第21話 真価

 こんなところにどうして人が? 一瞬アンデッドなのかと考えたけど、それならプリシラが救助するわけがない。


「ん、んん……」


 その子はくぐもった声を出し、ぱちりと目を開く。

 種族は見た所人間のようだけど……栗色のおかっぱ頭でカーキ色をした長袖の服を着ている。

 プリシラが腰に腕を通し小脇に抱えるような形になっているから、服装の詳細は分からないな。だらーんと脚と手を下げているから、足先が地面を引きずっていた。

 

 そんな彼女と目が合う。

 すると彼女は何かに気が付いたように目を見開き、両手を顔の前で小さく振った。

 

「バルトロ教官!」

「ん?」


 誰? 前髪ぱっつんで猫のような釣り目の女の子……。

 歳の頃は二十歳前後ってところか。

 どこかで見たような気がするが、すぐには思い出せない。

 

「この方たちは教官のお仲間ですか?」

「あ、まあ、うん。話は後だ。プリシラ。俺の後ろで彼女を降ろしてやってくれ」

「わかったー」


 この先邪魔になるからな。

 安全なところで待機していてもらうとしよう。

 

「イルゼ。ぼーっとしてないで早く!」

「りょ、了解だ」


 目の前の強敵が動き出す前に対応せねばならん。

 幸いイルゼの攻撃が全く効いていないわけじゃあなく、彼女から受けた打撃があって相手はすぐに反撃しようとしない様子だ。

 

 大きく一歩踏み出し、難敵を真っ直ぐに睨みつける。

 

『名前:※◎エA

 種族:アンノウン

 レベル:※※Bえ

 状態:不明』

 

 何だこら?

 ステータスを閲覧できないような魔法を使っているのか、他の何かなのか不明。

 確かなことは、こいつはやべえってことだ!

 

 だけどな。

 こんな相手にこそ手加減スキルは真価を発揮するんだぜ?

 

 両の拳を胸の前で打ち合わせ、目を瞑る。

 

「発動せよ。『手加減』スキル」


 対象はもちろん甲冑モンスターだ。

 ぐ、ぐううおお。な、何だこの力は。

 戸惑っている場合じゃねえ! あいつの攻撃が……来る。

 

 甲冑が手を前にかざす。

 次の瞬間、ピカっと奴の手の平が光ったかと思うと虹色をした一条の光が発射された。

 まばたきする間に俺から見て右へ光が奔る。

 そこはイルゼのいる位置だ。

 彼女でさえこの光に反応できていない。

 

 俺は咄嗟に右へ一歩踏み出し右手を真っ直ぐ前に伸ばす。

 

 ――ドオオオオン!

 右手に当たった光が物凄い爆音をあげ弾けた。

 爆風だけで体が持っていかれそうな勢いだ。耳もきんきんしてしまう。


「大丈夫か?」

「あ、ああ。光ったと思ったら……」

「任せろ。イルゼ。俺が君を守る」

「バルトロ殿……」


 イルゼは俺を見つめたまま、大剣を持つ手に力が籠る。

 

「いいか、二人とも」


 甲冑を睨んだまま、後ろの二人に向け声をかけた。

 

「うんー」


 プリシラの元気な声が返ってくる。きっとバンザイのポーズで応じているのだろう。

 

「俺があの鎧の攻撃を全て受け止める。その間に魔力を高め、魔法の準備を」


 プリシラとイルゼを手加減の対象として以来、俺はこのスキルの有用性を見誤っていたことに気が付いた。

 彼女らを止めるために使ってきたが、そこは手加減スキルの使い方のほんの一つに過ぎない。

 手加減スキルの二番目に凄いところは、「守ること」である。

 相手の力を相殺し、お互いに傷がつかない。

 つまり、俺が相手を倒そうとせず、攻撃を受け止めるだけなら相手がどれだけ強かろうと実行可能。

 世界最強のタンクとは俺のことだあ!(ただし、敵が一体の時に限る)

 

 え?

 一番目は何かって?

 そんなの分かってるだろ。

 「農場の整備に使う」だよ。

 

 今度は甲冑の左右の手から虹色の光が同時に発射される。

 対する俺は胴体と左手で光を受け止めた。

 もちろん、全く痛みを感じない。


「どんどんこいよ。全て、俺が、受け止める!」


 俺の挑発が気に障ったのか甲冑の目が赤く光り、赤黒いモヤモヤが俺を包み込む。

 このモヤモヤの正体は……今の俺なら分かる。

 

 脳内に問いかけ、答えを導き出した。

 

『レッドオブデス

 魔法ランク:測定不能

 効果:即死』

 

 へえ。そんな効果があるのか。

 即死だろうが気絶だろうが、お前が俺の手加減の対象である限り――

 無駄だ。

 

「行くぞ。オーバードライブマジック。聖なる炎よ……。ホーリーボム」


 イルゼの詠唱が終わり、俺たちのいる辺りの中空に黄金の光が顕現する。

 光は球体になり、甲冑の胴体に突き刺さった。

 爆発音とともに光が弾ける。

 

 しかし、甲冑は未だ健在。鎧がへこんだ様子もなかった。

 

「いくよー。マキシマムマジック。ヘル・ファイア」


 懐かしの魔法をプリシラが使うも、これもまた甲冑へかすり傷程度のダメージしか与えることができない。

 

 イルゼもプリシラも今使った魔法より破壊力のある魔法を使いこなすことができる。

 例えば、プリシラのアルティメット・フレアなんかがそうだ。

 しかし、破壊力があるといっても面を制圧する魔法だから、敵が単体の場合には向いていない。

 何より、俺たちまで巻き込むからな……。


「む……」 

「あれー?」


 二人の驚く声が聞こえる。

 そうだよな。驚くのも無理はない。

 これだけの魔法の二連続を喰らって甲冑はピンピンしているのだから。

 

 俺だって甲冑を手加減スキルの対象にしていなかったら、腰を抜かして驚いていたところだよ。

 だけど、俺には分かっている。

 イルゼとプリシラがいれば……。

 

「プリシラ。黒の衝撃だ。イルゼ。君はセイクリッド・ウォールの準備を」

「うんー。トリプルかなー?」

「分かった」

「いや、マキシマムとオーバードライブでいい。俺が右手をあげた時に術を放て」


 彼女らに手加減スキルを使って分かったこと。

 その答えを今、実践してやろうじゃないか。

 

 彼女らに指示を出している間にも虹色の光やら即死の雲やらが俺に襲い掛かってくる。

 甲冑は実に攻撃が多彩だ。

 この他にも空色をした粘性のある液体を噴射してきたり、猛毒の雲を出したり……。

 何がこようが俺には効果を及ぼさないんだけどね。

 

 よし、後ろの魔力から察するに二人の準備が完了したようだな。

 スッと右手を上げると、プリシラとイルゼの言葉が重なった。

 

「マキシマムマジック。ダーク・スフィア!」

「オーバードライブマジック。セイクリッド・ウォール!」


 左から黒。

 右から光。

 黒と光が同時に甲冑へうなりをあげて襲い掛かる。 

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