第37話 とらっぷ?
「大丈夫だよー。わたしが手伝ってあげる」
「わ、私だって助力するさ」
屋根裏部屋は拳大。だけど一階の穴は人一人分くらいの大きさがある大穴なのだ。
もはや、修繕するというレベルを超えている。
四つん這いになって落ち込む俺へプリシラがまたがり、ぺたーと俺に張り付いて頭を撫でてきた。
さすがにこの時は悪いと思ったのか、イルゼがプリシラをたしなめることなく膝を付き俺の肩へ手を添える。
「そうだな。落ち込んでいても仕方ない。これまで何度も(二人の大魔法で)壊滅の危機があったんだ」
「おー」
プリシラが俺へ馬なりになったまま両手を広げバンザイのポーズではしゃぐ。
うん、そうだよ。そうだよな。
今更だよ。
この二人と生活をしているのだから、いつ家が粉々になっていてもおかしくはなかった。
大穴で済んでよかったと思うべきだ。
「よっし!」
「きゃー。落ちちゃうー」
「く、首が締まる」
気合を入れて立ち上がったはいいが、俺の体から落ちそうになったプリシラが両手を首に巻き付けてブランブランと宙に浮く。
彼女の全体重が俺にのしかかり……。く、苦しい。
「こら」
イルゼがプリシラを後ろから掴み、引っぺがす。
「もうー。イルゼだってバルトロにぺたーっとしたいでしょー」
「それとこれとは話が別だ」
「えー、否定しないんだー」
「う、うるさい」
かーっと首まで真っ赤になったイルゼが抱えたプリシラをポイっと放り投げてしまった。
哀れプリシラは大穴から外へ投げ出される。
イ、イルゼ。
さすがにそれはやりすぎだ。
「ち、違うのだ。バルトロ殿」
「え、えっと……」
じとーっとした目でイルゼを見つめていたら、彼女はますます焦りを露わにして俺から背を向ける。
「決して撫でて欲しいとか抱きしめて欲しいとか思ったわけではないのだ」
いや、俺が死んだ魚のような目をしていたのはプリシラを投げ飛ばしたことなんだけど……。
イルゼは壁に向かってブツブツと呟き、一人で頭を抱えている。
「もー、恥ずかしがっちゃってー可愛いー」
ふよふよと宙に浮かんだプリシラがイルゼへちょっかいをかけた。
「そ、そんなことないもん!」
――ドオン。
壁ドンしてプリシラへ言い返すイルゼ。
もちろん、彼女の馬鹿力に我が家の壁が耐えられるはずはなく。
「ま、また穴があああ」
「す、すまぬ。バルトロ殿」
「おこられちゃったー。あはは」
よろよろと一歩後退してしまうが、そこでなんとか踏みとどまる。
「いや、建て直そうとおもっていたから、大丈夫だ。二人とも手伝ってくれるんだろ?」
「うん!」
「もちろんだとも」
二人が即座に頷きを返す。
「よおおっし! じゃあ、やるか。まずは外に厩舎と小屋を建てるところからだ」
「おー」
「分かった」
右手を前に出すと、プリシラが「えーい」と俺の手に自分の手を重ねた。
一方でイルゼは戸惑ったように手を少し前に出して、引っ込める。しかし、プリシラがもう一方の手で彼女の手首を掴み重ねた俺とプリシラの手の上に乗せた。
「がんばろー」
「おう!」
イルゼの手に自分の左手を重ね、右手を上に跳ね上げる。
俺の手と共に二人の手も腕ごと上にあがった。
やるぜ。
まずは家具を出すための小屋作りとついでに野ざらしになってしまったグアッガのために新厩舎を作る。
その時、足元からぼんやりとした光が見えたような。
プリシラかイルゼのどちらかが魔法でも使ったのかと二人に目を向けるが、特に何かをした様子はない。
「何だか光ってるー?」
確かに光の元はプリシラの足元だった。
彼女が踏んでいるのはへたくそな魔法陣ぽい何かが描かれたラグである。
そう、あれはピピンからプレゼントされたデザイン以外は素晴らしいラグだ。
受け取った時から今まであのラグから魔力を感じることは一度もなかった。
しかし――。
「プリシラ。なんだかヤバい予感がする。そこから離れろ!」
「ん?」
淡い霞のようだった光が強くハッキリと光を放ち始める。
プリシラに向け叫んだものの、体が自然と動き彼女を付き飛ばそうと右足で床を蹴った。
ぼふん――。
プリシラの腰へ俺の肩が当たる。
「きゃー」
「ま、マジかよ」
だが……なんとプリシラはゴロンと転がることなく、その場で耐えきり微動だにしなかった!
しかも嬉しそうに俺を抱き上げようと両手を伸ばして来るし。
こ、こんなところで無駄に強さを発揮するんじゃねえ。
や、やべえって。
湧き上がった光がラグを覆うようにドーム型になる。
すると、床の方から闇が浸食しはじめ、光が喰われはじめた。
こ、この感覚は初めてだ。
体から力が抜けて……いや、自分の存在そのものが希薄になっているような、不思議な感覚。
まさか、一瞬でこうも身動きが取れなくなるとは予想外だ……。
「転移だよーこれは」
プリシラがヒシと俺にしがみつく。
なるほど。転移のトラップか。
俺の体がどこか別の場所へ移ろうから、今ここにいる俺の体が消え去ろうとしているってところなのだろうか。
しかし、何が起こるか分かったところで、もはやどうすることもできない。流れに身を任せるしか。
もう少し俺がはやく判断をしていれば、せめてプリシラだけでもラグの外に出せたものを……。
「イルゼ! もし俺たちが何かあっても決して取り乱すな! 冷静に判断をし、無駄に戦いを挑まないで欲しい」
どうなるか分からないが、プリシラに何かあったとなればきっと彼女のお友達がここへやって来る。
その時はどうか協力して事に当たってくれ。
「今助ける! 待っていろ!」
イルゼが聖剣を抜き、魔力を昂めはじめた。
「破壊するとより事態が悪化するかもしれない! まずは考えろ! イルゼならきっとうまくやれるから!」
プリシラを護るように彼女の肩をギュッと抱いたところで、俺の意識が完全に途絶える。
最後にイルゼが俺とプリシラの呼ぶ声が聞こえた気がした……。
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