第18話 知らんがな

 大剣をスラリと引き抜いたイルゼは、腰だめに構え魔力を解き放つ。

 

「オーバードライブマジック。全ての闇よ滅せ。ホーリースラッシュ」


 凛とした声と共に、大剣が黄金の光を放ち始める。

 凝縮した力を開放すべくイルゼが大剣を力一杯振りぬく。

 

 アンデッドの集団が光に飲み込まれ……や、やべえ。

 

 真横にダイブしてプリシラを抱え込むようにして地面に伏せる。

 次の瞬間、衝撃波が俺の背中をびりびりと揺らす。

 

「大丈夫か?」

「うんー。だいすき―バルトロ―」


 プリシラが俺の首へ両手を絡めて来た。

 今の光……魔族にも強烈なダメージを与えるものだからな……余波とはいえプリシラへ何かあってはと考えた瞬間に体が動いていた。

 何事もないようでよかったよ。

 

「すまぬ。プリシラ」


 バツが悪そうにイルゼの謝罪の声が背中越しに聞こえる。


「大丈夫だよー。バルトロがいるもん」

「そ、そうだったな。かたじけないバルトロ殿。不浄なる者どもについ……な」

「お、おう」


 立ち上がると、プリシラが俺の首からだらーんと吊り下がった。

 じたばたと脚を動かしているけど、彼女の肩を掴んでひょいと地面に降ろす。

 

 さてと。

 

「うへえ……」


 変な声が出た。

 光が晴れたその後はきれいさっぱり何もかもが消失している。

 浄化されたのか消し炭になったのかは不明。どっちか追及する気もないけどな。

 

 ――ゾクリ……。

 いや、何もかもではない。

 一体だけ残っている。

 

「バルトロ殿……」


 イルゼも兜の緒を締め直したようで、キリリと口を結び目を細めた。

 無言で彼女へ頷きを返し、残ったアンデッドを睨みつける。

 

『名前:アーバイン

 種族:トゥルーバンバイア

 レベル:103

 状態:アンデッド

    最高にハイってやつだ』

    


 すんげえ気になる「状態」だけど、触れないでおこう。

 

「アヒャヒャヒャヒャ。見事見事、とても見事!」


 うわあ……。

 何が愉快なのか、額に手をあて耳に指を突っ込んで背をそらしている。

 顔が手で隠れているから確認できないけど、そいつは痩身長躯の青白い肌をした男の姿をしていた。

 真っ黒なローブを羽織り、白いシャツに黒いズボン。首元には赤色の蝶ネクタイを締めている。

 

 長いウェーブのかかった金髪を振り乱し、狂笑する男……。おぞましいったらありゃしねえ。

 

「伝説の真祖がまさか……このような……」


 あからさまに落胆するイルゼは、構えた大剣をだらーんと床につけた。

 

「えっと、プリシラ……」

「なになにー?」


 いついかなる時でも緊張感がまるでないプリシラにある意味幸せな子だよと思いつつも、彼女に問いかける。

 

「あれって君の同族?」

「ちがうよー。魔族とアンデッドは別だよー。あんな変なのと一緒にしないでー」


 プリシラはぷんすかと頬を膨らませる。

 吸血鬼ヴァンパイアって一説によると、魔族の範疇に含まれるとか聞くけど、違うってことね。


「闇の貴公子……黒太子たる……真祖が……」


 あーあ。イルゼが膝をついてブツブツ言い始めてしまったよ。

 余程思い入れがあったんだろうな……どんな絵本で情報を仕入れたのか知らないけど、現実とは得てして非情なもんなんだ。

 彼女の肩をポンと叩いて慰めてやりたいところだけど、あの男のうっとおしい声が耳について……。

 ではなく、いつこっちに襲い掛かって来るか分からないから俺までしゃがみ込むのは避けないと。

 

「愉快愉快。とても愉快。アヒャヒャヒャ」

「アーバインだったか、お前が人間を攫ったのか?」


 まだ取り込み中ぽかったけど、とっとと聞くことを聞いて帰ろう。

 芽が出たばかりの畑が俺を待っているからな。

 

「……攫った? 今、攫ったと?」


 急に真顔になって虚空を見つめていた視線がこちらにハッキリと向く。

 男――アーバインは額に当てた手をどけ、顎に人差し指を当てた。

 ようやく彼の顔が見えたが、若干俺の心にさざ波が立つ。

 だって、あいつは涼やかな顔をした三十代半ばほどのイケメンだったんだもの!

 

 個人的な感情を抑え、奴に言い返す。

 

「そうだ。お前が街道を進む人間を攫ったのか? そうでないのかを聞きたい」

「そこの青年。バルトロメオだったかね?」

「そうだが……」

「ふむ。バルトおおおメおおお君。いいかね。私には崇高な定めがあるのだ」


 話がまるで繋がらないんだが……。

 突然、恍惚な表情になって右手の中指を耳の中に突っ込むアーバイン。

 あっけに取られて黙る俺をよそに彼は情熱的に言葉を連ねる。

 

「儀式……いや、神の名の元に、私は、導かれ、達するのだ。神の世界を、我が元に、いや、我が元ではない!」


 耳から血を流し、目がぐりんと回った。

 

「天だ。天が降りて来る。降臨! そう、降臨だとも! 一つは成った。成っただと?」


 憤怒の表情でアーバインは絶叫する。

 

「成ったとはなんだ! 否。断じて否! 物事に因果があるように、元からそこに在る! 在るのだ!」


 こ、これは……会話不可能だな。

 こいつから情報を得ることは無理だ。


「バルトロ殿……」


 ゆらりとイルゼが立ち上がった。

 まだ何かブツブツと呟いていて、こっちはこっちで怖い……。

 

「な、なんだろう」

「あのバンパイアは、私が滅する!」

「ど、どうぞ」


 否とは言えなかった。

 鬼気迫り過ぎて、俺にはどうすることもできねえ。

 

 でも、大丈夫。

 アーバインの言葉から察するに、彼がボスではない。なので、聞きたいことはどこかに控えているボスから聞けばいいだけだ。

 

「がんばれー、イルゼ―」


 プリシラがバンザイしながら、無邪気に応援する。

 アーバインを見ても全く動じることのない彼女を尊敬するよ。

 

「がんばれえ……」


 俺も微妙な顔でプリシラの後に続く。

 

「っつ」


 一方でイルゼは若干頬を赤らめ、大剣を持つ手に力が入る。

 一歩前に出る彼女に対し、アーバインは両手を天にかざし脚を交差させた奇妙なポーズで顎が外れるほどに口を開く。

 

「アヒャヒャ、アヒャ。こいつは威勢のいいお嬢さんだ。結構結構」

「黙れ! 私の幻想を返せ!」


 イルゼもたいがいだよな……。


「出でよ! レギオン!」


 芝居がかった仕草で執事のように礼をするアーバイン。

 彼の後ろの空間が歪み、中から目の形をした赤色の光が出現する。

 ぞわッと来た。赤色の光がおびただしい数だったのだから……。

 

「マキシマムマジック。絶対零度の極限を。アイス・コフィン!」

「オーバードライブマジック。聖剣よ、奔れ。セイクリッドソード!」


 あまりのおぞましさから、俺が全力で魔法を行使しうたところに、イルゼの剣圧が続く。

 ――キイイインンと澄んだ音がして、全てが凍り付いた後、彼女の放った衝撃波がぶち当たり、アーバインごと粉々に砕け散ったのだった。

 

「何も無かった。ここには何も無かった。いいな、二人とも」

「うんー」

「わ、分かった」


 ぴょんぴょうん跳ねるプリシラと微妙そうに表情が強張るイルゼが頷きを返す。

 

「奥に進もう」


 爽やかな笑顔で親指を立て歩き始める俺に二人が続く。

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