第32話 おっと?

 イルゼが堰をきったように語り始める。

 これまで何度か彼女に見合い話があったが、一笑に付し無視して来たところ業を煮やした両親は次の手を打ってきた。

 彼らは彼女の才を高く買っていた公爵と隣国の第三王子との見合い話を投げつけてきたのだという。

 今回もこれまでと同じように無視すりゃいいじゃねえかと思うが、ここが貴族社会の複雑なところでそうも言っていられないとイルゼは嘆く。

 二人の身分は彼女と比べ相当に高い。なので、理由もなく断るのは極めて難しいとのこと。

 特に公爵は武家の名門で騎士団、近衛とも繋がりが深い。

 公爵自身も武勇に長け、王国でも十指に入るという。

 

「えっと、つまり、無視すると騎士団にいられなくなるってことか?」

「最悪の場合そうなる。私は騎士団を脱退しても致し方なしなのだが……」

「言わんとしていることは分かった。そういうことなら協力するさ」


 力になれるのかは疑問符がつくけどさ。

 でも、彼女の気持ちが分かってよかった。彼女は両親を心から憎んでいるわけじゃない。

 両親の今後の立場を慮って上手く断る方策を練っているってわけだ。


「すまぬな。バルトロ殿。お家騒動になぞ付き合わせてしまって」

「それで俺はどうすりゃいい?」

「そ、そうだな……こ、恋人のふ、ふりをして……」


 バンバン。ドゴオオン。

 壁を思いっきり叩くイルゼ。


「ま、待て落ち着け。まずは壁に背を向けるところから始めようか」


 あ、あああ……。

 壁にイルゼの拳サイズの穴が開いてしまった……。

 後で修復せねば。

 

「そ、そうだな……」


 口ごもるイルゼに向けプリシラがバンザイのポーズでダイブする。


「なんだかおもしろそー。わたしもいくー」

「プリシラが行くとややこしいことになるから、ダメ」


 イルゼに張り付こうとしたプリシラの二の腕を掴み、彼女を引き戻す。

 

「えー。わたしだけのけ者なんてやだー」

「そうは言ってもだな……あ」


 今回のミッションには「手加減スキル」を使うことが必須だ。

 俺をイルゼ並みの実力に見せなければならないから。

 となるとだな……。

 

「イルゼ。やはり聖属性の方がいいよな?」

「それでお願いしたい。私はバルトロ殿が聖闇両属性を使いこなすことは知っているが……王都に強大な闇属性では騒動になる」

「そ、そうか、そうだよな。来てもらうわけにはいかないもんな」

「やはり賢者殿にとって街というものは忌避するものなのか。ファロならば我慢してくれるか?」

「い、いや……まあ、イルゼの家とか余り注目を受けないところを希望したい」

「わ、私の家……バルトロ殿が私の部屋に……こ、心の準備が……こ、困っちゃう、でも、あ、いや」

「お、おーい」

「す、すまぬ。ば、場所は何とか手配する」


 プスプスと頭から湯気を出したイルゼは「涼んでくる」と言い残し、外に出て行ってしまった。

 取り残された俺とプリシラは顔を見合わせ首を振る。

 

「おもしろーい」


 コロコロと笑うプリシラの耳元へ口を寄せ、囁く。

 

「付いて来てもいいけど、その姿と属性をなんとか抑えないと……だぞ」

「大丈夫だよー。ヤギの獣人だったらいいんでしょー」

「そ、そうだな。もっといいのは変化へんげとかできればだけど」


 プリシラの使える魔法一覧をじっくりと眺めたことがないから、ひょっとしたらと思い彼女に尋ねてみた。


「そうなのー? できるよ?」

「お、おお?」

「えーい。形態変化」


 ぼふんとプリシラの体から白い煙があがり、すぐに煙が晴れる。

 こ、これは可愛い……。思わず撫でまわしたくなりそうだ。

 両足を揃えてお座りしていたのは、ラベンダーカラーの猫だった。

 ふわふわの毛並みに短めの尻尾、眼の色は紫色をしている。

 でも、決定的に猫と違う点が一つあるんだ。

 それは、コウモリの翼が生えていること。

 

「でも、ま、使い魔だとすれば大丈夫だろ」

「にゃー」

「おう、よしよし」


 顎をゴロゴロさせると、猫は気持ちよさそうに目を細める。

 

「変化すると喋ることができなくなるのか?」

『そうなのー。だからあまり変化したくないの』

「うお」

 

 頭の中に声が響いて来た。


『魔族の中には、わたしのように形態変化できる種もいるんだよー』

「なるほど。魔法じゃなくて種族特製なのか」

『うんー。これならどうー?』

「魔力は……変わってないけど、この前街に行った時みたいに偽装すれば大丈夫かな」

『分かった―。でも』

「でも?」

『わたしだけこの姿なんてやだー。だから、一つお願いがあるの』

「なんだろう?」

『褒めてー』


 おう。いくらでも褒めてやるとも。

 わしゃわしゃと彼女の毛並みを撫でまわし、彼女が満足するまでモフモフを繰り返す。

 気持ちよさからか、彼女は俺の膝の上で満足して寝てしまった。

 寝ても猫から元の姿に戻ることはないようだな。これなら連れて行っても問題ないだろ。

 

「バルトロ殿!」


 ちょうどその時、イルゼが戻ってきた。

 

「おー。こっちは目途がついたぞ」

「そうか。こちらも対策を練った」

「ほう」

「ややこしいことは抜きだ。直接父上に元に行くことにしたいのだが」

「場所はお屋敷か?」

「そうなる」

「街中や王宮より遥かにありがたい。日取りは任せるぞ。こっちはいつでもいい」

「分かった。ならば、明日、出立したい」


 いきなりだな。

 イルゼパパとコンセンサスは取れているのだろうか……遠話でこれから交渉するのかな?

 まあ、予定が後ろに伸びたとしても俺としては全く問題ない。

 

「じゃあ、イルゼの準備が整ったら教えてくれ」

「了解した。本当に感謝する。バルトロ殿」


 綺麗に頭を下げ、イルゼは颯爽と俺の部屋から出て行った。


 この後、階下から何度か悲鳴のような怒声のような声が聞こえてくる。

 だけど、俺が口を挟むことじゃあないと思い、部屋から出ることなく猫モードのプリシラを枕元に寝かせた。

 続いて俺も壁の穴から吹き込む風に顔をしかめながらもベッドに寝転がる。

 

 さて……どうなることやら。

 未だに何をしていいかよく分かってないけど、なるようになるだろ。

 楽観的な想いが頭を支配すると、すぐに眠気が襲ってきて意識が途切れる。


 翌朝、慌ただしく準備をするイルゼに起こされ俺たちは彼女の生家せいかであるカンタブリア伯爵家に向かうこととなった。

 果たして何が待っているやら。

 

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