第31話 お願い

 イルゼが正座して強大なモンスターを前にしたかのような鬼気迫るオーラを出すものだから、つられて俺も彼女の対面で正座する。


「あ、あの……」

「す、すまないが……」


 俺とイルゼの言葉が重なった。

 

「ど、どうぞどうぞ」

「バルトロ殿から」


 な、何だよ。この妙な空気……。

 変に緊張してきたぞ。

 

「一体何があったんだ? 俺に出来ることなら言ってくれ」

「そ、そのだな」


 口ごもり、僅かに頬を赤らめるイルゼ。

 彼女は決して俺と目を合わせようとしない。

 うーん。どうしたもんかな。このままじゃあ拉致があかないぞ。

 

 そーっと腰を浮かし、スルスルと彼女の目線の先に回り込み目を合わしてみる。

 プイっと反対側を向かれてしまった。

 めげずに親指を上手く使い反対側へ移動したが、察知した彼女にまたしても顔を逸らされてしまう。

 

「一体どうしたってんだ? 黙ったままじゃあ分からないぞ」

「バルトロ殿」

「は、はい」


 物凄いオーラだ。一瞬でも気を抜くと斬られる。

 そう感じた俺は、自然と敬語で彼女に応じていた。

 

「私と付き合ってくれ」

「え……」

「ダメー! バルトロはわたしなのー」

「ちょ、おま。首が……」


 いつの間にか侵入してきたプリシラに後ろから羽交い絞めにされる。

 密着するのは構わないけど、手を首に回すのはや、やめて……く、れ……。

 

 意識が白みかけた時、イルゼがようやくプリシラを引っぺがしてくれた。

 

「ち、違うのだ。バルトロ殿、そ、そのだな」


 あ、あのお。

 モジモジするのはいいんだが、プリシラが宙を飛んでいる。

 彼女は物じゃないからな……。

 

「お、落ち着け。まずはプリシラを降ろすんだ」

「あ、すまない。プリシラ」

「んーたのしー」


 えいっと地面に着地したプリシラは満面の笑みでくるりとその場で一回転した。

 

「まずは落ち着け。ちょっと待ってろ」


 階下に降り、雑草ブレンドティーを淹れて戻ってくる。

 

「ほら」


 イルゼとプリシラに出来立てを手渡す。

 

「不味い」

 

 ゴクリと一口飲んだイルゼが失礼な感想を述べた。


「べー」

「こら、出すんじゃねえ!」


 一方でプリシラは口に含んであろうことか、そのまま口を開いたじゃねえか。

 彼女の口から新鮮な琥珀色をした雑草ブレンドティーがダラダラと……。

 

 経過はともかく……イルゼの雰囲気がいつもの調子に戻った。さすが雑草ブレンドティーだぜ。

 ちょっと不本意だけどな。

 

「余りの不味さにぼんやりとした頭がすっきりとした。感謝する」

「あ……もう、いいや……うん。それで、どうしたんだ?」

「私はちょっとした家の出なのだよ。自らの家紋に対して誇りを持っているわけではないので、名乗ることはないのだが……」


 イルゼが言葉を続ける。

 俺たちが住む地域はアストリアス王国の治める土地だ。王国は国王を頂点として、その下に貴族、貴族の下に平民がいる。

 貴族はそれぞれ所有する領土があって、国王の名代として与えられた領土を代々受け継ぎ統治していた。

 イルゼはカンタブリア伯爵家の出で、正真正銘の貴族である。

 彼女はカンタブリア伯爵家の次女として産まれるが、四歳になる時、王国騎士団に修行のため赴くことになった。

 武家の名門でもないカンタブリア伯爵家のそれも女子が、王国の騎士養成所へ入るなど普通では考えられないこと。

 

 前代未聞ともいえる彼女の修行の裏には、スキルがあった。

 彼女は「天衣無縫」というとんでもスキルを所持していたのだ。

 スキルは産まれながらにして所持している。もちろん、俺だって同じだ。(手加減スキルの有用性に気が付くまでに二十数年かかったことは触れないでくれ)

 

 「天衣無縫」というスキルのことは知らないが、国中が大騒ぎするほどの戦闘系スキルだったことは確かだ。

 結果、彼女は騎士養成所に入り、実力を伸ばす。恐ろしいことに僅か十一歳にして、彼女に敵う騎士がいなくなったそうだ……。

 

 それから数年、彼女は王国一の騎士として仕事に励む。

 ところがどっこい。

 彼女ももうすぐ二十歳となった時、両親が「見合い話」を何度も突きつけてくるようになった。

 

「見合いのことまでは分かったけど、まさか……俺に?」

「そうなのだ。貴君に恋人のフリをして欲しいのだ。頼れるのが貴君くらいしか……」

「いや……それは俺なんかじゃなくて、騎士様に一杯候補がいるだろう?」

「駄目だ。バルトロ殿! 私の話を聞いていてくれていたんじゃないのか?」


 イルゼにぐあしと両肩を掴まれブンブン揺すられる。

 頭がぐあんぐあんするうう。

 

「き、聞いたけど……貴族は貴族同士のが言い訳が立つんじゃ……」

「そこじゃあない。私は貴族になど拘らない」


 じゃあどこだよ……。

 

「バルトロってどんかんー」


 きゃははとプリシラが口を挟む。

 

「分かるのか?」

「うんー。とっても簡単なことだよー。ね、イルゼ」

「そ、そうだな……」


 プリシラににまあっと微笑みかけられたイルゼは照れからか顔を逸らす。

 

「でもー。バルトロはわたしとなんだからねー。イルゼがどうしてもというなら」

「ど、どうしてもだ。バルトロ殿以外に相応しい殿方はいない」

「わたしもー同じだね。イルゼ」

「知らない!」


 プリシラにからかわれて完全に拗ねてしまったイルゼは、部屋の隅で壁に向かって正座してしまったじゃねえか。

 

「プリシラ、ほどほどにな……」

「でも、バルトロのことだからー。ちゃんと確認しとかないとダメなの」

「よ、よくわからんが……」


 俺の意思は完全に介在していないことだけは確かだからな。

 そこのところ、お忘れなく。

 

 ともあれ、今のプリシラとイルゼのやり取りから何となくだが想像がついた。

 ヒントは「相応しい」って言葉だ。


「騎士として強さを信奉してきたイルゼにとって、自分と同等の実力を保持している者じゃあないと親に紹介なんてできないってことだよな」

「その通りだ」


 壁に向かって肯定の意を示すイルゼ。


「事情は分かった。でも、「お見合い話」なんてそのまま無視するって手もあるだろ?」

「そうはいかないのだ。バルトロ殿!」


 立ち上がってかぶりを振るイルゼだが、体は壁の方を向いたままだ……。

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