第20話 おや?

 十七階を探索したが、他にアンデッドはいなかった。

 どこかにあの狂人の上位に立つボスがいると期待したんだけどなあ。

 

 十八階、十九階……と進むが、相変わらずモンスターと遭遇することはなかったんだ。


「んー。元からモンスターがいなかったのか、いたんだけどアンデッド達と相打ちになったのか……それとも別の何かか……」


 ブツブツ呟きながら二十階を進む。

 気配感知はプリシラに、下へ続く階段の把握はイルゼに任せている。

 十八階から歩かずに走っていることもあり、とんでもなく進むスピードが速い。

 今までのペースが嘘のようにあっという間に二十一階へ到達した。

 

「ここもなにもいないねー」

「階層全体が分かるのか?」

「うんー。これくらいだったらわかるよー」


 二十一階に入るなりプリシラが呑気に返事を返す。

 凄まじいな……。

 並外れた感知能力に脱帽だよ。

 でも、分かるなら最初からそう言ってくれりゃあいいのに。

 そんな愚痴が心の中に浮かんだけど、二人からしたら当然のことなので伝える必要もなかったのかもしれないと思い直す。

 実力差があり過ぎるといろいろすり合わせが大変だよな。

 

「バルトロ殿。こっちだ」


 イルゼが親指を立て、右へ振る。


「この辺は未踏の階層だと思うんだよなあ……」

「そうなのか」

「うん。冒険者ギルドでも二十階より深いところに潜った話を聞いたことがないからさ」

「そうか」

「うん」


 興味ないと言った風にイルゼはスタスタと歩き始めたかと思うと速度を上げていく。

 そうだな。さっさと次の階層に行くこととしよう。

 

 走り始めて、五分……。

 

「お、おおお。ちょっと待ったああ!」

「どうしたのー?」

「宝箱ぽい箱を見かけた! それも手がついていないやつだ!」

「んー?」


 開いていない宝箱を見たのは初めてだ。

 基本、先行者たちに探索し尽されていているから、開いていて中が苔むしてるか埃を被っているものしか見たことが無い。

 見た所、鉄で出来ている宝箱に見えるけど錆一つ浮いていないぞ。

 ひょっとしたら魔法がかかっているのかも?

 

 それはいい。

 目の前に開いていない宝箱がある。

 なら、答えは一つだ。

 

「どいてろ、バルトロ殿」

「え?」


 イルゼが大剣を振りかざし、宝箱へ狙いを定めているじゃねえか!

 

「ま、待て」

「全てをバターのように切り裂くがいい。アルティメット!」


 制止の声が間に合わず、イルゼが剣を振り下ろしてしまった。

 彼女の剣は宝箱を中央から真っ二つにしてしまう。

 せめて端っこの方を斬ってくれよ……。

 

「あははー。見てこれ―」

「あー……」


 中に入っていたのはインゴットだった。

 白銀の延べ棒で、長さが五十センチくらい厚みは手のひらくらいってところか。

 持ってみたところ、思ったよりかなり軽い。

 ひょっとしてこれ……。

 

「ミスリル銀だな」


 腕を組んだイルゼが呟く。


「インゴットで良かったよ……これが武具とか魔道具だったら壊れていたからな……」


 それにしても人間社会のモノの価値を知らないプリシラはともかく、イルゼは何ら悪びれもせずいつもの調子なのは何故なんだ?

 ミスリル銀だぞ、ミスリル銀!

 その価値は金塊の十倍以上。このミスリル銀の延べ棒一つで……ゴクリ……。

 俺がこれまで稼いだ金額に匹敵するほどなんだぞ。

 

「どうしたのー? 変な顔してー?」

「あ、いや。これを持って帰るだけで食事代なんて向こう数年いける」

「すごーい! やったねー。バルトロー」

「おう!」

「てっきりバルトロのことだから、これで『農具を作るー』とか言うと思ったのに」

「な、なんだと……」


 お、俺はなんて思い違いをしていたんだ……。

 頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃を受けた。

 ミスリル銀ってのは超高価な金属である。

 単に希少なだけなら、これだけ重宝されることはない。

 見た目の美しさなら、宝石の方が遥かに優れている。現に同じ量のルビーなどの宝石類と比較したらミスリル銀の方が安い。

 

 こいつの真価は、鉄より硬く、柔軟で軽い。

 

「お、俺は間違っていたよ……そうだな、ミスリル銀はまさに至高の農具を作るに相応しい」

「そうなのー?」

「そうだとも! ミスリル銀製のクワを想像してみろ!」


 熱く語るが、プリシラは飽きたのか宝箱の残骸を蹴飛ばして遊び始めてしまった。

 イルゼは?

 お、おおおい。進み始めるんじゃねえ!

 

 まあ、彼女達に農具の素晴らしさを説いても仕方ないか。

 カッコよく肩を竦め、イルゼの後を追う俺であった。

 もちろん、しっかりとバックパックに延べ棒は放り込んでいる。

 

 ◆◆◆

 

 なるほどな……。これが気配を感知するってことか。

 三十階へ向かう階段の前で立ち止まり、首を縦に振る。

 

 普段の俺なら気が付かなかったかもしれない。でも、今の俺ならば分かる。

 目視はできない。何しろ俺はまだ二十九階にいるからな。


「プリシラ、イルゼ。慎重に降り……お、おおおい!」


 これなんてデジャブ(三回目)。

 今度の相手は本当にヤバそうなんだって!

 

 こいつはうかうかしてられない。

 はやく追いかけないと。

 飛び降りるように階段を下り、二人を追いかける。

 

 階段の様相がこれまでと違うぞ。

 ここまでは真っ直ぐに階段を降りて行くと次の階層に繋がっていたんだけど、円を描くように曲がりくねっているんだよ。

 螺旋階段なんだろうか。

 進んでも、なかなか階段に終わりが見えない。

 

 十階層分くらい降りた頃、ようやく外に出たんだ。

 

 外は眩い光に包まれていた……。

 光の原因はイルゼの持つ大剣か。

 

 今度は彼女がぶちかましたらしい。


「なかなかやるようだな」


 イルゼの声が聞こえた。

 

「何が起こっている?」

「イルゼの剣でも平気な敵がいるのー」


 な、何だって!

 化け物みたいな強さを持つイルゼの一撃を受けて平気なモンスターなんて存在するのか?

 

 光が晴れ、前に目を凝らすと確かに何か巨大なモノがいることが分かる。

 こいつが俺の感じた気配の主か。やはり俺の予感は間違っていなかった。

 

 そいつの全長はおよそ十メートル。がらんどうの甲冑のような姿をしている。

 フルフェイスからは赤色の目のような光が二つ怪しい輝きを放っており、鹿の角のようなものが左右から生えていた。

 胴体は錆の浮いた薄い青色の鎧で肩宛が大きく張り出している。腰から下は大きなフリルになっているが、太もも辺りで切れていて足に当たる部分はない。

 しかし、まるで足があるかのように足の分だけ宙に浮いていた。

 

 見たことに無いモンスターだ。

 だけど……こいつからSSと呼ぶのも生ぬるいほどの力を感じる……。


「一旦俺の後ろに下がれ。二人とも」


 彼女達に向け言葉を投げかけると共に、状況を確認。

 俺のすぐ前にプリシラと彼女が抱える女の子。そして、プリシラの斜め前に剣を構えたイルゼが立っている。

 

 ん?

 女の子?

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