

「何だろう?」


 横並びになったイルゼが言い辛そうに口元だけを動かす。


「場所は分かっているのか? こっちではないぞ」

「あ……イルゼ。頼む」

「任された」


 方向を変えたイルゼの後を追いかける。

 普段の俺だと、全力疾走してもついていけない速度だ。

 だけど、手加減スキルを発動している状態だとスキップするくらいになる。

 本当にこの二人って……何気ないところでも尋常じゃないと気が付かされるよな……。


 そんなわけで、あっという間に下へ降りる階段へ到着した!


「って、待て待て」

「なんでー?」

「この下にさっきの何だっけ……変な奴より強いのがいる……ような気がする」

「大丈夫だよー。バルトロがいるもん!」


 だあああ。プリシラがそのまま階段を降りて行ってしまった。

 

「確かにそうだな。バルトロ殿がいれば百人力だ。一応、プリシラもいる」


 イルゼもプリシラの後に続く。

 

「全く……」


 言うことを聞かないのは今にはじまったことじゃあないか。

 それに、彼女らなら少々のことでは怪我一つしないだろ。

 

 階段を降り始めたら、既にプリシラとイルゼの姿が見えなかった。

 もう下の階層まで行ってしまったのかな。

 

「……」


 階段を数段降りた時、行き先から赤黒い光が漏れ出した。

 ひょっとしたら、彼女達に何かあったんじゃないかと思う……わけないだろ!

 

 この光はプリシラの魔法で間違いないのだから。

 

「やっぱり先に行かせるんじゃなかった!」


 残り数段を一息に駆け降り、十七階へ突入する。

 

 ◆◆◆


 何だか蒸し暑い。

 原因は明らかだ。

 

「プリシラ、いきなり魔法をぶちかましたらいけません!」


 幼い子に叱る先生のように口を尖らせる。

 しかし、彼女は悪びれた様子もなく首をコテンと傾けるばかりだ。

 

「だってー、アンデッドがいっぱいいたんだもん!」

「生存者はいなかったのか?」

「そこは問題ない。私が保障する」

「イルゼがそういうなら……大丈夫か」

「そうだな。私が言うのだから問題ないのだ」

「おう」


 照れたのか少し頬を赤らめて顔を逸らすイルゼ。

 一応、アンデッド以外がいないことを確かめたことは評価しよう。

 しかし、それはそれ。

 いきなり魔法ぶっぱはいただけない。

 

「こっちゃこい」

「うんー」


 呼ばれたことでプリシラは無警戒に俺の胸に飛び込んでくる。

 しかし、ぼふんと頭が俺の体に着く前に彼女の頭を掴む。

 ――ぐーりぐり。


「いやあああー」

「おしおきだ」

「もー」


 犠牲者もいないし、こめかみぐりぐりの刑で許しておいてやろう。

 プリシラは頬をぷくーと膨らましているけど、少し楽しそうだ。

 おしおきになっていないかもしれない……。

 

「んじゃま、進むか」


 プリシラの頭から手を離し、イルゼへ目を向ける。

 彼女は無言で頷きを返し、俺の横に並ぶ。

 

※次回は土曜日の更新となります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る