第35話 アミーゴ
ふむ。納得だ。
アミーゴパパはともかく、イルゼママは彼女が歳を重ねたらこうなるだろうなと想像ができる凛とした美人だった。
イルゼパパが意識を取り戻した後、ツインテールのメイドに導かれ晩餐会に招待されたんだ。
そこで、イルゼママも同席し今に至る。
イルゼの兄弟たちは王都に行っていたり、地方で政務に励んでいたりでここには誰もいないとのこと。
彼女に何人の兄弟がいるか知らないけど、親からしてみたら子供が誰もいないってのは寂しいんだろうな。イルゼパパのはしゃぎぷりもこの辺に原因の一つがありそうだ。
出て来た料理は非常に手が込んでいると一目で分かるものだった。
これまで俺が食べたことのないような料理ばかりが並び、食べるのが楽しみになってくる。
例えば、大きな葉っぱでくるんだ蒸し料理ぽいのとか。葉っぱの中に何が入っているんだろうと期待が高まるだろ?
一通り料理が運ばれてきたところで、イルゼパパが音頭を取る。
「よくぞ帰って来てくれたイルゼ。そして、アミーゴとの出会いに乾杯」
イルゼパパがワイングラスを掲げ、イルゼと俺へ交互に目を向けた。
「ささ、食べてくれ」
続いてイルゼパパがにこやかに両手を開く。
「いただきます」
うわあ。おいしそう。どれから食べようかな。
あ、葉っぱとかはメイドがオープンしてくれるのか。
じっと待っていると、ツインテールのメイドのうなじについつい目が行く。
「にゃー」
あ、プリシラも一緒だったんだ。
食事に猫はまずいかなあと思っていたんだけど、イルゼパパが「問題ないとも」と言ってくれたから連れてきたんだよ。
彼女は俺の膝の上にちょこんと座っていたが、食事の香りにつられてひょっこりとテーブルの上に顔を出した。
「猫さんはこっちです」
メイドがプリシラ用の小さなテーブルを用意してくれて、彼女を抱いてテーブルの前で降ろす。
『おいしそおー。バルトロの雑草とは違うねー』
「やかましい!」
「その通りだな!」
俺の発言に被せるようにイルゼが続く。
俺たちの声にびくぅっと肩を震わせるメイド。
「あ、いや、君に言ったんじゃない。ただの一人事なんだ。ごめん」
「は、はい……」
メイドがテーブルから離れようとしたところで、膝がカクンと落ちてしまう。
床にスカートが付いてしまう前に彼女の二の腕を掴み、転がらないように支える。
「ビックリさせるつもりはなかったんだ」
「す、すいません」
恐縮したように頭を下げたメイドは、ゆっくりとした足取りで元の位置へと戻った。
『やーらしー』
猫が何か言っているが無視だ。無視。
ここでさっきのように突っ込むと同じ事になっちまうからな。
イルゼも何か言いたげにこっちを睨んでいるし……せっかくのおいしい料理を前にしているんだから、雑念を捨て純粋に料理を楽しみたい。
目を瞑り、すうはあと大きく深呼吸をする。
「では、改めていただきます」
手を合わせ、フォークとナイフを手に取った。
さあて、どれから食べようかなあ。
イルゼパパらと談笑しながらゆっくりと食べようと思っていたんだけど、一口食べるともう止まらなかった。
もっしゃもっしゃと食べ続けてしまったよ。
お腹が膨れてきたところで、俺はようやく正気を取り戻す。
ハッとなり顔をあげると、にこやかな顔をしたイルゼパパと目が合った。
「いやあ、いい食べっぷりだ」
「つ、つい。失礼を」
「いいんだよ。ブラザーも君のペットの猫も本当においしそうに食べる。用意したこちらとしては嬉しい限りだよ」
はははと陽気に白い歯を見せるイルゼパパが少し眩しく見える。
「イルゼ。わたくしでもその方がどれだけの力を持っているのかはわかりますよ」
ずっと微笑を浮かべながら様子を窺っていたイルゼママが娘に向かって唐突に話を振った。
でもその話は……いい話題じゃあないぞ。
ほら、イルゼが。
「そうなのだ。バルトロ殿は私より強い。彼より強い者などこの王国にいないのだ。それだけじゃない。彼は偉大な賢者であり大魔術をも容易に使いこなす」
強さ理論になるとイルゼは途端に饒舌になるんだよな……。こうなったらもうしばらく止まらないぞ。
しかし、流石と彼女の母親である。次の一言でイルゼを黙らせてしまった。
「そうですか。イルゼ。バルトロメオさんを料理で落としてみたらどうですか?」
「な、なななな。は、母上」
「あらあら」
イルゼママは水鳥の羽で作った扇で自分の口元を隠し、上品に笑う。
「そ、そんなことないもん!」
「何がそんなことないのですか?」
「も、もう知らない!」
すげえ。イルゼママ。
イルゼを一瞬にして子供口調にしてしまうとはやるじゃあないか。
そんなこんなで和やかな雰囲気の中、晩餐会は滞りなく終了したのだった。
◇◇◇
その日の晩、あてがわれた客室の天蓋付きのベッドでゴロリと寝転がる。
部屋に案内された時、枕が二つ並んでいることをイルゼママが指摘したりしてイルゼが叫んでいた以外は大した事件も起こらなかった。
もちろん、イルゼとは別室だからその点お忘れなく。
イルゼの両親と接してみて分かったことは、見合い話について彼女が心配する必要は全くないということだ。
今度こそ彼女の両親が本気だとイルゼが考えていた見合い話の真相は、お茶目な彼女の両親なりの遊び心だろう。
本当のところはたまにはイルゼに会いたい。それだけ。
「にゃあ」
イルゼパパとママなら、イルゼが好きな人を連れてきたら例えどんな人だろうと反対することはないと確信している。
彼らは本当に貴族っぽくない。どこの馬の骨とも知れない俺に嫌悪感を欠片も示さず、それどころか本気で歓迎してくれたんだ。
しかも、連れていた猫までだぞ。
「にゃあ」
良い両親じゃないか。イルゼ。
「だあああ、さっきから何だよ。顔の上に乗っかるんじゃねえ」
「にゃあ」
息が詰まりそうになったじゃねえかよ。
「分かった。分かったから。今日は大人しくして頑張ってくれた」
「にゃあ」
起き上がってあぐらをかくとプリシラ猫を膝の上に乗せて、ナデナデする。
しばらく撫でていたら、ようやく彼女が機嫌を取り戻してくれたようだった。
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