第33話 出会い

 クアクアで行くか、グアッガで行くかひと悶着あったが、どっちもお留守番となってしまった。

 どっちもいい子なんだけど、世間一般ではモンスターとみなされるらしく……カンタブリア伯爵領を脅かす可能性があったからだ。

 俺はもちろん、プリシラにだって人間たちを襲おうとか街を破壊しようなんて気は毛頭ない。

 だけど……まあ、人間ってのは俺もそうだたけどモンスターに襲われることに慣れているんだよ。

 街の外に出て旅をすると、多少なりともモンスターに遭遇する。

 動物並みの知能しか持たないモンスターなら腹具合によるけど、腹が減っていたら人間を襲う。

 知性があるゴブリンのようなモンスターも言わずもがな。

 

 人間が襲われる理由?

 答えは明白。

 弱いからだ。

 

 その割に警戒心がなく、索敵能力も低いときたもんだ。襲ってくれって言っているようなもんだな。

 しかし、人間は鍛えると単独で弱いモンスターなら無双できるほど強くなる。

 鍛えた人間たちが護衛を行い、集落に襲い掛かるモンスターを打ち倒し……人間社会は拡大を続けて来た。

 

 何が言いたいか分からなくなってきたけど、一言で言うと、人間にとってモンスターとはずっと敵対し続けてきた敵ってことだ。

 なので、「この子は人を襲ったりしません」と主張しても「はいそうですか」とはならない。


 世知辛い世の中だけど……クアクアのレベルを鑑みたら災害級のモンスターと呼ばれてもおかしくないもんな……。

 

 そんなわけで人外の速度で駆け抜けること三日。

 カンタブリア伯爵領の領都サンタンデール付近まで到着した。

 

 サンタンデールはコの字型の入り江の中にある港街で、サンサンとした陽射しが差し込む美しい街……というのが俺の第一印象だ。

 特に海岸線が目を引く。入り江の半分くらいが砂浜になっていて、強い日差しと相まってキラキラと輝いて白い宝石にも思えてくる。

 

「どうした?」


 小高い丘の上でそよ風に目を細めるイルゼがぶしつけに俺へ疑問を投げかけた。

 顔は前を向いたまま、眼下に広がる街から目を離さない。

 彼女なりに故郷の懐かしさを感じているのかな。

 

「いや、特に思うところはない。街に行こう」

「そうだな」

「にゃー」


 俺の肩に乗っかった猫モードのプリシラが後ろ脚で立ち上がり、右前脚を「おー」とばかりにあげる。

 とても猫らしくない仕草だ……。

 

 ◇◇◇

 

 街中は淡いブルーの石畳に長方形の白い家が立ち並ぶ俺から見ると異国情緒溢れる港街だった。

 ファロの街は夏は涼しく、冬も過ごしやすいと恵まれた気候なんだけど、この辺りはファロに比べて気温が高いんじゃないかと思う。

 街を歩く人たちはたぶついたズボンを足元で括り、腰に鮮やかな色をした帯を巻いている衣服を着ている人を多く見かける。

 男の上着に多いのが胸元が大きく開いたゆったりとした麻布の服。若い女の子は胸だけを覆った麻布、年配の女性はノースリーブの貫頭衣といった感じだ。

 

 道端で音楽に合わせて踊る人がいたり、おおらかで陽気な印象を受ける。

 

 しかし、街の様子とは裏腹にイルゼは口を結んだまま、真っ直ぐに歩を進めていた。

 ここでも彼女は有名人なようで遠巻きに彼女を見ている人は多くいる。

 だけど、彼女の様子を感じ取ってか街の人が一定の距離以上近くに来ようとはしなかった。

 

「どうした?」

「あ、いや」


 ストレートに聞いてこられても、口ごもってしまうだろ。

 イルゼの人となりとこの街は……水と油のような印象を受ける。

 彼女は故郷が嫌いなのだろうか? 俺の気のせいだったらいいんだが……。

 

「バルトロ殿」


 歩きながら不意にイルゼが俺の名を呼ぶ。

 何と応じたらいいものか迷っていたら、先に彼女の言葉が続いた。

 

「どうしたらいいものか、分からないんだ」

「そうか」

「私は幼い頃、この街を出て王都で修行に明け暮れた。だから、この街のことをほとんど知らない」

「うん」

「滅多にここに帰ることはないし。こんな私が『故郷の街』だと胸を張って街の人と接していいものか決めかねているんだよ」


 何となく彼女の言いたいことが理解できた。

 短い間だけど俺は彼女と接していて、分かったことがある。

 彼女はとても口下手だ。自分が今思っていることを相手に伝えること。その逆も苦手としている……と思う。

 あっけらかんとして何でもすぐ口にするプリシラとは好対象だ。

 何のかんのでイルゼとプリシラはお互いの無いところに惹かれ合っているのかもしれない。

 本人たちの前でそんなことを言うとキャットファイトが始まりそうだけどね。

 

「イルゼはどうしたいんだ?」

「分からない」

「街の人へ手を振りたいとか、握手をしたいとか思わないのか?」

「どうだろう。街の人が私のことを恨めしく思っていないか……なんてことは考えることはあるが」

「だあああ。イルゼらしくねえな! ほら」


 イルゼの背中を押し、ボールを胸に抱いた幼い女の子と彼女と手を繋ぐ同じ歳くらいの男の子の元へ向かう。

 気が付いていないのか? イルゼ。

 彼らはさっきからずっとキラキラした目で君のことを見ていたんだぞ。

 

「ちょ、ちょっと、バルトロ殿」


 抵抗するイルゼのことなど気にも留めず、俺は彼女の背中を更に押す。

 彼女はよろけながらも子供たちの前に出る。

 

 そこで目が合うイルゼと子供たち。

 先に目を逸らしたのはイルゼだった。

 

「お姉さん。イルゼ様だよね!」


 女の子の方がぱあああっと満面の笑みをイルゼに向ける。

 

「あ、ああ……そうだとも」

「一度会って見たかったの! 見てこれ―」


 女の子はゴソゴソとポケットに手を突っ込む。

 すると、当然ながら抱えていたボールが床に転がる。

 だけど、男の子の方が「仕方ねえな」って感じでボールを拾い上げた。

 いいコンビだな。二人は。

 微笑ましい動きに俺の目じりが下がる。

 

「こ、これは、私か?」

「うん! そっくり! 美しくて強くてみんなの憧れなの!」


 女の子の小さな手に乗っていたのは、イルゼを模した似顔絵だった。

 本当によくできていて、似顔絵の中でキリリと口を結ぶ凛とした女の子はイルゼそっくりだ。

 こいつは魔法で作成したに違いない。

 これほど見たまんまに人の手じゃあ描けないからさ。

 

 イルゼは膝を床につけ女の子の小さな手をそっと握る。

 

「感謝する。私の事を見ていてくれて。憧れと言ってくれて……」

「うん!」

 

 イルゼの目から一筋の雫が流れ落ちる。

 太陽の光に反射した雫はこの上なく美しく見えた。

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